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An Endowment  作者: アタマオカシイ
第2章 発芽
9/107

8蹴 一期一会

トイレに行き、飲み物を買って席に戻る途中、ある女(女と言っても少女なのだが)に出会った。

隣人の内田 秋子(うちだ あきこ)だ。

「あら、たけるくんもみにきてたんだ。」

お隣さんなので、話す機会はたびたびあった。ただ、スタジアムで会うとは考えもしなかった。

「そうだね。あきちゃんがサッカーを見るとは、意外だったよ」

というと

「え?あたりまえじゃない!パパががんばってるんだから!」

ん、パパ?まさかとは思うが一応聞いてみると、

「そうよ!わたしのパパはうちだしゅうと!プロサッカーせんしゅなの!」

驚いた。お隣さんは父親が家にいることが少なかった。会う機会がなかったので知らなかったのである(後で父に聞いたら知っていたそうで、今日の観戦が終わったら教えるつもりだったらしい。ドッキリ大失敗である)。どうやら内田選手は俺のことを知っているようで、たまに自宅から、練習する俺の姿をのぞき見していたらしい。なんで知らなかった俺。おっと、忘れたがっていて記憶のかなたにぶん投げた忌まわしい過去が復活しそうだ。抑えなくては。まさか予約の時点では知らないだろうと思っていたが、サッカー少年であることを向こうは知っていて、俺(というか親の)の予約を確認させてもらっていたらしい。

「エースでCFなんだよ!はじめてきいたときにはよくわからなかったけど、べんきょうしたんだー」

知っている。サッカー選手になる、と決めたときから、チームごとのCFとGKを逐一確認していた。どうせなるなら派手な位置のほうがいいもんね。ハットトリックとか決めて。そこまで確認していて、なぜお隣に住んでいたか知らなかったのか、突っ込まないでほしい。


後半も終わって(途中から隣に座った秋子のおしゃべりで全然集中できなかったが)、父の(失敗した)サプライズの時間だ。父は項垂れていた。まあ、仕方ない。知ってしまったのだから。

「この様子だと、ドッキリは失敗したのかな?」

父にとどめを刺したのは、今回の試合も大活躍、ハットトリックに2アシストの内田選手だった。

割と天然なのか、落ち込む父をよそに、俺に話しかけてきた。

「初めまして、尊くん。よく秋子と遊んでくれてありがとう。君の様子はたまに見させてもらっていたよ」

一応ファンということになっているので、目を輝かせて、

「ありがとうございます!えっと、うんと、それで…」

「サインかな?何に書いて欲しい?」

さすがはトッププレイヤーである。ファンサービスも忘れない。

持ってきていたサッカーボールに、サインを書いてもらった。そのうち転売しようと思ったかって?イヤダナァ、ソンナコトスルワケナイジャナイカ(棒)

名前を書かれた時点で売れないし(ボソッ)

「君にはなかなか見どころがある。これからも練習頑張れよ!」

「ありがとう!ボール、大切にします!」

サインは〔尊くんへ 頑張れ! 秀斗より〕と書かれていた。やっぱり、売ろうかなと思ったのは内緒である。

とにかく、隣人がサッカー選手というのは、なかなか嬉しいものだ。そういえば、幼稚園で秋子が「パパはね…サッカーせんしゅなの!」なんて言っていたような気もするが…

「あとね、ありがとね。君は覚えてないかもしれないけど、ラ・プラザで君たちを託児所に…」

なるほど…なぜ俺が覚えていなかったのか、これで分かった。覚えていなかったんじゃなくて、封印していたのだ。彼を思い出すと、これもくっついてくるから…

「なんか、慌てる職員さんをなだめてくれたとか…後で君たちを迎えに行ったときに聞いたよ」

それ以上言うな!と言いたいところだったが、言えない。不便である。


秀斗との邂逅は、最悪な形で実現した。というか、結果的に最悪な形に収束した。

もうだめだ…おしまいだ…

そんな気分の俺をよそに、秀斗は話し続ける。

「重ね重ねいう。ありがとう。今日はこれを言いたくてね。覚えていなかったとしても、言っておきたかったんだ」

俺は覚えているし、覚えていなかったとしても言われたくなかったぞ。あんまりひどい状況になったもので、新聞に迄載りそうになったとか…阻止できたようだが。その結果、あの託児所は職場環境が改善されたそうだ。現在では最低でも4人が常勤し、人数が多くなると予測される土日祝には臨時で3人呼ぶ…そういう形になったようだ。あの時点ですでに人手足りてなかったもんな…もう、今度こそ忘れるぞ。


秀斗にも口封じをお願い(覚えているどうのは別としても、あの事件は物心ついてから言われ続けるのは嫌な内容だし…デリカシーがないわけではなかったので)した。その代わりというか、俺からしたらその上なのだが、稽古をつけてもらった。Jリーグトッププレイヤーからご教授いただけるなど、サッカーを愛するものであれば卒倒するレベルである(いや、そこまでじゃないか)。フェイントやドリブルのテクニックをみっちり教え込まれた。体が勝手に動くレベルにもっていきたかったようだが、さすがに短時間だし、そこまでは無理な話だ。虫が良すぎる。いや、逆に考えただけであそこまで動けるようになったのは、幸運だったかもしれない。彼の教え方は絶望的に下手糞だったのだ。汚い言葉で申し訳ないが…本能でボールを操るところがあるようで、ぐっといってスパーン!分かるか!分かるわけないわ!


苦労したものの、この経験で父を楽に抜くことができるようになったのだった。

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