たった一言で果たされる約束。何百年、何千年掛かるかも分からない約束。
ルロイ先生、カルディナ先生を含め爺さん以外の教師で一枚の頑丈そうな壁を作り上げた。
思っていたのと違ったな。
俺が想像していたのは、教師陣が各々でウォール系の魔法を発動するのかと思っていたが、こんな要塞の壁みたいなのが出来上がるとは思はなかった。
装飾こそないが、その実用一辺倒の見た目が要塞の壁を思わせているのかもしれない。
というか、これあれだろ?科学知識理解してないとこんな風に魔法使えないだろ。
土魔法を重ねるだけじゃなくて、火魔法で焼き固めたり、風魔法で火の威力の底上げをしたりしていた。水魔法は多分だが、水分の操作をしていたように思う。
科学というものが広まっているようには思えないが、過去の勇者が魔法という特定の分野で取り入れていたのかもしれない。
勇者は十六歳なので、その時点で科学を知り尽くしている人間は中々いないだろうが、魔法を活かすために取り入れるくらいは出来たのかもな。
「それにしても、こんな風な魔法の使い方もあるんだな。集団での魔法か。擬似的な複合魔法みたいなものか。」
「概ねその通りじゃな。じゃが、大きく二つの点において異なるのじゃ。一つが複合魔法よりも魔力消費に優れていること。これは一人の負担を分散するんじゃから当たり前じゃな。」
まあそうだな。複合魔法は魔法発動に対する魔力消費を一身に背負う。それに複合魔法は少し魔力消費が大きい。
それに比べてこの擬似複合魔法は複数人それぞれが単属性の魔法を繰り出すことで、分散されるだけでなく、複合魔法になることで生まれる追加分の魔力消費がなくて済む。
「これがメリットじゃな。二つ目はデメリットじゃ。それは、各々が自分の役割を明確に把握してないといけないことじゃ。魔法は想像、詠唱によって発動するものじゃ。それを他人と一緒にやろうと言うのじゃから困難にもほどがあるのじゃ。」
見ながら調整したりも出来るだろうが、それでも難しいだろうな。
それぞれに良し悪しがあるのは当たり前か。
でもこの方法なら、一人では発動できない大魔法も発動できるということか。今後、要警戒だな。
人族は他の種族よりも若干劣っている間は否めないのに、一番栄えているのはこういう知恵がそうさせているのかもしれないな。
「さすが魔法学園の教師だな。壊すことばかり考えていたが、今の俺ならともかく通常時の俺では表面に傷をつけることぐらいが精一杯だろうな。」
「ん。あんなの作られたらどこまで壊していいか分からなくなる。」
「そうだよ。もうちょっと学生レベルに落として欲しいよ。」
「わ、私にあれ壊せるかしら。」
今の俺でも完全に崩すことは難しいだろう。七人の教師が高等テクニックで作り上げた魔法は伊達ではないみたいだ。
クオとレティの気にするところは違うみたいだが。
いいんだぞ、リル。その二人は特別だ。
と言っても、リルも壊せるだけのポテンシャルはあるのだが。
こういう技術を入学試験という段階で見せるのは、結構効果的なんだろうな。実際今も生徒は尊敬、憧憬、様々な熱い視線を送っている。
そこに彼我の実力差を嘆くような悲観的な視線は一切ない。どの視線も少しでも自分に取り込もうとする向上心あふれるものだ。
この学園が最高峰というのは設備などの話だけではなく、生徒もということだろう。
「壊すことを考えているところ悪いが、この試験は壊されることなんて考えてないと思うぞ。」
「そう?ティアなら壊せると思うんだけど。」
「ん。あの中の何人かなら壊すことはできなくても、ヒビを入れることくらいなら出来るはず。」
そんなこと言ってるんじゃない。そういう、特別の話をしてもきりがないだろ。
というか、セレスティアそこまでなのか。多少は強いと思っていたので、最初助けた時も余計なことをしたとか思ったが、ますます見る目が変わってしまう。
シチュエーション酔いも程々にした方が良いと思う。
「まあ、いいか。セレスティアを守るとか言ってるんだし、最低限同じ土俵には立っている必要はあるかもな。」
弱い者が強い者を守るなど語ってもただの夢物語だ。
最低限語れるだけの強さは示しておかないとな。
これはセレスティアにではなく、この学園にいるであろうセレスティアの敵対者に向けるものだ。
「まあ!格好いいですよ、コータ。」
手を合わせてそう言うセレスティア。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、あれを壊せるセレスティアに俺は本当に必要なのか?」
「コータはおバカさんですのね。その強いセレスティア様の命を狙っているのですから相応に強いに決まってますわ。」
そのくらい分かってるよ!
ただ少し期待してたんだよ。敵がアホな可能性に。
まさか、そこまでの強敵だったのか。貴族面倒。
どんな四字熟語よりも今の俺には意味がある言葉だ。
「駄目だよ、ラヴィ。コータ君は現実逃避していたんだから。」
くっ。分かっていても言い当てるんじゃない!
でもそんなことでは、というよりもどんな事があっても守るというのは事実として揺るがないけどな。
そこまでの過程でビクビクなっているだけです。
「まあ、そいつもいい踏み台になってくれるだろうさ。俺は守らせて欲しいと頼みたいくらいの心持ちだよ。」
これが壊せるだけで強者?笑わせる。
そうだった。自分で言っていて理解し直すなんてアホだな、俺。
その程度の強者に躓いている余裕は俺には無かったんだ。
俺の目指す場所は、そんなことでは到底たどり着けない場所だ。
「そうだったな。いつから俺は思い違いをしていたんだろうな。目立たないことも大切だが、それ以上に重要なことがあるじゃないか。」
ここまで来たら目立ち過ぎないようにすれば良いのかもしれない。
この場所は、当初俺が思っていたよりも強くなるために必要なものが揃っているみたいだ。
「セレスティア。」
「何でしょう?」
「俺は強くならないといけないんだ。その目的のためにセレスティアを守らせてくれ。ごめんけど、王子様にはなれない。」
セレスティアの夢見る白馬に乗った王子様像には程遠い。
格好良くセレスティアを助けるわけでもない。その強さがあるのか定かではない。悪く言えば利用しようとしている。
確かに、セレスティアを守りたい気持ちはある。だけど、側から見ても、自分で考えても、利害が一致しているだけのように思える。
「王子様かどうか決めるのは私ですよ、コータ。きっと助けられた時、どんな理由だったとしても格好良く見えてしまいます。なので、コータが私の王子様になることに変わりはありません。」
それでいいのかと思うが、セレスティアも少しも悪く思わないなんてことはないはずだ。
何故なら、どういう理由があるにせよ、自分より他を優先すると言われたのだから。
だからこそこれ以上謝るべきではないと思った。
「ありがとう、ティア。」
俺は最低だ。
だが、どんなに最低な奴になろうとも、クオとの約束を果たすまでは最優先事項は変わることはない。
あの出会いは例え誰かに仕組まれていたとしても、今の俺の根幹なのだ。
「誰からするのじゃ?」
「俺からで頼む。」
「分かったのじゃ。ルロイ先生、合図を頼むのじゃ。」
「はい。では、コータさんは私が合図をしたらここから魔法を放ってください。」
俺がスタートラインに立つ為の約束だ。
俺の我儘、只々俺の我儘だ。
クオに一言、覚えていると言えば、迎えに来たと言えば、もう二度と離れないと言えば果たされる約束。
俺は身勝手な我儘で、更にクオを待たせ、周りの人にも迷惑をかけている。
もう一人にはさせないという言葉は、クオにとって果てしなく重い言葉だと思うから。
たった一言で果たされる約束。何百年、何千年掛かるかも分からない約束。
そうだな。近いうちにリルとティアには話さないとな。
二人の寿命は有限だ。
こんな俺を少なからず想ってくれているんだ。
俺には話す義務があり、二人には聞く権利がある。
色々と考えながら魔法を放つ。
今の俺にこれは完全破壊はできない。
だから考えてどうしたら破壊できるのか考えた。そして至った。
別に威力とは破壊することだけではないのだと。消し去ってしまうのも変わらないのだと。
「『ブレイクダウン』」
これが俺が出来る今の最高の魔法。
壁のあった場所には何も残っていない。




