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オラシオン*フロール  作者: 煮豆シューター
錬金術師の少女
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02.人見知りである

「今日やるのは……調査依頼でいいかな」


 しばらく掲示板をぼけーっと眺め、そう結論を出したエコーはギルドの窓口へ足を向けた。

 掲示板には冒険者向けの依頼が随時貼り出されている。その内容は多岐にわたるが、その中でもギルド側が直接出している、危険区域などの調査についての依頼のことを調査依頼と呼ぶ。

 調査は常設依頼という区分であり、わざわざ受注の申請をせずとも結果の報告のみで報酬を受け取ることができる。

 しかし魔物が生息する危険区域に足を踏み入れる場合、事前に冒険者ギルドに一言告げておくことは暗黙の約束とされている。

 なぜなら、もしもトラブルが起きて行方不明になんてなってしまったりした際、行き先がわかっていればギルド側もすぐに捜索に入ることができる。冒険者はわずかながら生存率を上げることができ、ギルド側は行方不明になった冒険者のランクに応じて、起きたであろうトラブルの危険度をわずかながら知ることができる。そして時すでに遅しだったとしても、遺品の回収が可能になる確率だって上がるのだ。


「……ふー。落ちつけ、落ちつけ私……」


 ギルドの窓口の少し前で立ち止まったエコーは、胸の前に手を置いて、心を落ちつかせるために小さく深呼吸をした。

 そして胸に置いていた手を下ろすと、意を決してカウンターの向こう側の受付嬢と相対する。


「あ、あの……!」

「――おはようございます。こちらは冒険者ギルド窓口となります。本日のご用件はなんでしょうか」


 にっこりと満面の営業スマイル。

 エコーの目をまっすぐに見つめての受付嬢のはきはきとした応対に、エコーは。


「ひえっ!?」


 なんとも情けない悲鳴を上げて縮こまった。


「ひえ……?」

「い、いえ! あ、あの……その、私……あ、あれを、い、依頼を、えっと、う、受け――」

「依頼ですね。貼り出しの申し込みですか? それとも貼り出し済みの依頼の受注申請でしょうか?」

「や……じゅ、ちゅう……になる、のかな……?」

「受注ですね。では、依頼用紙の確認と承認を行いますので、用紙の提出をお願いします」

「えっ!? や、ちがっ……その、そういうんじゃ、なくて」

「受注ではないということでしょうか」

「そ、そういうわけじゃ……」


 ……たまにいるだろう。知り合いには饒舌なくせに、知らない人と相対すると途端に無口になったり、あるいは口下手になってしまう人が。

 俗に言う、人見知り。

 エコーはその類だった。それも、知らない人にちょっと声をかけられるだけで頭が真っ白になってしまうくらいの重症である。

 サリアとなら問題なく話せるのだが……逆に言えばサリアとしか話せない。


「受注、だけど……じゅ、受注しなくても、いいやつで……その、えっと……」


 この体質のせいで初対面の他人とはまともに話すことができず、割と常識人であるはずのエコーには、友達と呼べる存在が未だサリアしかいない。

 もう冒険者ギルドで活動を始めて六年以上になるというのに、この交友関係の狭さは異常と言っていい。筋金入りの人見知りであることが窺えた。


(私もサリアちゃんくらい饒舌に話せれば……うぅ)


 サリアならば、誰に声をかけられたところで普段通りの不遜な態度をどうということもなく貫いてみせるだろう。

 いやまぁあれはあれで重度のコミュ障なのだが、同じコミュ障でもサリアとエコーは真逆の性質だ。サリアが話せるタイプのコミュ障であるとすれば、エコーは話せないタイプのコミュ障である。話せることが理解を得られることと同義ではないことが肝だ。

 どちらがいいかと言えば……まぁ、どっちもかなりあれなのだけども、エコー的には話せるコミュ障の方がいいようだ。

 そしてエコーにとってさらに災難だったことは、エコーの対応をしている受付嬢が新人だったこと。

 エコーの要領を得ない言葉の数々に、受付嬢の営業スマイルが崩れて困惑の感情が顔に出始めてしまっていた。そしてそれを認識してしまったエコーの目にも、なんかよくわかんないけど涙が滲んでくる。それを見た受付嬢がさらに慌てて、それを見たエコーが――。

 そんなループがひたすら続く。このままであれば、やがて耐え切れなくなったエコーが泣きながら謝り倒して走り去る未来がやってくるだろう。

 しかしそんな未来への道筋は受付台の向こう側から、こちらがトラブルに瀕していることを察知してやってきた一人の女性によって終止符を打たれる。


「どうしたの? なにかあった?」

「あ、先輩」

「……あぁ、そういうことね」


 その女性はエコーを一目見るとすべてを察したようだった。


「その、なんというか」

「わかってるから大丈夫よ。あなたはあっちで私の代わりに達成済みの依頼書の整理をしててくれる? あとでこの子と……もう一人の対応の仕方について教えてあげるから」

「もう一人……? えっと、わかりました」


 失礼します、と頭を下げて、さきほどまでエコーの対応をしていた受付嬢が奥に引っ込んでいく。

 代わりに前に出たのは、エコーが初めてこの冒険者ギルドに訪れた時からここに勤めている、熟練の受付嬢だ。


(名前は、確かランさんだよね)


 記憶にある名前を引き出してくる。エコーは自分が人一倍人見知りであることを自覚しているぶん、せめて人の名前だけは一回でちゃんと覚えるようにしていた。

 もっとも、話す機会が少なすぎるせいで、その覚えた名前を実際に呼んだことはまだ数えるくらいしかない。

 新人の受付嬢はエコーと同年代程度だったが、今回の受付嬢ことランはまさしく大人の女性と言った風貌だ。

 きりっとした顔つきは相対する者に真面目な印象を与えつつ、浮かんでいる微笑はその印象を崩さずに互いの空気を和らげ、話しやすい雰囲気を作っている。

 これらをランは意識して作っているのだから、さすがベテランの受付嬢というところだろう。

 そんなランの凛とした立ちふるまいを見ていると、沸騰しかけていたエコーの頭の中もだいぶ落ちついてきた。

 ごしごしと目元を拭って、受付を代わってくれたランに改めて向き直る。


「その、い、依頼を……ちょ、調査依頼、なんですけど……や、やろ、やろうかな、と」

「調査依頼ですね。どちらへ向かわれるのでしょうか」

「も、森に。この、ま、街の近くにある、森の……その……」

「森……ゴーレムと推測される痕跡の調査でよろしいですか?」

「は、はいっ。そ、それ、それですっ。日帰り、です。明日の……えと、朝か、昼間には、その、また冒険者ギルドに、か、顔を、見せます」

「わかりました。では、もし明日中にエコーさんの姿が見えなければ、こちらで捜索の依頼を貼り出させていただきますが、よろしいでしょうか。なお、その事態が発生した場合の費用はエコーさんに後日支払っていただく形になります」

「も、問題ない、です」

「はい、ありがとうございます。確かに承りました。他になにかご用件はありますか?」


 エコーがいくらつっかえようと、きちんと言葉を言い終わるまで微笑みを浮かべた状態で待つ。それでいてエコー一人にだけしゃべらせることはせず、時には先に言うだろう言葉を正確に予測して、フォローや相槌を入れる。

 エコーの方は何年も顔を合わせておきながら未だ全然慣れていないけれども、ランの方はすでにエコーに対しての完璧な対応マニュアルを作り出していた。

 無論、それはサリアに対してもである。

 エコーもランが相手ならばそれなりに話しやすい。具体的には二番目くらいに入る。一番は一切どもることなく話すことができるサリアだ。


「他……他は、特に……あ、い、いや。ひ、一つだけ、き、聞きたいことが……」


 話を長引かせることは、まともに話せない系のコミュ障であるエコーにしてはかなり珍しい。

 エコーに慣れているはずのランも目をぱちぱちと瞬かせていた。


「聞きたいこと、ですか。私に答えられることならなんでもどうぞ」

「えぇと……サリアちゃんが、ご、護衛の依頼を受けたって、聞きました、けど……その、私に声、かからなかったのは、な、なんでなのかなぁ、なんて」


 あわよくば今からでも同じ依頼を受けたいと考えている。そんなエコーの内心も、対コミュ障武装を完備しているランにはお見通しだった。

 ただし、それは残念ながらかなわない相談だ。

 ランは申しわけなさそうに目を伏せる。


「サリアさんが受諾してくださった護衛の依頼は、実は今回エコーさんにも話を通そうとした案件なのですが……」

「え、そ、そうな、そうなんですか?」

「はい。ですがその、エコーさんにその話を持ちかけた担当の者によると……いわく、『ごめんなさいと断られました』と」

「……え?」


 ぴたりと動きを止め、急ピッチで脳を回転させて記憶を遡るエコー。

 エコーが普段の日常で話す相手と言うと数えられるくらいしかいない。その数えられる相手との会話を思い出してみるが……どうにも心当たりがなかった。


(や……待って)


 よくよく思い返してみれば、そういえばサリアと一緒に魔物を討伐する依頼を受ける約束をしていた、とある日。

 彼女より早く冒険者ギルドについてしまって適当な席に座ってサリアを待っていた時、誰かに話しかけられた記憶があった。


『すみません。エコー・ランカルさまでよろしいでしょうか』


『ひ、ひえっ!? な、なにかしちゅ、失礼なことしちゃってましたかっ!? ごご、ごめんなさいごめんなさい! わ、悪気とか全然なくてっ……うぅ』


『えっ!? 違うんです! 実はその――』


『ごめんなさいーっ!』


(あぁ……うん。確かに、確かに私、なんかごめんなさいって謝った記憶が……)


 もはや言うまでもないが、エコーは超と頭につくほどの極度の人見知りだ。

 自分から話しかけるのならばぎりぎり耐えられるが、知らない誰かから急に声をかけられたりすると、途端に頭が真っ白になって、なんにも頭に入らなくなってしまう。

 しまいにはわけもわからずとにかく謝り倒して、逃げるように走り去ることもしばしば……。


「あ、あのっ、い、今から依頼を受け直すことって……」

「……申しわけありません。すでに依頼の受注期限は終了してしまっています。こちらとしてもエコーさんほどの実力者であれば、本当は喉から手が出るほど欲しい人材だったのですが……」


 実力と、あとは主にサリアのコントロール役としてだろう。エコーは見ての通りコミュ障ではあるがサリアと違って常識はきちんと備えている。

 どちらか片方のみであれば確実に問題児になるコミュ少女コンビも、二人揃えばなんか奇跡的にバランスが取れる。それは彼女たちを知る者たちからの共通の見解だ。

 だが、エコーたちとギルド側、どちらにとっても喜ばしいはずのそれは虚しいすれ違いによって成り立つことはない。

 なにが原因だったのかと問われれば、それはエコーが重度のコミュ障であったせいだという以外の要因は一切存在しない。現実は無情なのである。


「申しわけありません。もう少しエコーさんに配慮した人材に依頼の話を任せておけばこんなことには……」


 言葉通り申しわけなさそうに顔を伏せ、不備を詫びるラン。


「ら、ランさんは、その、悪くない……です。悪いのは私、なので……その、ありがとうございま、ました……私……森の調査、行ってきます……」

「は、はい。その、どうかお気をつけて」


 どうにもならないことを悟ったエコーは、がくんと肩を落とし、とぼとぼと冒険者ギルドをあとにした。


「……はぁ……」


 青々とした晴天に反し、雨のごとく沈んだ気分で街中を歩く。

 エコーとて、いい加減人見知りをどうにかせねばならないことはわかっていた。今回はそれが原因でこんなことになってしまった。

 実力と、あとは最低限の良識さえあれば成り上がることが容易い冒険者という職業だからこそ今はどうにかなっている。

 しかしエコーレベルのコミュ障となると他の仕事ではまず間違いなくうまくやっていけない。

 それはサリアも同じだろうが、サリアは見ての通りあれなので、エコーほどコミュ障であることを気にすることはない。

 いやエコーほどというか、サリアはそもそもまずコミュ障を直そうとか絶対思ってない。というか自分がコミュ障とも自覚してない。なので比べるだけ無駄だ。

 エコーは直したい、改善したいと思っているぶんだけマシな方である。

 マシな方ではあるのだが……何年も顔を突き合わせているはずの受付嬢のランを相手にしてもあの通りなので、生半可なことではどうにもならないことも事実だ。

 二人を知る者たちからは、エコーとサリアを足してニで割ればちょうどよくなるのでは? などとも囁かれているけれど、二人とも形は違えど同じコミュ障なのでそんなことしても大して変わりはしないだろう。

 むしろもっとひどいコミュ(しょう)命体が誕生する可能性があるので絶対やめた方がいい。


「森の調査……ゴーレムの痕跡の調査だっけ。ゴーレムって岩の魔物だよね。うーん……私でもゴーレムさんとならつっかえず話せるかな……もしかしたらお友達になれたりとか! そうしたら私も人見知り脱却の一歩を踏み出せるかも!」


 岩を友達とか言うようなやつはどっちにしろコミュ障である。

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