#12
私の母は父をとても愛している人だった。
そして、とても弱い人だった。
元々仕事人間だった父は母が兄を産んだ後、あまり家に帰って来なくなったらしい。
私の記憶でも、父が家に居るのをあまり見たことがない。
でも、休みの日には必ず何処かに連れて行ってくれたりしてくれた。
兄も、父はただ不器用なだけだと、笑っていた。
でも、母はそれが耐えられなかったらしい。
父が家にいない日は、夜中にふらふらと何処かに出かける様になった。
そしていつか子供ができて、それが私らしい。
女の子が産まれた事で、父はとても喜び、私が産まれる前よりも家に居る様になったと兄が言っていた。
私からしてみると、前が分からないから比べようがないから、あまり家にいないという思い出しかないけど。
それでも母は父が前より家に帰ってくる様になって嬉しかったのか、夜遊びも無くなって、しばらくは家族四人で幸せに暮らしていた。
それが一変したのは、私が五歳の頃。
私の父が違う事が分かった。
それまで温かかった家族が急に冷たくなった。
父は家を出て行き、母は荒れていった。
それからは地獄だった。
母はひたすら私に暴行し、死にそうになった事も少なくない。
兄はそんな私を庇い、私よりも酷い傷を負っていた。
そんな事がどれ位続いたのだろう。
母がついに、私達を殺そうとした。
兄は刃物を持っていた母と私の間に立って、母に刺された。
それからは、何も覚えていない。
覚えているのは、母の産まなければ良かったという言葉。
そして、兄に生きろと言われた事だけ。
兄が刺されてからどうやって救出されたのかは、保護してくれた警察の人が教えてくれた。
何でも家から酷い臭いがすると、近所の人から通報があったらしい。
気がついたら病院にいた。
母が殺人犯で、しかも私は母が不倫してできた子供だから親戚が誰も引き取ろうとせず、私は施設に送られた。
そこでも結局地獄は地獄だった。
施設の大人も親戚と同じ理由で私を煙たがり、その大人の雰囲気を感じ取った子供は鬱憤を晴らす為に私を虐めた。
大人も見て見ぬふり。
小学校も中学校も距離のある高校を選んでも噂は広がって、私の安らげる場所は無かった。
ねえ、お母さん。
いらないなら、どうして産んだの。
私がいなかったら、お兄ちゃんは死ななかったのに。




