苦手だけど苦手じゃない
他人の体温が苦手だった。お母さんや姉は別だけどそれ以外は駄目。小学生の頃の遠足やフォークダンスは苦痛だったのを覚えている。同じ人間でも違う体温、少しの温度差が大きな違和感をもたらす。汗でヌルつく手も嫌で、できる限り触れないように指先だけを相手に差し出していた。小さい頃からそんな感じの私は周りからクールだ、近寄りがたいと言われていて正直に言うと友達も少なかった。
高校生になった2年前の春。真新しい制服を着た新入生たちは制服に着られている感じがあり、周りの先輩たちより幼かった。そんな頃私は彼女に出会った。相川と浅野で席が前後同士。新しい学校、新しいクラスで友人とも離れ一人でやっていけるかどうか少し不安だった私は後ろから肩を叩かれた。
「私、浅野 萌っていうの!よろしくね。」
第一印象はモテそうだった。天真爛漫で笑顔が似合う女の子、ハーフアップの髪型は気合を入れてきたのだろうか綺麗に編み込みされていた。
「相川 翼です。よろしくおねがいします。」
固い挨拶をした私に、敬語で話さないでよー同級生でしょとか後ろ姿綺麗だと思ったら顔も綺麗だねとかニコニコと笑いながら次々と喋ってきた。それにうまく答えられなくて、わかったとかありがとうと返すとクールだねと笑われた。
私の髪を触りながらサラサラいいなぁと言う彼女を見て、髪だけだと体温感じないのから触られても不快じゃないんだと考えつつ、先生が来るまで適当な会話を続けた。
人と引っ付くのが好きでよく抱きついてきたり触ってきたりする萌の体温に慣れる頃、萌は恋をして振られて私に泣きついてきた。泣いて熱い体温が貸した肩を濡らす涙が不快なはずだった。実際は不快ではなく、好きな男を思って発するそれらが悲しいと胸が痛いと知った時、私は初恋を自覚した。初めて芽生えたその感情と向かう相手が同性だという混乱を隠して私は萌を慰めた。
それから萌が抱きついてくるたび、ドキドキと心臓が脈をうち、萌が笑顔を向けるたび胸を締め付けるような幸福感が湧いた。この思いを伝えたい、知られたくない。離れたい、離れたくない。と矛盾した考えが同時に私の中に存在する。背中に密着する柔らかい胸と体、少し甘い匂いと私より高い体温を感じながらドキドキとうるさく鼓動を繰り返すこの音が彼女に伝わって私の思いに気がつけばいいのにと何度も思った。
3月、桜がまだ蕾の季節にまだ冷たい風がふく。卒業式が終わり、二人で誰もいない教室でお喋りをしたあと、そろそろ帰ろうかと萌が言った。4月からは別々の道を歩くことになる。先に歩き出した彼女の背中に静かに近づいた。初めて私からその柔らかい体に抱きつく。
「どうしたの翼ちゃん?」
驚いたような声をだす彼女に私の鼓動は届いているのだろうか。
「萌、ずっと好きだったよ。萌が私の初恋だった。」
制服の布越しに彼女の肩にキスを落とす。少しの沈黙と、伝わってくる彼女の早い鼓動と少し高い体温。今だけは私に向けられているそれに満足した。
「じゃぁ、帰ろうか。」
固まってる萌に笑顔を向けて帰ることを促す。
「えっ!?ちょっと、待ってよ翼ちゃん!今の何??」
と慌てる彼女に笑ってしまいながら私は先に歩き出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。その後の話は「青天の霹靂とその結果」で書きましたのでこちらもよろしくお願いします。