母
最後のまとめです。
書き始めるまではかけると思って書くんだけど、書いていくとなんか思った通りになりませんね。
全力で書きました。良ければ...
恐ろしかった。
そう、恐ろしかったのだ。
母親としてあってはならない。
しかし、不気味だったのだ。
産声を聞いたあの日。暫くして、違和感があった。
なにかこの子は違う、そんな気がした。
誰にも言えなかった。
「ウチの子は違うのよ」
そう語るママ友の気持ちは分からなかった。
でも、家の子は本当に違った。
友達の家に遊びに行った日、その子の妹がベビーベッドで寝ていた。生まれたばかりで大変な時期だ。
可愛い寝顔をニコニコしながら眺めていると、突然つんざくような声が響く。
友達のお母さんがが慌てて入ってきて、
「おーよしよし、お腹すいたのかな?ちょっと待ってねー」
と語りかける。私たちは
「ごめんね、しばらく外で遊んできて貰えるかしら。」
と言われ、それじゃあゴム跳びでもしましょうかとゴムを持って外に出た。
赤ちゃんはそんな存在だった。
でも。
泣かない。
すごくよく寝る。
見ていない時に動くように感じる。
家の子は何かが違う。
おもちゃを持って笑いかけても、
笑い返してくるものの。
ハリボテに見えてくる。
言えない。
お腹を痛めて産んだ我が子が恐ろしい。
人として、母として私は。
ありえないことを思ってしまった。
このままではいけないと、愛そうとした。
一緒にいるようにした。
手遊びもした。ハイハイさせた。
でも。
限界は直ぐに来た。
夫は私を見かねて、実家に帰るように言った。
私の様子を分かったのか、分かっていないけれど尋常ではない負の気配を感じ取ったのか、なぜかは分からない。
私は家を出た。実家に帰り、仕事を探した。
忘れようとした。全てを消し去りたかった。
そして、現在。私は自分一人で暮らしている。罪から逃げてはいけないと思った。でも、今更どうしようもなかった。
恐ろしがった息子は、プロのサッカー選手になっていた。
テレビで見かけた時、私は目を背けそうになった。
「ケガもなくここまで来れました。丈夫に産んでくれた両親に感謝を伝えたいです!」
ヒーローインタビューで息子はこう答えた。
私は泣き崩れた。
その日から、試合を見に行くようになった。女ひとりで暮らすには十分なお金があった。夫の仕送りもあったし、働いて貯めた分もまだまだあった。私は仕事を辞めてサポーターのひとりになった。でも、見つかってはいけない。今更合わせる顔がなかった。
ある時、チームの選手と直接電話できる権利が当たった。相手選手は日替わりで、誰が出るかは知らされていなかった。息子のチームメイトと話してみたい、そう思った。今思えば、なぜそんな気持ちになったのか分からない。母を辞め、子を捨て、そんな女が何を聞こうと言うのだろう。でも、その時は話してみたかった。聞いてみたかった。
電話は時間通りに来た。
「もしもし?」
今日はどの選手が電話番なのかと思いながら、受話器を取る。
「こんにちは、コウさんのお電話はこちらで宜しいでしょうか?」
「はい、そうです。」
この電話は、ファンクラブ会員限定の特典で、選手はファンクラブに登録している名前で呼んでくれる。本名を登録すれば、その名前で呼んでもらえるので、本当の名前を入れている人も多い...らしい。
「そうですか、よかった。初めまして、藤尊です。」
絶句した。よりによってこの日にと後悔した。
「は、はい、こんにちは...」
はからずともぎこちない返事になってしまう。まさか当人が...
「いつも応援ありがとうございます。それで...」
「あ、は、はい」
「こういう電話、あんまりしたことなくって...何を言ったらいいか分からないんですけど...なにかチームについて聞きたいことありますか?」
「あ、え、えーっと...今年の意気込みを...」
トンチンカンな受け答えになる。落ち着け。
「今年の意気込みですか?そうですね...とにかく一戦一戦大事にして、優勝を目指したいなと。」
「あ、ありがとうございます」
「いやー、実際話してみると緊張しますね。何言っていいのか全然わかんなくなっちゃいます。」
「そうですね、緊張しちゃいますね」
「他になにか聞きたいこととか、こんなことして欲しいみたいなのありますか?何でも答えますよ!」
そう言われて、つい聞いてしまった。
「えっと....ご両親は...?」
「両親ですか?そうですね、物心着いた頃にはシングルファーザーで母親は居なかったんですけど」
後ろから刺されるような、そんな衝撃が体を走った。倒れ込みそうになるがこらえる。お前のしたことはそういうことだ、逃げるなと言い聞かせ、何とか体を鼓舞する。
「父親は母親の話を断固としてしませんでしたね。僕が聞かなかったのもありますが...」
生唾を飲み込む。改めて突きつけられると、思った以上に辛い。
「大人になって、聞いてみたんです。お母さんは元気にしてるの?って」
息子から出た一言は意外なものだった。
「父は一瞬驚いた顔をしましたが、笑顔で『元気だよ』って。それ以上は聞きませんでした」
なんで、その一言を飲み込む。私に聞く権利はない。
でも、息子は続けた。
「元気ならいいやって。もちろん、母がいなかったことが寂しく思うこともありましたけど、苦にはならなかった。父親が無理して母親をしていたけれど、その姿には多分母の姿があって、その投影としての父の振る舞いだと思って...。だから、母親がいた、そして今も元気にしてる。それだけで十分です」
いなくても平気だった、そう言われると思った。
むしろ、恨まれていると思っていた。
なぜ僕を捨てたの、と。なんでと。
私はこんな子を恐ろしがったのかと後悔した。
違っていたかもしれない。でも、それが我が子だったのだ。
親バカとは違う、恐ろしい。
そんなことを思って逃げた自分が恥ずかしく思った。
「父には感謝しかありません。母にも感謝してます。ここまで来れたのは育ててくれた父と、健康に過ごせるこの体をくれた両親のおかげだなって。だから、感謝しか無いですね。」
受話器を置いて少し経つと、涙が溢れた。
ごめんね。ありがとう。このふたつで心の中はいっぱいになった。
もう彼の前には出られない。でも、繋がっている。そう感じた。
これにて本編は完全に終了となります。
誤字、脱字報告またまたよろしくお願いします。
フォントサイズやらなんやらまで弄れませんが(書いてる側としては見えないもんで...すみません。余裕があればやろうと思います)そのへんも報告ください。
感想、レビューお待ちしてます。