花を喰む木
今年もこの季節がやってきた。
――桜の樹の下には屍体が埋まっている。
大人になって、ずいぶん経ってから読んだ本のなかに、それが埋もれていた。突然掘り起こされたように飛び込んできて、首を絞めつけられた。けれども、屍体は飛びかかってはこない。
縁側から眺める中庭にひろがるは、薄桃色の夢の跡。樹齢数百年の桜の古樹が降らせる命の雨。敷きつめられた花を乱すはいたずらな風だった。
屍体を思う。
人は死ねば、花に包まれる。棺桶の中を花で満たして、あの世まで持っていく。花は仏の依代となり、光あふれる場所まで連れて行ってくれるのだという。
私は、あの花がいい。桜に埋もれ、桜で満たし、桜に溺れ、桜とともに去りたい。
ならば、死ぬのは春がいい。
中庭の桜。変哲もない石の下。あの下に――
屍体が埋まっている。
姉しか知らぬ。盗み見た私を知らぬ。兄と姉の子だということも。
生まれてこなかった子だ。泣き声すらあげず、抱きしめられることもなく。
桜の下に埋まっている。
それが、ひどくうらやましい。
私は一切を墓まで持っていく。語られることのなかった命は、この世のどこにも残らない。もう幼い骨も、とっくに無骨な木の根に絡みとられて、もはやなにも残ってはいないだろう。
けれどもその場所には、ぽっかりと屍体の穴があるのだ。それは私の胸に空いた虚しさと、ちょうど同じ大きさだった。
その穴に花びらを詰め込み、二度と這い上がってこぬようにする。
そうして、私も眠りにつきたい。
春のまどろみのなか、私の眠りはまだ訪れない。