コボルト
新たに開封したグミを口で転がしながら引き戸式のドアを開く。
やはり、というべきか店内は元の広大な敷地も相まってダンジョンになった影響で相当な広さへと変貌を遂げていた。ドアを開けた先の目の前には日用品類や園芸用品のコーナーが立ち並んでいる。
しかし何より俺たちの目を引くのは、この数日ですっかり見慣れた存在となった魔物。今回の場合は獣毛を全身に纏い、鋭い眼光と牙、そしてギラリと光る抜き身の白刃を向ける半人半獣の怪物だ。
俺の視界にいる分だけを数えれば、おおよそ十匹といったところだろうか。
俺たち人間という異分子の存在を感知して、彼らは腰に携えた片手剣をスラリと引き抜くとまさに獣のような唸り声を上げて威嚇してくる。だが、その瞳にはありありと警戒の色が浮かび、無闇矢鱈に突っ込んでくるようなことはしない。
――これが、ランクの違いか。
先日攻略したランクEダンジョンで遭遇した獣の魔物は一欠片の思考もすることもなくただ突進しては本能のままに動き回り、連携など考えてもいなかった。だが、こいつらはどうだ。仲間同士が目線で合図を送り、連携を取ろうとしている。
所詮は獣であり、拙くはあるがその行為にはしっかりとした知性を感じさせる。
俺たちも、そんな魔物たちに何の警戒もなく攻撃を仕掛けるようなことは出来ない。もし、無策に突っ込んでいけば数に任せて蹂躙されることはまず間違いない。
ということで、戦いに最も重要なのは情報。情報を制するものは戦さを制する。
「【鑑定】」
――コボルト
Lv.14
状態:警戒
能力
【招集の遠吠え】
魔法
――
見たところ一体一体のレベルは大したことはない。
俺たちと同レベル帯なわけだが、どうやら魔物にはステータスを任意で上昇させる手段が存在しないようだ、というのは俺たちにとっては周知の事実であり、身体的な能力ではこちらに分がある。
それよりも警戒すべきは能力である【招集の遠吠え】。これは簡単に言えば遠吠えが聞こえた同種族の仲間が集まって来るだけのものだが、油断は出来ない。数の利というのは侮れないもので俺たちもその恐ろしさを散々なほどに思い知っている。
藤宮もまた【鑑定】を行使したのか、めんどくさいとばかりに顔を顰めた。だが、要はそんなものを使わせる前に倒してしまえばいいだけの話だ。
未だに警戒を解かず、一定の距離を取り続けるコボルトたちに俺は戦いの口火を切る。
まずは初手。
魔法背嚢に手を突っ込みゴツゴツとした拳大の石を取り出すと、おもむろにそれを投擲した。
大きく振りかぶり、スナップをきかせたオーバースローは俺から一番近くの位置で剣を手に睨みをきかせていた一匹のコボルトの眼球を抉った。
狙ったわけじゃあないし、そもそも狙えるだけの技術もないが幸先がいい。
これはチャンスだ、と追撃加えるべく苦痛に悶えるコボルト向かって俺は地を蹴り、銀閃が舞う。
――取った!
そう思った時だった。目に見えていたわけでは無かったのだろう。ただガムシャラに振り回されたコボルトの長剣が俺の振るった短剣と衝突したのだ。ガキィンという金属と金属が打ち合う音が響き、遅れて俺の手から重みが消えた。
元々刃毀れだらけでボロボロだったのもあっただろう。半ばから短剣の刀身はポッキリと折れてしまった。俺は驚愕に息を呑み、けれど意識を一瞬で切り替える。
「――オラァ!!」
使えない武器なんて持っていても意味がない。刀身の失くなった短剣を投げ捨て、拳を握り、渾身の右ストレートをコボルトの顔面に叩きつける。
ただでさえ激烈な痛みを感じていたところに更に加わった衝撃でコボルトは意識を手放す。そして俺はコボルトが持っていた片手剣を強引に奪い取り、胸部を刺し貫いた。
胸に大きな穴を開けたコボルトは短く断末魔の声を上げるとその生命の灯火は勢いを失う。俺は黒い靄へと体を変えていくコボルトには目もくれず次なる標的を見定める。
対するコボルトたちも仲間がやられて理性が蒸発したのか凶悪な牙を剥き出しにして怒り狂い、抜き身の刃をこちらに向ける。
「上等だ……こいよ!」
俺自身も新たな武器を手に入れたことでボルテージが上がり、気分は高揚していた。【狂戦士】のスキルは使っていないにも関わらず体の内側から湧き出る熱気を感じてニヤリと口角を上げ、新品同様の片手剣を強く握る。
グリップに問題はない。強く振るってもすっぽ抜けることはないはずだ。これなら安心して振り抜ける。
背後に立つ藤宮も戦闘態勢をとり、ククリを構えると鋭い眼光でコボルトたちを睨みつける。それに怯えて数匹のコボルトは前傾に構えた姿勢が崩れた。
もうそろそろ藤宮のスキル出したい。




