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オラシオン*フロール  作者: 煮豆シューター
錬金術師の少女
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05.錬金術師の少女

 夢とは、現実で受けたストレスの解消や、散りばめられた記憶の整理のために行われるという。

 その他にも諸説あるが、それでもそのすべては自己の内側で完結している。

 エコーは夢を見ていた。

 見える景色のほとんどに靄がかかり、聞こえる音はノイズのごとく意味をなさない。なにかに触れた感触はクッション越しであるかのように曖昧で、あらゆるものは断片的にしか認識することがかなわなかった。

 それでも、その夢を見ていると、どうしてか涙がこぼれそうな気持ちになってくる。

 暗闇に怯えるのとは違う。耐え切れない痛みに屈するのとも違う。物語の感動の場面を目にした時とも違う。

 それはエコーが歩んできた十数年の人生の中で、一度として覚えたことがない感情だった。


 声が。声が聞こえる。

 霧がかった世界の中で、ただそれだけは鮮明に。


 ――どうか……どうか。

 ――あの子の手を引いて、暗闇の底から連れ出してくれる誰かが現れるまで……。

 ――あの子をずっと……。


 あの子って、誰……?

 その問いに返ってくる答えはなく。

 次第に、エコーの意識は夢から覚めていった。




「……ん、む……」


 薄っすらと瞼を開ける。視界はぼんやりと要領を得ず、ただ、その明るさから辺りを照らす照明があることだけがわかる。

 全身を、ふわふわと心地よい毛布のようなものに包まれている感触がある。

 半面、体の内側の調子はさほどよろしくない。頭や胸の辺りはお湯が沸騰しているかのように熱いくせに、手先や足先のような末端は異様なほどにかじかんでいる。

 腕を持ち上げようとするだけでも億劫で、体感でいつもの三倍以上の力を込めなければ動かない。


(えぇと、確か……ゴーレムさんたちに連れられて隠し通路に入って、そこで一緒に料理して……最後にもらった木の実を食べたら、倒れちゃったんだっけ)


 改めて思い返すと、一緒に料理して、の辺りがまるで意味不明だった。

 少し、笑いがこみ上げてくる。そしてそのせいで気持ち悪さが悪化してしまい、エコーは思わずげほげほと咳をした。


「……ぅ、はぁ、はぁー……私……助かった、の? なんで……」


 一瞬であれだけの症状をもたらすような毒だ。あのまま一生目覚めない確率の方が高かったように思えた。

 今もかなり体調は悪いものの、毒を飲み込んだ直後よりはマシなように感じている。助けてくれた誰かが迅速に適切な処置をしてくれたのだと推測を立てる。

 事実エコーは今、どこかの室内で、ベッドに寝かされていた。


(いったい誰が私を……?)


 順当に考えればゴーレムが助けてくれたと考えるべきかもしれないが……おそらく毒だとは知らなかったとは言え、そもそもエコーに毒を盛ったのはゴーレムの方だ。彼らが毒への対処法を知っているとは思えない。

 だとしたらゴーレムの他にエコーを助けてくれた存在がいるということになる。

 もしかすれば、ゴーレムたちがエコーを街の方まで運んでくれたとか?

 だけどあれほどの毒だ。ろくな対処もせず移動にかかるであろう数時間もの間、体がもつとは思えない。

 寝起きと毒の相乗効果か、もやもやと霞んでいた視界は、状況の分析を続けているうちに徐々に戻ってきていた。あと数秒もすればある程度認識できるようになるだろう。

 それまでおとなしくしようとじっとしていたところ、ふと、エコーの視界に肌色の影が差す。


(誰かいるっ!?)


 驚いて、思い切り体を起こそうとしてしまった。

 そのせいで、


「ったぁ!?」

「あうっ!?」


 ごつんっ! その影に頭をぶつけてしまう。

 前者はエコーの口から、後者は目の前から聞こえた声だった。


(女の人の、声……? ひ、人っ!?)


「ひぃいぃぃ!」


 痛みもあったが、それ以上に人見知りが存分に発揮していた。

 情けない悲鳴を上げて逃げ出そうとして。しかし、今はその体を毒が蝕んでいる。

 うまく体を起こすことも、立ち上がることもできず、それでも無理矢理逃げようとしてしまったせいで、エコーはベッドから転げ落ちた。


「へぶっ!」

「へ? って、あ、あぁー! だ、だだだ大丈夫れすかっ!?」


 容赦なく頭から床に落ちたエコーに、エコーから頭突きをかまされた女性は、その痛みさえ忘れて慌ててエコーの体を持ち上げた。

 そこでようやく、エコーは自分を助けてくれたであろうその人物の姿を正しく視認した。

 エコーよりほんの少し小さな体躯と、心配そうな色を浮かべた幼さが残る顔立ちは、健気で愛らしい印象を抱かせる。くりくりとした桜色の眼から窺える心配の感情は、野に咲いた一輪の花のように純粋だ。

 着ているのはゆったりとした、ともすれば寝間着にしか見えないふわふわした着心地のよさそうな衣装と、白いエプロン。

 そんな少女が、エコーがぶつけた頭部を少々不安そうに診てくれている。


「あ、頭、頭は……ふぅ、大丈夫そうれすね……血は出てないれすし、たんこぶにもなってないれす」


 ほうっ、と少女が安堵の息をはく。


「まぁわたしは、ぶつけた額がすっごく痛いれすけど」


 えへへ。冗談交じりに少女が笑って、焦げ茶色の二つ結びの髪が揺れた。

 普通ならそこでくすりと笑い返すか、軽く謝るところなのだろう。

 しかしエコーは素早くベッドの上で正座の体勢を取ると、これでもかというくらいがんがんと額を床に打ちつけた。


「ごめ、ご、ごめんなさいぃ! わ、悪気はなくて……わた、わ、私、ひと、人と話すが苦手なだけ、だけで……! うぅ、ひっぐ……ほ、ほんどは、ず、頭突きなんてずるづもりじゃ……」

「え……え、えぇ?」


 知らない人にちょっと話しかけられただけで泣き出して謝って逃げ出すエコーだ。自分を助けてくれたであろう相手に痛い思いをさせてしまって平常心でいられるはずがない。

 突如ガチ泣きして土下座し始めたエコーに、ちょっとお茶目を言ってみただけのつもりだった少女はものすごく困惑していた。


「ほん、ほんどに……ごめん、なざい……」

「あ、あの……その、だ、大丈夫れすよ? 頭を上げてくらさい。さっきのは冗談れすから。本当は全然痛くなんてなかったれすから」

「でも……ひだい、あかぐなっでる……」

「こ、これはあれれす! あのー、そのー、あ、あれれす! あれなんれす! そう、つまり……うん、あれなんれすよ! あれ! れす!」


 ぼろぼろと大粒の涙を流し続けるエコーを落ちつかせるため、あれでごり押しを図る少女。

 しかし、さしものエコーでもそんなんで誤魔化せるわけがないだろう。


「あれ……?」

「そう、あれれす」

「あれ……」

「あれなんれす」

「あれなら……ひっく。いい、のかなぁ……」


 誤魔化された。


「いいんれす。さ、ベッドに戻ってくらさい。まだ安静にしてないといけないんれすから」


 エコーを落ちつかせることに成功した少女は早口でまくし立てると、エコーの体をうんしょと持ち上げてベッドに押し戻す。


(なんだか、天使みたいな人だなぁ)


 ベッドに戻ったエコーは、熱でふわふわと浮かされた思考で、一人感激していた。

 ごく普通の優しさであろうと、まともに人と付き合うことができないエコーからしてみれば感涙もののそれだ。

 いや、おそらくは毒からも助けてもらっているのだから、あながち言いすぎというわけではないか。

 まさしくエコーにとっては命の恩人なわけである。まぁ天使となると、どちらかと言うと天国に連れて行かれてしまいそうな呼び方ではあるが。


「……天使……」

「……ど、どうか、した? な、なにか気に障ることとか」

「い、いえ! なんでもない、れす」


 ごほん、と咳払いをする少女。その頬はまるで照れているかのように若干赤らんでいたが……。


「とりあえず自己紹介かられすね。わたしはアルメリアと言いますれす。アルメリア・アルフレッド、れす」


 アルメリアはぺこりと礼をする。


「わ、私はっ! ぅ、けほけほっ!」

「あ、まだ相当きついはずれすし、あなたは無理にしゃべらなくても大丈夫れすよ」

「う、ううん。だいじょ、ぶ……わ、たしは、エコー。エコー・ラ、ンカル」

「エコーさん、れすか。いい名前れす」


 つっかえながら必死に口にした自己紹介に、アルメリアは笑顔で答えた。


(は、初めて人から名前褒められた……やっぱりこの人天使だ!)


 人付き合いが壊滅的なまでに苦手なエコーは名前を褒められた経験なんて、というか機会すらなかったので、初めてなのは当たり前である。


「天、んん、ん!」

「てん?」

「いえ、なんでもないれす。なんでも。えと、それで、れすね……わたしはエコーさんに、謝らなければいけないことがあるんれす」

「謝ら、なきゃ……いけないこと?」


 きっと助けてもらったのだから、むしろこちらが礼を言うべきなのでは?

 そう思ったエコーだったが、まるで思考を読んだかのように、アルメリアは首を横に振る。


「もしかして、なにか……えっと、後遺症、とかあったり……」

「あ、いえ、そういうわけではないんれす。今回エコーさんが摂取した毒は心臓に血を集めやすくして働きを飛躍的に活発させるものれして、これは用法用量を守れば薬の材料としても使えたりするんれす」

「ほぁー」

「今回はその元の材料を薄めずに口にしてしまわれたせいで、心臓が破裂したり体の末端に血が行かなくなって腐ったりしてしまう可能性があったのれすが……」

「ひゃい!?」


 がくがくと震え出したエコーに、アルメリアは「安心してくらさい」と朗らかな笑顔を向ける。


「エコーさんが寝込んれいる間に、お注射で対処しておきましたれす。しばらくは安静にして定期的にお薬を飲んれいただくことになるれすが、後遺症が残るようなことは一切ないと言ってもいいれす」

「そう、なんだ……はぁー、よかったぁ……ありがと、う、ございます。助けて、くれて」


 心からのお礼を告げる。アルメリアがいなければ今頃心臓から血の花を咲かせていたり、四肢を切り落とさなければならなかったかもしれない。

 この世界には回復魔法が存在し、高位の回復魔法や回復薬ならば、傷口を塞ぐばかりでなく失った四肢の再生すら可能ではある。

 しかしそれは欠損後数十分以内に限られる。さらには無茶で過剰な復元のせいで寿命が削られ、後遺症が残るなど、腕が元に戻る以外は悪いことばかりだ。

 今回の毒のように腐るとなると、様態的にある程度時間が経過していることになってしまうから、魔法や薬での再生は不可能。心臓云々だって、死んでいたら回復魔法自体が効かなくなるから無意味だ。

 だからエコーが心の底から感謝するのは至極当然のことなのだが、どういうわけかアルメリアは申しわけなさそうに目を伏せるばかりで、お礼を受け取ろうとしなかった。


「……ごめんなさい、れす」


 それどころか、謝らなきゃいけないことがあると言っていた通り、本当に頭を下げ始める。


「エコーさんが倒れてしまったのは……わたしのせいでもあるんれす」

「へ?」

「ベータちゃんはアルファちゃんたちより抜けてるところがあるんれす。今回みたいに似た色の木の実を間違えて採取してきたりとか……本当に申しわけないれす。悪気がなかったとは言え、ベータちゃんがエコーさんに毒を盛るようなことをしてしまって……」

「ベータ、ちゃん?」


 ベータちゃん。アルファちゃん、たち。木の実の採取。毒を盛る。

 さまざまな単語が脳内で絡み合い、アルメリアが言う名前が、ゴーレムたちの名称であるという答えにエコーはたどりつく。

 そしてベータちゃんとは、エコーが棍棒さんと呼んだゴーレムであることも。


「アルメリアちゃんは、あのゴーレムさんたちと……知り合い、なの?」

「……知り合いなんて軽いものではないれす。あの子たちはわたしの、家族、みたいなものなんれす」

「家族……?」

「なので、今回の件はわたしの責任でもあるんれす……本当にごめんなさいれす、エコーさん……」


 ずっと街かどこか、安全な場所の建物の中だと思っていた。しかしそこでようやくエコーは自分がいる場所が街ではないことを、それもおそらく、未だ巨岩の広場の地下にいる可能性が非常に高いことに思い至る。

 改めて、エコーは自分がいる部屋の中を見渡してみた。

 一目見た限りでは、一箇所を除いて、広いだけで普通の部屋だ。多くの部屋の機能がまとめられているのか、エコーがいる付近は寝室チックなのに、少し離れたところには長机とイスが配置され、奥には台所が見えるなど、あちら側はリビングになっている。

 そして普通じゃない一箇所というのは部屋の中央だ。鍋の何倍も大きな釜が、どーんっと鎮座している。エコーがいる場所から内側は窺えないが、なにやら薄緑色の湯気が立っているようにも見える。


「ねぇ、あれは……?」


 ここが本当に地下空間のどこかなのか。アルメリアが何者なのか、ゴーレムの正体はなんなのか。

 気になることはたくさんあったが、それよりも無性に釜が気になってしかたなくなってしまって、しょんぼりとしているアルメリアに聞いてみる。


「あれは錬金釜れす。わたしは錬金術師なんれす」

「錬金術師?」

「いろんなものを配合して、お薬や金属なんかを作るんれす。一度エコーさんに注射したお薬も、これから飲んでいただくお薬もわたしが作らせてもらってるんれす」

「ほわぁー」


 見たことも聞いたこともない技術。そしてその技術を操る錬金術師たるアルメリアの手によって自分が助けられた。

 エコーの目がきらきらと輝く。彼女は今、錬金術という三文字の未知の単語に夢中になっていた。

 そこには純粋な好奇心のみが存在し、悪意や害意と言った感情の一切は存在しない。


「……わたしを責めないんれすか?」

「へ? な、なにが?」

「だから、わたしの家族がエコーさんに毒を盛ってしまったんれすよ……責任を取る覚悟はあるれす。たとえ故意でなくとも殺そうとしてしまったんれすから、どんなことをされても文句は言えないれす」

「……え、え?」


(さ、さすがにちょっと重く受け止めすぎじゃないかな……)


「いえ、そんなことないれす。デルタちゃんが急いで知らせてくれたから助かったものを、本当なら今頃お陀仏になっていてもおかしくなかったんれす。本当に、本当に申しわけないれす……」

「で、でも、ちゃんと助かったわけ、だから、そんな責任感じなくて、も……? ……あれ?」


(……今、重く受け止めすぎとかどうとか、口に出したっけ?)


「だ、出しました! 出しましたれす! 口に出しましたれす!」

「そう、だったかなぁ……でも、アルメリアちゃんが、そう言うなら……そうなのかも。って、うん?」


 そもそも「口に出したっけ?」という言葉自体、心の中で思っただけで外に出していない。


「う……」


 その事実にエコーが気がついてしまったら、もはやアルメリアの誤魔化しの言葉は意味をなさなかった。

 そういえば妙な場面で照れてた時もあったっけ、と今更ながらエコーは思い返す。天使がどうだとか考えた際、アルメリアは少し照れたような仕草をしていたように思う。


(……もしかして、私の心を……読んだ、とか? そんなことできるの?)


 そういう超常的なことを可能とする力と言えば魔法が挙げられる。

 けれど少なくとも、エコーは心を読めるような魔法の存在を知らない。天才魔導師を自称し他称もされるサリアでさえ、そんな魔法を使っている場面をエコーは見たことがない。

 いやそれ以前の問題として、こんな近くで魔法を使われてエコーが気づけないこと自体がおかしいのだ。

 エコーの感覚は鋭敏である。自分に指向性が向いた魔法が行使されたり、周囲の魔力が乱れていれば、すぐさま違和を感じ取ることができる。

 だが事実としてエコーが魔力の乱れを感じることはなかった。

 だとすれば……もしや、魔法ではない?

 顔色から思考を読み取る技術とか? いや、これほどまでに正確に違和感なく心の内を読んでみせたことを、ただの技術で片付けることは違和感が残る。

 会話の中であろうと、当たり前のように相手が考えていることを読んでみせたのだ。いわば体質のようなものである可能性もあるだろう。

 この世界には、魔法をその身に宿した特異な体質の人間も存在している。代表的なのは魔眼だ。

 ただ、あくまでそれも魔法であるので、それでも魔法の波動をエコーが感じ取れなかった理由が説明できないが……。


「う、うぅ……」


 頭の中で推測を立てるエコーの思考を、やはりアルメリアは正確に読み取っているようだった。

 彼女の体は震え、両手で体を抱くようにして。どこか怯えた、今にも逃げ出しそうな表情でエコーを見つめている。

 怒鳴られる。忌み嫌われる。

 それを、心から恐れているような……。


(うーん、考えてもよくわかんないや。でも、もし心を読めるんだとしたら……アルメリアちゃんって……)


 エコーが、その口を開く。

 それにアルメリアは、叱られる寸前の子どものように、ぎゅっと両目を閉じて。

 そんな彼女を眺めながら、エコーはぼそっと呟いた。


「――もしやコミュ障さんたちの救世主なのでは……?」

「…………は?」


 アルメリアは怯えた様子からは一転、なに言ってんだこいつ? と言わんばかりの呆けた顔をした。


「は? じゃないよ! これは画期的っ、革命的っ、革新的なことだよ!」


 アルメリアのそっけない反応に、エコーがきらきらと目を輝かせて熱を上げる。


「はぁ? いえその、エコーさんなに言って……」

「私は緊張しちゃってサリアちゃん以外の人にはうまく話しかけられないし、逆に話しかけられても頭が真っ白になっちゃうし……うぅ、言ってるだけで涙出てきた……」

「あの……」

「そんな私がこれまで誰かと友達になるために、いったいどれだけ苦労してきたか……アルメリアちゃんにはわかるっ!?」

「は、はあ」


 知らねぇよ。と言いたそうにも見えたが、アルメリアちゃんは天使のようないい子のはずなので、そんなことは考えていないだろう。


「でもアルメリアちゃんは、そんな私の心をわかってくれるんだよ? 私が口下手でうまく言葉を話せなくても、頭の中が真っ白になって言語を忘れちゃっても……アルメリアちゃんはそんな私の意思を汲み取ることができるんだよね?」

「いえ、さすがに言語を忘れられるとちょっと……れす」

「え?」

「え。いや、その、そこまで高性能じゃなくてごめんなさい……れす?」

「い、いや、アルメリアちゃんは悪くないし! とにかく! アルメリアちゃんのその能力はとってもすごいもので、私みたいな人見知りにはすっごく助かって……うぅ、いいなぁ。人類皆にその能力があったら、私も皆と友達になれると思うんだけどなぁ……」


 そんなことになったら阿鼻叫喚だ。あとエコーは話しかけられたら頭真っ白になるんだから、どっちにしたって友達ができない可能性も割と高い。

 興奮したからか――普通なら咳が出そうなものだが――、いつの間にやら言葉がつっかえなくなっていたエコーは、しかししょんぼりと眉尻を下げていく。


「よしんば私の心の中を読む力だけでいいから、皆に与えられないかなぁ……そうすれば、友達一〇〇人……夢じゃないはず……」

「…………ふ、ふふ、あはは!」

「……アルメリアちゃん?」


 アルメリアは目尻に涙を浮かべながら、おかしなものを見つけたと言わんばかりに大笑いをした。


「ど、どうかしたの? 私、なにか変なこと言っちゃった……?」

「くす、はい……とっても変なことれす。人類史上最高におかしなこと言ってましたれす」

「そんなに!?」


 そうだ。エコーの予想通り、アルメリア・アルフレッドには人の心が見えていた。

 人の思い浮かべた言葉が、風景が、色が、感情がわかってしまう。

 そしてだからこそ、彼女にはわかる。

 エコーが本当に、心の底からそれを望んでいたことが。

 それがなんとも面白おかしくて、それから、とてもとても尊くて。だから笑ってしまった。


「エコーさん。エコーさんに毒を盛ってしまったのはわたしの家族で、わたしにこんなこと持ちかける資格はないってわかってるれすが……それれも、その」


 もじもじ。

 恥ずかしそうに手を差し出して、アルメリアが言う。


「わたしもその、友達っていないんれす。昔からずっと、ここに引きこもっているから……でも、そんなわたしでも……エコーさんの友達になることは、できるれすか?」


 そんなことをお願いされて、エコーが断るわけがなかった。

 エコーはこれまでで一番と言ってもいいほどに目を輝かせると、毒で調子が悪いのも忘れて、ばっ! とアルメリアの手を自らの両手で素早く包み込んだ。


「も、ももも、もちろんれす!」

「パクらないでくらさい」

「か、噛んだだけ! 噛んだだけだから! だからその……ふ、ふつつかものですが、どうぞより、よりょしくお願いしますっ!」


 エコーの妙ちきりんな挨拶にアルメリアは、


「はい、れす」


 くすりと笑みをこぼして、エコーの手をそっと握り返した。

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