手の温もり2
あれから三日が経った。
外は雪の間から緑を覗かせるまで回復した。
あの魔力がなければ真夏なので当たり前の結果だと思う。
「そろそろ町を目指しても問題ないじゃろう。霊氷草も手に入ったし、時間もないからの。急ぐのじゃ。」
老人、メイダースは次の日には目を覚ました。
話を聞くと、孫が病気で死にかけていて、それを治すためには冬にしか取れない霊氷草が必要だったことから絶望的な状態だったみたい。だけど、先の異変で霊氷草が手に入るかもしれないと命懸けで探しにきて途中で倒れたらしい。
霊氷草は遊びに来た例の精霊、ナイアスが持って来てくれた。霊氷草は雪の積もる場所の精霊の近くに咲くスミレに似た花で、あの異変でナイアスの周りに咲いたらしかった。
「ナイアス、この恩は決して忘れないのじゃ。」
「ここもまた寂しくなるのぅ。でも、仕方のないことよ。今度は孫を連れて遊びにくるのじゃ。」
「ナイアス、また。」
ナイアスには加護を授けておく。
これである程度どこにいるのか把握できる。暇だったら遊びに来てもいいかもしれない。
ーーーーーー
山を下り、まだ若干残る雪の下に見え隠れするが移動を歩き、二時間程で町に着いた。
町の中に入ると一目散に駆けだすメイダース。
見失わないように着いて行く。
「イリア、待っておれ。今行くのじゃ。」
老人とは思えない速さで走るメイダース。
レベルによる筋力増加は衰えないので可笑しい話ではない。
メイダースは一つの家にその勢いのまま飛び込もうとする。が、その中から白衣を着た医師であろう人と多少の皺が見え隠れする歳にして四十代の男女が暗い雰囲気で出てきた。男女は肩を抱き支え合い、啜り泣く声も聞こえる。
「申し訳ございません。私の手が及ばず…」
「うっ、いえ、ゔぅ、先生のせいではありません。こんな時期にかかるなんて運が悪かった。」
「あ゛な゛だ。ごれがらどうすればいいの゛ぉ。」
メイダースは覚束ない足で男女に近づいて行く。
「お、おい、ま、まさ、まさか、イリアは。」
「ゔぅ、父さん?イリアは旅立ったよ。父さんが霊氷草を探しに行ったと聞いてあの子は最期まで自分のことじゃなく父さんを心配していた。」
それを聞いてメイダースは膝から崩れ落ちる。
「わ、儂のせいで、昨日無理にでも町に戻ってきていれば!くそっ!せめて側にいてやりたかった。ゔぉぉお゛お゛お゛!!!」
「お義父さん、それは霊氷草ですか?うぅっ、あの危険な中から本当に。あの子はそれだけでも満足でしょう。お義父さんが帰ってきてくれて何よりです。」
女の人が地に膝をつき嘆き悲しむメイダースの前にしゃがみ、そう言う。
本当に仲の良い家族だったのだろう。
三人で肩を寄せ合い悲しむ姿はその事を想起させた。
私自身今回は本当に気まぐれの連続だと思う。
「メイダース、その子に会いたい?」
「そんなの会いたいに決まっているのじゃ!」
「会わせてあげようか?」
「いくら恩人でもからかうのならどこかへ行ってくれ!」
怒鳴られる。信じられないのも無理はない。
「からかってない。そして嘘でもない。生き返らせることはできない、でも死んだばかりなら少しの間だけその死体に降霊することならできる。」
いや、嘘はついている。生き返らせることは出来る。でもそれは超高等魔法。上位種族でもなかなか出来ない魔法。そんな魔法を気軽には使えない。
最悪の場合、この家族に危害が及ぶかもしれない。
「レ、レティよ。それは本当か⁈もし本当なら、都合が良いことはわかっておる。疑ってすまなかった。じゃから、じゃから、もう一度あの子に会わせてはくれぬか。」
「気にしてない。どれだけ長くても三十分。それ以上はその子の魂がもたない。分かった?」
死ぬとその魂はまた次の命へと転生する。
その間のみ繋ぎ止めることが出来る。余り長い時間こちらに拘束すると完全に肉体に定着していない魂は決壊し始める。
そうすると転生は出来ない。
「分かったのじゃ。わがまま言ってすまんの、レティ。」
「いい。」
イリスが眠っている部屋に入る。
今この部屋にいるのは、私とメイダース、そしてイリスの亡骸だけ。
イリスの両親はもう別れは済ませたからとメイダースにその時間を譲った。
「『輪廻の輪よ、今一度この者、イリスの魂を現世へと戻したまえ。ミィディアムシップ』」
この降霊の魔法は召喚魔法の一種になる。
詠唱は唱えなくてもいいが、その方が分かりやすいだろうと思ってのこと。
「んんっ。あれ?私どうしてここにいるの?」
目を開けるイリス。だがその顔は生者のそれではない。青白い肌は死んでいる事の明白な答えになっていた。
「ほ、本当に目を覚ましたぞ!」
「メイダース、私は扉の外で待ってる。」
私がいるよりも二人きりで話したいだろうと外に出る。
イリスはおじいちゃんっ子だったと言っていた。
ーーーーーー
もうそろそろ三十分経つ。
入るタイミングを見計らっているとメイダースが扉をあけて部屋から出てきた。
「レティよ、感謝するのじゃ。儂は最後にイリスに会えて本当に良かった。イリスと話せて、イリスから許しの言葉をもらえて。でなければ、あの日家を飛び出した事をいつまでも悩みながら死んでいったじゃろう。」
少し前までの思い詰めた表情ではなく、憑き物の落ちた表情をしている。
「ん。もういい?」
「ああ。長引くとイリスが危ないんじゃろ?儂はもう別れを済ませたのじゃ。イリスを次の人生へと送り出してやって欲しいのじゃ。」
「分かった。」
メイダースは部屋に入ってこなかった。
「あなたがレティね。おじいちゃんと最後に会わせてくれてありがとう。最期の直前、出て行ったと聞いた時、それだけが心配で。感謝しても仕切れないよ。」
「気にしないでいい。好きでやっただけ。」
気まぐれが続いた。それだけのこと。
「ふふっ。レティって優しいのね。それじゃ、死にゆく私からもう一つお願いしてもいい?」
「ん。一つくらい聞く。」
「ありがと。お爺ちゃんをお願いしてもいいかな?ああ見えてお爺ちゃんって寂しがり屋なの。お婆ちゃんを早くに亡くして、私が少しでも代わりになればって。だから私の代わり、お願いできるかな?」
「仕方ない。メイダースのお守りは任せて。」
「ふふっ。頼もしいのね、レティ。最期に友達が出来たみたいで嬉しいよ。それじゃあ、私行くね。」
最後にお辞儀をしてこう言った。
「お爺ちゃんを助けてくれてありがとうございます、レティス様。知っていながらの無礼お許しください。」
ロアか誰かに聞いていた?
「しかし、先ほどの言葉に嘘偽りはありません。最後になりましたが、ロア様からの言伝です。少しの間なら神界を離れても良い、と。お爺ちゃんをお願いします。」
ロアも私の行動が分かっていたみたい。
今回の件の報酬のつもりなのかもしれない。
メイダースのお守りついでに久しぶりの下界を満喫しよう。
「ん、任された。私も友達が出来て嬉しい。また、ね。」
またね。なんていつ振りに言っただろう。
イリスは再び永遠の眠りについた。
その顔は清々しい程になににも囚われていない、そんな顔だった。
ーーー五年後ーーー
あの日から五年の歳月が流れた。
昨日、メイダースが息を引き取った。享年七十六歳。
私はイリスとの約束通りメイダースとこの五年間暮らした。
たまに遊びに来るナイアスとの三人の生活は楽しいひと時だった。
不本意ながらも受け入れた時折撫でて来るメイダースの手は温もりで溢れていた。
この手の温もりは決して忘れることはない。




