5蹴 才能開花?
ちょっと目を離したらいなくなっていた…子どもが誘拐にあったとき、事故にあったとき親たちの証言率第一位のセリフだ(尊調べ)。俺もそれができるのだ。やるなって?そういうわけにはいかない。だって、視界から消えるということは、サッカーに応用できるということだ!
相手の視界を誘導し、その逆方向に動く。エラシコとかはそういうものなのだろうか?エラシコというのは、サッカーのテクニックの一つだ。スーパースターと呼ばれる選手達のそれは、もはや芸術である。
それはともかく、俺が昔テレビで見たことがあって、今も現役の選手は彼くらいである。他の選手たちはまたいるにはいるが、知らない選手ばかりだ。前はあまり気にしなかったが、選手たちの名前やプレイを見るのも勉強になるだろうからと、親にねだって選手名鑑を買ってもらった。今一番輝いているサッカープレイヤーは、アンドリュー・イーガウスという名前だ。クライフターンを得意とし、相手にシュートコースを読ませない巧みなテクニックで、世界中のファンを虜にしている。このターンもものにしてやる、なんて思っていたりする。
体力づくりのために、結構外に連れ出してもらっている。初めて買ってもらったサッカーボールも、今はもうボロボロになって、今にも割れそうである。そんなボロを持って、いつも家の近くの公園に行き、ボール遊びをする。まだリフティングはできない。いや、出来たとしてもやれないだろうが、できないのだ。嘘じゃない。それはともかく、走るのは同年代の子どもと比べたらかなり早い。遊びでもなんでも、勝負事は1番だ。これはすごい才能????
薫は訝しんだ。前々から不思議なことはあったが、こんなことはなかった。
確かに、男の子はあちこち走り回ったりするし、小さい子どもから目を離したら、いつの間にかどこかに行ってしまうことはよくあるので、そんなへまはしなかった。でも、尊は瞬きをするその瞬間に、どこかに行ってしまうのだ。明らかにおかしい。薫は病院で聞いたことを思い出した…
「脳波がおかしい?」
それだけでも不思議なことである。でも、医師は確かにそういった。
「ええ、普通乳児の脳波の波形は、もっと平坦なんです。それが、彼の場合は幼児と同じような波形なんですよ。脳が以上発達しているとでも言いましょうか。」
医師は尊の脳を”おかしい”と言ったのだ。まさかそんなはずはないでしょう、と聞き流していた。
実際に尊と暮らしてみるとどうだ。寝返りもうてないはずなのにベッドでの位置が変わっている。歩けないのに気が付くとかなり遠くに行っている。ハイハイの速度でないのは明らかだ。裕斗に相談しても
「考えすぎだ」
と一言で切り捨てられた。医師に言われた時の私と同じである。まさかそんなはずはない、だが、そうでなくてはおかしいことばかり起こっている。私の精神状態は普通じゃないことはわかる。だが、そうなるのはこの子の影響だ。このままでは、この子に手も出しかねない。もやもやしたまま生きていくのも難しい。薫は頭を抱えた。
母のほうを見ると、難しい顔をしている。悩んでいるのだろうか。葛藤しているのだろう。何があるのかは知らないが、これこそあれだ。目を見て笑うのだ。タクジジョ?ナンノコッチャ?
ということで、母の元へ駆けて行って、ニコリと笑いかけた。すると彼女は俺を抱きしめて…泣いた。
「ごめんね…ごめんね…」
翌日、母は失踪した。