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An Endowment  作者: アタマオカシイ
第10章 ユーティリティプレイヤー
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帰郷

「俺の墓…はここか。まあそうだよな。」

はたからみれば変な言葉をつぶやいているモノである。自分の墓の場所が分からない、というのは、ほとんどない。そもそも墓を持っていないのであればどこにもないわけだから探すことは無いし、先祖の墓が分かっていれば、迷うことなどないだろう。それに。

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汲んできた水で墓を洗い流し、磨く。また水を汲んできてすすぎ、掃除は完了。

花は、持ってきたものの新しいものが刺さっていたので、やめておいた。エルザにでも渡そうか。

「にしても・・・立派な花だな」

素人目に見ても見事な花が活けていある。こんなことを言うと俗っぽくなってしまうが、ものすごく高そうである。


「まあ俺の墓に来る心当たりなんて、そんなにないよなぁ」

そこに埋まっているはずの俺の骨に向けて語り掛ける。

「お前は幸せだな。不幸せにさせた相手からこんなに思ってもらえるなんてな」

そして、血のつながりはなくなってしまったご先祖にも。

「どうかこの骨を、大事にしてやってください。中身はどうなっているのかわからないけど・・・代わりのだれかがいるなら、そいつに良くしてやってください」


そうして、俺、藤尊ふじたけるは自分の墓を後にする。


できるのであれば家に行き、線香の1本でもあげたかったところではあるが、うちにそもそも仏壇はなかったし、あの後母が買ったとも思えない。その上、(はたから見ると)つながりのない俺があそこに行くのも変な話だ。



いや、昔祖父がお世話になったとでも言って入ればいいのか。と家に帰る新幹線の中で思う。仏壇があるという確証があれば、今からでも戻るのかもしれなかった。



「旅行はどうだった?楽しかった?」

実家に帰った後、父が訊ねる。

「有意義な時間だったよ。イベントも大成功」

あまり日本にいなかった俺は、オフシーズンにある地元(・・)のイベントに出演するために日本に帰ってきていた。

「にしても、なんであそこのイベントには参加しようと思ったんだ?」

との父の問いには答えず、

「これお土産。早めに食べて」

と買ってきた大手まんぢゅうを父に渡す。大手まんぢゅうは岡山県のお菓子で、地元民からは黍団子以上に人気だといわれている。桃太郎の里といえども、それよりうまいものはたくさんある。そのひとつがこれである。

「おお、ありがとう」

「8時前まで出かけるよ。多分戻ってこないから、カギはいい」

「そうか。まあ、その、なんだ。体、気いつけろよ」

「うん、ありがとう」




事故に合った交差点は、今は店が建ち並んでいた。あの道はもうなくなって、俺が死んだという話も忘れられているようだった。

「ここ、だよなぁ・・・原型もなくなってんだな」

あまり変な挙動を起こすと大騒ぎになりそうなのでほどほどにして、駅に向かう。横断歩道を渡ろうとした時、横に老婆が並んだ。重そうな荷物を抱えている。

「よいしょっと。はあ、ふう」

「大丈夫ですか?なんなら、荷物お持ちしましょうか」

「おや、ありがとう。今時感心な若者だねぇ」

「あ、ええっと・・・おうちまで持っていきましょうか。どちらです?」

「そこまでは申し訳ないねぇ・・・そうだ、兄さんちょっと時間あるかね。うちでお茶でもどうだい」

断ろうとしたものの、押し切られてしまい、

「ここですね、よいしょ」

「ありがとうねぇ。今、お茶を入れてくるから」

突然「うちに来てくれ」と知らぬ人から呼ばれるのは、落ち着かないものだ。

相手が知っている人であっても。

「おまたせしたね。ありがとうねぇ。家まで持ってきてもらって」

「いえ、あまりに重そうだったので」

「大したものは入ってないんだけどねぇ…」

俺は包みの中のものをしっかり見ていたわけではないが、中身はだいたい分かった。

「息子の大好物でねぇ・・・」

老婆は語りだした。

結婚したもののすぐに別れたこと。離婚直後に妊娠が発覚したこと。一人で育てる大変さ。両親に勘当されたこと。子どもに苦労を掛けたこと。子どもがひきこもってしまったこと。子どもが外に出られるようになり、うれしかったこと。そして、子どもが事故で、死んだこと。


泣いては、いけなかった。泣くことはできなかった。しかし、目頭が、熱く、熱くなって、涙がこぼれてしまっているのではないかと感じた。

「ごめんなさいね、知らない人にこんな長々と」

「あ、いえ。息子さんは幸せ者ですね。いいお母さんに恵まれて」

「そう言っていただけると、息子も浮かばれます」

俺だよ、そういって、抱きしめたかった。しかし。


「長居してしまって…ごちそうさまでした」

「こちらこそありがとうね。年寄りの長話に付き合ってもらっちゃって」

「いえいえ、失礼します。お元気で」

久方ぶりに見た母は、昔に比べて何倍も、小さく見えた。

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