砂漠の真ん中に少女がひとり
すな、すなだ。さばくだ。
砂特有の柔らかさとサラサラとした感触を足の裏で感じながら、春は呆然と砂が風で舞う様子を眺めた。
頭の中はぼんやりと靄がかっていて、諦めと理解不能という文字が時節浮かんでは沈んでいく。
今、現在の自分の姿といったら砂漠を旅するには頼りない、を通り越して死にに行くスタイルである。
ピンクのホットパンツに白のTシャツ、グレーのパーカー。つまり、家着だ。
水は無い。もちろん、食料もない。
ははっ、絶体絶命だね。
「誰か助けて──!」
もちろん、応答はない。
私の悲痛な叫びが風の音によってかき消されただけである。そして、口の中に砂が入った。ぺっぺっ!
まだ日は高く、気温は玉のような汗をかくほど暑い。なのに、心はひんやりと冷たい。
もし助けが来なかったら、私はここで干からびて死ぬのだろうか。誰にも会えず?ひとりで?
春は一番最悪な事態を想像して、頭を左右に振った。
諦めるな、わたし!まだ結果はわからないじゃないか!もしかしたら、意外と近くに街とかあるかもしれないし!よし、それらしきものがないかよーく見てみよう。
目をぐっと凝らして辺りを見回す。
しかし、目に映るのは相変わらず砂ばかり。
「んー、なにもないなぁ......」
「ムー」
「あっ、なんかある!......と思ったらサボテンかいっ!」
「ムィ......」
「いや、待って!サボテンって確か食べれたよね?もしかしたら食料&水ゲットじゃない?よし、まずはあそこを目指して......」
「ム──!」
「えっ?!」
服の裾を引っ張られる感覚に下を向くと、まあるいフォルムの生き物がじっとこちらを見ていた。
「あー、えっと、こんにちは?」
「ムー」
私の挨拶に応えるかのように少し長めの鼻を高くあげたこの子は、動物園で見たことのある"獏"によく似ている。
"獏"って砂漠の生き物だっけ?と疑問に思いながらも、"獏"の視線に合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「君、どこから来たの?」
「ムー」
「もしかして、動物園から逃げてきたとか?」
「ムィー......」
「ねぇ、ここ何処かなぁ?鳥取砂丘、だったりする?砂漠だし、広いし......」
「ムム......」
何、動物に話しかけてるんだろう。
ほら、この子も心做しか困ってるよ。
ごめんね、獏。いや、ムーちゃん。
お姉さん、寂しいんだわ。君しか癒しがいないのよ。
心の中で溜息をつきながらムーちゃんのやわらかくて短い毛をワシワシと撫でると、ムーちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。
「ムー......」
「おー、撫でられるの好きなの?よしよし、いっぱい撫でたげるねぇ」
「ムムムム......」
頭から背中にかけて満遍なく撫でていると、もっと撫でろと言わんばかりにムーちゃんはコロンと寝っ転がりお腹を見せた。
「うははっ、可愛い!よしよし」
「ムィ──......」
ムーちゃんは余程気持ちいいのか、だらんとリラックス状態である。可愛い。
「......ねぇ、ムーちゃん。帰り道知らない?私、水とか食料とか持ってないから干からびて死んじゃうと思うんだよねぇ」
「ムー」
「......まぁ、分かるわけないよね!ごめんごめん」
「ムムム......」
自分の不安を誤魔化すように撫でまくると、ムーちゃんは「参ったー!」と言わんばかりに体を仰け反らせた。
「ここか!ここがええんか!!うりうりっ」
「ムー、ムィッ......ム──────ッ!!!!」
「えっ!?なになに?!ごめん、ムーちゃん!私何かしちゃった?!」
何かまずいことをしてしまったのではとオロオロとしていると、砂漠の向こう側から砂煙が舞い上がっているのが見えた。
「えっ、これあれじゃない?!ムーちゃんの親か仲間がムーちゃんの声を聞きつけて助けに来たパターンじゃない?!そんでもって、私これ悪者じゃない?!やばくない?!」
まさかのお怒りを買ってしまった!
逃げなきゃ!でも何処に?!
あっ、ダメです。THE ENDです。
さよなら、みなさん。来世で会いましょう。
逃げることを早速諦め悟りを開いていると、砂煙をあげているのが"怒りの足音"ではなく"エンジン音"だということに気がついた。
「え、なに?人......?」
砂煙の方向をじっと見ていると"機械に乗った誰か"がこちらに向かって来ているのが伺えた。
「ムーちゃんが、呼んだの?」
「ムィー!」
まるで「そうだ!」とでもいうように、ムーちゃんの鼻が高らかに挙げられる。
これは果たして大丈夫なのだろうか?
多少不安に感じながらも助かる道はこれしかないと思い、"こちらに来る誰か"を静かに待った。