試験の終わり
「やっぱり勝てるはずもないか。」
壁が消えていく。まるで地面の中へと沈んでいくかのように。
その向こうにいる爺さんの姿が見えてきた。
ここから見る限り傷一つ負っていないものの、少し息が上がっているように見える。額を拭っているが汗でもかいたのだろうか。
「まさか奥の手を使わされるとはの。何が起こったんじゃ。」
最初の失敗したかに見えた魔法、あれは刻印魔法だ。爺さんが持っていた杖に圧縮魔法と刻印魔法の併用で爺さんから見えない位置に小さな魔法陣を刻印した。
魔法陣の内容は『発動される魔法のベクトルを逆にする』だ。
「爺さんでも分からないならこれは有用だな。」
杖は魔力の操作性の向上や魔法の威力向上など、魔法を使う上での補助的な役割を担うものだ。なくても魔法は使えるが、杖を介するだけで魔法がより使いやすくなるのだから大抵の魔法使いは使っている。
そして杖を介するということは魔力を杖に流すということだ。そこに魔法陣を刻印したので今みたいな結果になったのだ。
最初の全方位からの攻撃で全方位防御を促したり、やすい挑発や仰々しい詠唱と演出で真っ向からのぶつかり合いに持ち込んだりは全てこれのためだ。
まあ、最初の攻撃の時にさっき俺が言っていたように一つ一つを迎撃されていたりしたらそこでバレていたんだが。
「さっきの壁は奥の手だったのか。ノータイムで出てきたから驚かされたな。」
「儂の方が驚いておると思うのじゃがな。今の魔法は、人族が無詠唱が出来ないなりに考えてきた答えじゃ。」
爺さんは本来の無詠唱を知っていたらしい。まあ、賢者だしな。
「これもいずれ授業で習うはずじゃ。その時を楽しみにしておくと良いぞ。して、どういうカラクリか聞いても良いかの?」
無詠唱スキルに匹敵する速度の人族の知恵か。正直、今すぐ知りたいが、その時を楽しみにしておくか。
「杖の爺さんが握っている部分が答えだ。」
そこが一番バレないと思ったのもあるが、俺は杖の意味を知っていても、どういう仕組みかは知らない。だから、確実に魔力が流されるであろう場所を選んだのだ。
「いつの間に…最初かの。なるほどのぅ、全ての行動がこれに起因するわけじゃな。それにこれは彫られているわけではない…」
「彫ってしまったら手触りなんかでわかってしまうだろ?」
まあ、ただの刻印魔法の特性なんだがな。
この刻印魔法だが、一つ大きな欠点がある。一見とても使い勝手が良く、強いように思えるがこの欠点が大きすぎる。
それは刻印する魔法陣の大きさだ。俺の場合は圧縮魔法で無理矢理小さくしているので欠点にはなり得ないのだが、普通魔法陣というものは詠唱のように想像の補助として使うものなのだ。それなりの大きさで意味がわかりやすくなければ意味がなし、小さくしようにも自分が認識できる範囲の大きさにしか小さく出来ないのだ。
その点、圧縮魔法の場合は俺の認識関係なく小さく出来る。
二つ揃わなければまともに使えないのだ。
「また奇妙なことを言うもんじゃのう。思うのは簡単じゃが、出来るかどうかは別問題じゃし、こんなことは未だかつて行われたことがないのじゃ。」
「別に信じなくてもいいけどこれで全部だぞ。」
そりゃそうだろうな。刻印魔法は本当に最近できたばかりだし、使えるのは俺を含めてまだ三人しかいない。
パパだったかお父さんだったか忘れたが俺のことをそう呼んでるらしい新米神様はどうしてるんだろうな。
「信じてないわけではないのじゃ。それで、どうするのじゃ?まだ続けるかの?」
「魔力使い切ってしまったからな。流石にこれ以上は無理だな。爺さんが近接戦でもいいって言うなら俺は構わないけど。」
「儂は近接戦は得意ではないからの。やめておくのじゃ。」
そういうことになった。
まあ、どうみても俺の負けというのは確実である。
魔力のない俺は次一撃でも喰らえば負けるだろうからな。
観客席に戻ると、顔を赤くするクオとそれに寄り添うレティ、不思議そうにみているリルといった感じで、謎の様相を呈している。
そして、俺が戻ってきてカルディナ先生が開口一番、
「お前、賢者といい勝負するってどういうことだよ。おかしいんじゃないのか?」
などと言ってきた。
おかしいとはなんだよ!失礼だとは思わないのか!
だが、教師も生徒達もその通りだと言わんばかりの空気だ。おい!
「いやいや、結果負けと言っても過言ではなかったんだ。そこまでじゃないんじゃないか?」
「十分以上に凄かったですわ!あの賢者に奥の手を使わせたんですのよ!一介の学生にできる所業ではありませんわ!」
「それにあのすごく頑丈そうな壁を、端の方だけでも壊していたのにも驚いたよ。」
「私はコータがより頼もしいことがわかってよかったです!」
おい、人前で王女様が抱きついたりしたら駄目だろ!
「コータ、あとで話があるからね。あんなに恥ずかしいとは思わなかったよ。」
「ん?ど、どうしたんだよ、クオ!」
よく見ると少し涙目だ。
俺がいない間に何があったんだ⁈クオを泣かせるなんて、許さん!ぶっ飛ばしてやる!魔力なんて関係あるか!
「これは光太が悪い。あれを見るといい。」
俺が悪い、だと?
レティが指をさした方を見る。
「あれ程までの美しさがこの世に存在するとは。神とはあの人のことを言うのか。」
「この醜い私めにどうかご慈悲を!」
そこには、虚空に向かって何か語っていたり、何もいないのに拝んでいたり、何故か自分の罪を告白していたり、様々な人がいた。
「あの方向は光太が魔法を使った場所。」
「なるほどな。」
でもクオは最高神なんだ。拝まれなれたりしていそうなものだけど。それに、誰もパーフェクトクオを知らない様子だ。最高神な顔を知らないなんてあり得るのだろうか。
「一番偉いんだからそんなに人前に顔を出すわけないでしょ!知らなくて当然なんだよ!それに不意打ちなんて耐えられないんだよ。」
ああ、そういうことか。
きっと人間にあの姿を見せたのも相当前なのだろう。だから知っている人はいないし、伝えられている姿も少なからず変化している。クオはクオでなかなか人前に出ないから他の神のように拝まれたりすることもない。
それで恥ずかしくなったけど、人前ということもあって目立つようなこともできずに小さくなっていたわけか。
なんでお前が恥ずかしがってるんだよ。ってなるからな。
「光太の魔法がリアル過ぎた。」
リアル過ぎてバレなかったのもあるだろうが、その分恥ずかしかったんだろうな。
悪いことをしたな。あとで謝ろう。今は流石に人目がありすぎるからな。
「もう決まっておったことじゃが、改めてじゃ。ルロイ先生。」
「はい。全ての試験を終えて、コータ、クオ、レティ、リルエル様、以上の四名をAクラスへの入学とします。」
やっと終わったか。
でも、よく考えたら最後の試験は俺だけ負けてるんだよな。爺さんくらい小指で倒せるぐらい強くならないとな。
長かった試験がようやく終わりを迎えた。




