告白
昨夜はほっぺが蕩けるほど美味しいステーキをお腹がいっぱいになるまで堪能し、バラの花びらが浮かぶお風呂をお姫様気分で満喫した後、ふわとろなベッドでぐっすりと安眠した私はとても気持ちのいい朝を迎えた ──のだが......。
今の気分はなんというか、落ち着かない。
ムーちゃんを膝の上に乗せながら私はスカートの裾を引っ張って身をよじらせた。
そう、落ち着かない原因は私が今着ている服にある。
「ムーちゃん、やっぱり他の服はないの?落ち着かないんだけど......」
「ムィッ!」
私の膝の上で元気よく声を上げるこの王様ことムーちゃんは言葉が通じないといえども、「ない!」と断言しているように聞こえる。
私は思わずため息を吐きながら肩を落とした。
だって、可愛すぎるのだ。
肩と胸元には繊細なレースが施されており、スカートは膝下あたりまであり少しふんわりとしている。色は白だが、どこか柔らかい印象を受ける色合いだ。可愛らしいのに肩が出てたり背中を少し見せたりと大胆なデザインでもある。
春は自分がこんなラブリーな服を着て、ソファーにちょこんと鎮座していることに冷や汗を流していた。性にあわないし、正直似合うとも思っていない。
そんなに嫌ならば断ればよかっただろうという話になるだろうが、一瞬だったのだ。
早朝に部屋の扉をノックされ、不思議に思いながらも扉を開けるとあらまぁ、早業!もうこの格好だった。
恐るべし、ムーちゃん側近のメイド部隊。
思わずぶるりと身震いすると同時に響いたノック音。
「おはようございます、陛下。ハル様も」
「ムー」
「おはようございます、アークさん」
「アーク!置いてくなよな......。おっ、おはよう王様。ハル、も......」
「な、なんですか。グランツさん」
あからさまに固まってこちらをじっと見ているグランツに他人から見ても似合っていないと思うのだと心の中で嘆いた春だったが、グランツの次の言葉に目を丸くした。
「本物のお姫様みたいだなぁ!可愛いぞ、ハル!」
グランツはニコニコと笑いながら春を抱き上げると、くるくるとその場を回り始めた。
「は!?えっ、ちょ!グランツさん!?目が、目が回るから!」
降ろして!と声を上げると残念そうな顔で渋々と降ろされた。
いや、何故だ。
「グランツ、お前はまた突拍子もないことを......」
はぁ、と溜息をつきながら頭を抱えるアークさんに心の中で同情する。
そんなアークさんに対してグランツさんは口を尖らせながら「だってよぅ...」と言い訳を述べているがアークさんはそれを綺麗にスルーし、机上へ書類を並べていく。
「無視......」
「これから大事な話をするのでな、お前に割く時間は無い」
「酷い......」
うじうじとしているグランツをこれまた綺麗にスルーし、アークは春へと向き直った。
「ハル様、先程は馬鹿が失礼しました。さて、これからお話することはハル様の住民登録と住む場所などについてです。住民票はこちらで用意してあるので、受け取り確認とこの住民として住むことへの了承の意としてこちらの書類にサインを」
アークさんに差し出されたペンを握りしめ、名前を書く欄へと目を落とす。
しばらく見つめた後に、春は再度ペンを握り直し名前を書き込んだ。
ペンを静かに机上へと置くと、アークさんは静かにペンと紙を回収した。
「ハル様、」
少しノイズがかった声に名前を呼ばれ、顔を上げると表情は読み取れないがおそらく真剣な顔をしてるのだろうアークさんの顔と、こちらはわかりやすい。じっと真剣な視線をこちらに注いでいるグランツさんの顔が目に映った。
「本当に、宜しいのですか?」
先程のテキパキとした声に比べ、心做しか弱々しくなっただろうか、アークさんの声を聞きながら春は足のつま先に視線を落とした。
よかったのか?正直よく分からない。
しかし、道はないのだ。
選択肢のない私に、一体どうしろというのだろうか。アークさんは。
泣き叫べばいいのか?喚けばいいのか?暴れればいいのか?そんなことしたって、この状況は変わらない。
「ハル、」
今度は力強い声に呼ばれて、春は再び顔を上げた。
窓から差し込んだ光に照らされた琥珀色が優しくこちらを見ていた。
あまりの美しさに春はハッと息を飲んだ。
いつの間にか溜め込んでいた想いがコップいっぱいになるのが春にはわかった。
「俺は軽い気持ちで王様にお願いしたんだ。王様ならこの国でいいお嫁さんを見つけてくれるだろう程度に思っていたんだが、まさか異世界からだとは......。予想外だったとはいえ、俺がお願いしたことが原因でお前をこんな目に合わせちまった。本当にすまない」
深く頭を下げるグランツを見て、春は目に見えて狼狽えた。
「グランツさん、顔を上げてください。私、昨夜一人で考えてたんです。どうせ帰れないなら前向きに考えようって。どうせならこの世界を満喫しようって決めたんです。だから、だいじょうぶです......」
グランツさんがゆっくりと顔を上げ、私の視線とかち合う。
あぁ、私は今どんな顔をしているんだろう。
うまく笑える気はしない。
きっとひどい顔をしているんだろうな。
それなのに、どうしてそんな優しい目でこっちを見るんですか。グランツさん。
「ハル」
優しい声音で名前を呼ばれて、思わず顔を逸らした。
なんで泣きそうになってるんだ。
しっかりしろよ、私。
「ハル」
顔を両手で覆い、首を横に振る。
しばらく、その状態でじっとしているとひょいと抱き上げられてそっと膝の上に置かれた。たぶん、グランツさんさんだ。
「ハル、俺が言うのもなんだが泣いていいんだぞ」
何故彼がこんなにも優しいのか。わからない。
春はもう一度首を横に振ると、どこか戸惑いを含んだ声音で口を開いた。
「どうして、そんなに優しくしてくれてるんですか。グランツさん、私を嫁にするみたいな事言っていました、けど、本気なんですか?こんな、ちんちくりんを?もっと、他にも素敵な人、いるんじゃないんですか?」
そう口走って、はたと気づいた。
私、結構重大なことを言ってしまったのではないだろうか。
これじゃあまるで、あなたのお嫁さんになりたいですって言ってるようなもんではないか。
冷静になって振り返ると恥ずかしいばかりで、今度は恥ずかしさで顔を上げられずにいると、突然両頬を大きな手に包まれた。
急なことですぐには反応できず、そのまま逆らわずにいると綺麗な琥珀色がこちらを覗いた。
え、あの、私の顔、今涙でぐちゃぐちゃなのでそんなに見ないでいただきたいです。
あの、グランツさん。
「俺はハルがいいんだ」
「え、」
目の前の琥珀はキラキラと輝いていて、そんな中に惚けた顔をした自分の姿が映り込んでいた。