猫耳の原因
小学生の頃は男子に混じって半袖半ズボンで、高校生になった今でも真冬のミニスカートもどんと来い――と病気知らずの私だったが、今日ばかりは自室の布団にもぐりっぱなしだった。
だが、
「かわいいね」
「笑うな」
「笑ってないよ。かわいいなぁって言っただけ」
早苗は言うが、その子供みたいな口の端は、完全にピクピク上がろうとしていた。
この野郎――と私は口の中で小さく呟く。
これでも病人なので大声は出さないようにしているのだが、それがこの友人をつけあがらせるらしい。
しかし、――そう、私は病気なのだ。
「治る、んだよね?」
早苗が少し恐る恐るというふうに問うてきて、私は頷く。
「普通は一週間で消えるって。もしそれ以上あったら、精密検査とか、手術が必要かもって」
「うぇぇ――痛そうな話はやだぁ――」
早苗が本当に嫌そうな顔をしているが、早苗はグロ方面に免疫があったはずだ。
まあ、これでも早苗も心配してくれているのだろう。
ただ、
「とは言え、やっぱかわいいな」
「笑うなって」
早苗はすぐに笑みをこぼす。
この野郎――
こんなもの、自分でも似合わないのは分かっているっていうのに、早苗め。
まったく――私も変な病気にかかったものだ。
なにせ、
「にしても、不思議な病気だね。猫耳が生えるなんて」
「ああ……。世界でも年間三〇〇人程度しか発症しないって」
という、奇病だ。
一般に猫耳病と知られているアレだ。
頭に猫の耳のようなものが生えてしまう病気。
そう。今、私の頭には猫耳が生えている。
ふさふさ、ふわふわして、たまにピクピク動く三角形のやつが。
聴覚としての感覚はないが、触られるとくすぐったいので触覚はある。
生えていることで痛みやだるさなんてものはないが、これはホクロかと思えば癌だった、ということにもつながりかねないので、安静は必要なのだという。
私もテレビで見たことはあったが、まさか自分がかかるとは思ってもみなかった。
ちなみに黒猫。
色は髪の色と同じことがほとんどらしい。
「あ、ところでプリン買ってきたけど、食べれる? アジとかサバが良かった?」
「気遣ってくれてんのか、バカにしてんのか、どっちだ。ちなみに食事はいつもどおりでいいらしいから、ぶっちゃけアジでもサバでもいい」
魚好きだし。
早苗はあははと笑う。
「ほんと、いろいろ不思議だねぇ。ちょっと調べてみよ」
言って早苗は鞄をあさり、「これ、プリン」とお土産を差し出し、スマホの電源を入れた。
最初に笑われたことはムカついたが、お見舞いに来てくれて、ちゃんとお土産もくれて、なんだかんだいい友達であった。
友達――
あ、ちょっと――
「ちょっと待て!」
私は大声をあげた。
早苗は肩をビクリと震わせると、「え? え? なに?」と硬直したが、一方で大声を出した方の私も私で硬直してしまった。
「ええっと――あぁ、そのだなぁ――」
思わず私は口ごもる。
そして三秒の沈黙。
が、こういうときに早苗は察しがいい。
早苗の口が柿の種型になった。
分かりづらいか?
つまり、ニタニタ笑った顔。
「じゃあ、ちゃっちゃと調べまーす。オッケーグーグル。獣耳症――っと」
「ちょっと待てって!」
私は布団から飛び出て、早苗に抱きついたが、
「なになに? 治療には外科手術のほか、近年ではカウンセリングが有効とされています。ストレスの原因を解消するようにしましょう」
「待てって言ってるだろ! そんなことなら私が説明するから!」
意外に力がある早苗はスマホを手放さず、
「病気の原因としては、思春期のホルモンバランスの変化もあり、ストレスが大きな要因と――って、ちょっと邪魔だよ。ふぅぅ」
「キャぅぅ――!」
突然、猫耳から全身に妙な刺激が波打ち、私は脱力する。
この野郎、耳に息吹きかけやがった。
「あはは。本当に敏感な猫耳だね。キャゥ! だって。っと――よっこいせっ」
「このやろう――」
私はなおも抵抗するが、早苗は私に馬乗りになってしまった。
くそ、病人をなんだと思ってやがる。
そう苦々しく早苗を睨みつけてやるが、早苗はスマホの続きを読み上げてしまう。
最後まで。
「えーっと、ストレスが大きな要因となり、特に恋愛の悩みが原因となることが多い――です?」
最後まで読まれて、私は脱力した。
耳に息をかけられてもいないのに。
「へぇぇ。恋愛ねぇ」
早苗がいい笑顔を作った。
さっきまでのニタニタ顔とはまた違う――
とても柔らかく、フレンドリーで、温もりがあり、天使のような笑顔だ。
「それならそうと言ってくれれば相談に乗るのに……。おやおや、顔なんか隠しちゃって、照れてるんですか? 本当にかわいいですねぇ。それで? そんなかわいいあなたは恋に悩んでいるんですか? 誰かが好きなんですか? それとも誰かに好かれているんですか? 片思い? 三角関係? 禁断の関係? はっ、もしかして私に?」
こういうときの早苗は、相手が病人だろうが無慈悲である。
これに対する作戦は、黙秘を貫くのが結局一番だ。
とてもじゃないけど、お前の最後の言葉が正解だとは言えない。