おじさんと少女。それからムーちゃん。
今の状況を簡単に説明すると、ゴーグルとマントを身につけて"異世界のバイク"に乗っている。
おじさんと一緒に。
「お嬢ちゃん!もう少しで着くからな!もちっと我慢しててくれよ!」
「......はい」
彼の名はグランツ。
世界を旅する36歳の冒険者だと自己紹介してくれた。なぜ年齢まで話してくれたのかは謎だ。そして私が呼び出されたのはどうやら彼とムーちゃんが関係しているらしい話も聞いた。詳しく聞きたかったが、「まぁ、こんな砂漠のど真ん中で立ち話をするのもあれだな」ということで彼らの住む都市へと向かっている。
「グランツさん、先ほどからキラキラしたものが視界に入ってくるんですけど......」
「ん?ああ、ありゃ魔石だ」
「ま、せき......?」
砂漠の中からキラキラとした光が目を刺激する。地味に眩しくて目がチカチカするこれは"魔石"というらしい。
「この世界は魔石で出来ているんだ。魔石っていうのは魔力のある石、魔力は簡単に言うとエネルギーのことなんだが......。あー、説明が難しいな。都市に行けば俺より説明の上手いやつがいるからそいつから聞いてくれ!」
「......」
色々とつっこみたいところ満載だし、聞きたいこともたくさんあるが、どうやらそれは無理らしい。
気づかれないようにそっと溜息を吐く。
砂漠だけの景色からところどころ木と草が生えている景色へと変化してきたが、グランツさんの様子からしてまだまだ目的地は先にあるみたいだ。
「ムィ......」
「どうしたの?ムーちゃん」
私のパーカーの中から顔を覗かせたムーちゃんに声をかける。
これは余談だが、ムーちゃんはもともと私の腰ほどの大きさだった。しかしどういう仕組みなのか、子犬ほどの大きさになってしまった。謎だ。
「ムィ──!ムィムィッ!!」
「グランツさん、ムーちゃんが何か訴えてるんですけどー...」
「あぁ、魔物が近くにいるんだろう」
「ま、魔物!?」
なんだその危険なワードは!?
私がひとり慌てる中、グランツさんはバイクをゆっくりと止めると、「ここで待っていてくれ」と歩き出してしまった。
「グ、グランツさん!大丈夫なんですか!?ぶ、武器とかは!?」
「大丈夫だ!お嬢ちゃんはそこで大人しく見てなぁ!」
こちらに手を振りながら笑顔で(といってもマスクとゴーグルで顔は見えないが...)応えるグランツさんをどうすることも出来ずに大人しく見守った。
グランツさんが10mほど歩き始めたところで変化が起きた。砂漠が山のように盛り上がり、黒くて禍々しい何かが姿を現したのだ。
「なに、あれ......」
目の前の光景を呆然と見つめる。
グランツさんよりふた回りほど大きな黒は赤く大きな目を爛々とさせ、黒いヨダレをだらだらと垂れ流している。真っ黒な口から発せられる鳴き声は鳥肌が立ち、背筋が凍るほどおぞましいものだった。
思わず胸元にいるムーちゃんを抱きしめると「大丈夫だ」とでもいうように長い鼻で腕を撫でられた。
「こいつぁ、少しでかいな......」
グランツがそう呟くと同時に魔物は動き出した。
そこからが速かった。
襲い掛かってきた魔物を素手で殴りつけ、鋭く長い歯を素早く折り、魔物の胸元へと突き刺した。
本当に一瞬だった。
魔物は耳を塞ぎたくなるほどの叫び声をあげると、ドロドロと溶け始め液体となって崩れた。
口を開け唖然としているとグランツさんに大声で呼ばれた。
「おーい、もう大丈夫だぞぉ!あと王様!黒の魔石を頼む!!」
「ムィ──」
ムーちゃんが懐からのそりと出てくる。
元の大きさに戻るとゆっくりとグランツさんのもとへと歩き始めた。春もその後に続く。
なんか、"黒の魔石"とかいうすごいワードが聞こえたけど、この際スルーだ、うん。
ムーちゃんはグランツさんのそばまで行くと、先ほどまで魔物だったモノへと長い鼻を伸ばし、真っ黒い石のようなものを掴むとおもむろに口へと放り込んだ。
「えっ、ムーちゃん!?」
「おっと、お嬢ちゃん。大丈夫だ」
「ぜ、全然大丈夫だと思えないんですけど!?」
「落ち着け。確かに黒の魔石は危険な代物だ。アレに触れたら普通無事じゃすまねぇ。だが王様は別だ。あいつはそういう生き物なんだ」
「そういう、生き物......」
グランツさんの言葉を繰り返し呟き、そっとムーちゃんを見る。
何ともないような顔をしてこちらへと歩いてきたムーちゃんをそっと抱き上げる。パーカの中へと入れると肌触りの良いやわらかい毛をゆっくりと撫でた。
「......こいつは世間では呪いだと言われている」
「呪い、ですか?」
「ああ、何百年も前に大きな戦争が起きてな。それが原因で土地が枯渇し、王都が崩落した。戦場にはとてつもなく巨大な穴がぽっかりと空いたらしい。それが砂漠の真ん中に未だ存在している。戦場には大勢の兵士がいて、ほぼ全員が穴へと落ちたらしい。この魔物はその兵士達の成れの果てだと言われている。......だから俺もなるべく早く仕留めるようにしている」
真剣な顔で話をしていたグランツだったが、今度先ほどとは打って変わって明るい声で春へと呼びかけた。
「すまねぇな、なんだか暗い話になっちまって......。さぁ、王都まであと少しだ!早く行こう。お嬢ちゃんも疲れただろう」
「......はい」
グランツさんの背中を早足で追いかけながら、自分はとんでもない世界へと来てしまったんだなぁと春はぼんやりと思った。