日課と失敗
明くる日も最初の鐘で目が覚めた。
昨日から俺の上は廃止になったので、横にクオとレティ、クオの横にリルというポジションだ。
寝る前に話し合いで決めていた。毎日ローテーションしていくらしい。
そっとベットを抜け出す。
窓からは朝日が差し込み、清澄な朝の空気との調和はそれだけで起きたばかりの脳を活性化させる。
コーヒーなんて比にならない。
音を立てないように身支度をし部屋を出る。
なんとなくだが、体を動かしたい気分だ。
一階に降りるとエマが他の客に朝食を運んでいた。
「おはよう、エマ。」
「コータさん。おはようございます。」
あの笑顔は健在だが、前と比べて笑顔の雰囲気とでも言えば良いのだろうか。少し変わった気がする。
「ちょっと体を動かせる場所とかないか?」
「うーん。そうですね、そこから奥に行くと扉があります。その扉の先が裏庭になってます。特に何もないので体を動かすにはちょうどいいかもしれません。」
「じゃあ、そこ借りていいか?もしクオ達が起きて来たら先に食べてていいって言っといてくれ。」
言われた通りにカウンター横の通路を進んで行く。
その奥にある扉を出ると確かに何もないからか広く見える裏庭に出た。
端に物干し竿みたいなのがあるので洗濯物なんかを干すために使っているのかもしれない。
「体を動かすって言ってもやること限られているよな。」
うろ覚えのラジオ体操を適当にやりながら独り言ちる。
最近少し考えていたのだが、いくら剣王スキルを持っていようとも剣術スキル持ちに負けることもあるということを考えていた。
確かに動きの補正やバフなどは剣王スキルの方が良い。
しかし、動きの補正というのは剣を使っていてわかったことだが、今の俺に最適な動きがなんとなく分かるというものだ。
つまり、剣を操るのに必要な筋肉や馴染んだ武器、そういった諸々の要素で最適な動きというものは変わってくるし、それに比例して強さも増していくと思うのだ。
なので、ちょうどいいので体を動かしたい気分の今日から剣の素振りを毎朝の日課にしようと思う。
こういうのはやろうと思った時にやらないといつ気分が変わるかわからない。
思い立ったが吉日とも言うしな。
適当にラジオ体操を切上げ腰のミスリルの剣を抜く。
剣は全くの素人の俺なので、素振りに何の意味があるのかは分からない。
だが、剣に慣れる為、動かし方を理解する為にやる事なのかと推測する。
「素振りもどんな事をすればいいのかイマイチだな。今度、冒険者ギルドとかで聞いてみてもいいかもしれないな。」
剣を正眼に構え姿勢を正す。
正しいかどうかは分からないが、素振りをするときは重心をずらさないようにする事が大切と聞いたような気がする。
剣を上段に構え重心をずらさないようにゆっくりと元の位置へ。数を数えながらこれを繰り返していく。
目を閉じて素振りだけに集中する。
重心をずらさないように意識しているせいか結構疲れる。
「1、2、3、4…」
黙々と素振りを続けていく。
「100、101、102、103…」
重心もそうだが姿勢にも気をつける。
「230、231、232。」
小さな鐘の音が聞こえてきた。
素振りを始めて三十分近く経っていたようだ。
額の汗を拭う。
「ふぅ。結構疲れるんだな。一万回とか聞いたりするけどあれだな。変態さんだな。」
頑張っている人に対して失礼だが、凡人の俺からしたらドMの領域である。
だが、俺もそのくらいしないといけないのかもしれない。
軽く計算しても二十時間振りっぱなしだが。
流石にもう起きてきていると思うので戻ることにする。
扉から中に入り、来た道を戻っていく。
やはり起きて来ていた。
「三人とも、おはよう。」
「おはよう、コータ。はい、タオルだよ。」
クオが濡れたタオルを渡してくれる。
「ありがとな、クオ。待たせたか?」
手や顔を拭かせてもらう。冷たいタオルが気持ちいい。
魔法を使ったのだろう。
「おはよう。まだ降りてきたばかり。」
「おはよ。私達も今から朝食だから一緒に食べましょう。」
朝食はまだだったようなのでエマに俺の分もお願いする。
ただ、多分待たせていたとは思う。
悪い事をしたな。今度からは一声かけてからにしよう。
「何してたの?」
「剣の素振りをちょっとな。スキルの補正も使用者依存だと思ってな。」
「ん。ステータスでも動きの補正でも同じ。使用者によって効果の受け方は違う。」
そう言われればそうだな。
超補正の三倍でも最初の頃の俺だったら1×3で3だし、今の俺だと1000を超えたりする。
「お待たせしました。コータさん、体は動かせましたか?」
朝食を運んできたエマが言う。
「お陰様でいい運動になったよ。それでお願いなんだけどこれを日課にしたいと思ってるんだけど、毎朝借りてもいいか?」
「えぇ、構いませんよ。特にあそこを使うこともないですし、洗濯物もそんなに場所は取りませんから。」
「ありがとうな。これで三日坊主にならなくて済んだよ。」
今まで何度となく三日坊主になってきた俺が実感を込めて言う。
「ふふっ。頑張って下さい。」
朝食を運び終えエマは奥に戻っていく。
「待ち合わせは八時だったよな。これ食べて行ったらちょうどいいくらいだな。」
「学校なんて言ったことないから楽しみね。」
「そうだね。クオも楽しみだよ。」
楽しみそうに話す二人とは違ってレティは何か難しい顔をしている。
「どうしたんだ、レティ?」
「不安。同じクラス、それどころか学年が違う可能性がある。」
レティがこの問題に直面しているのは久し振りのような気がする。
「大丈夫だと思うぞ。目的が目的だし別のクラスにしたりしないだろ。それに一人だけ違ったりしたら爺さんに変えさせるから大丈夫だ。」
入学の目的はセレスティアだ。
別のクラスに入れられても意味がないからな。
「私だけ14。失敗した。」
隠蔽時のステータスの話だろう。
失敗したと聞いてクオと俺は理解できたが、リルははてなマークを浮かべている。
「飛び級とか普通にありそうだけどな。そこら辺は言ってからだな。」
話しながらゆっくり食べたのだが、三十分ほどで食べ終わった。
ここから魔法学園までいくらなんでも三十分は掛からないが、少し早く着いても別にいいので出発することにする。
「なんだか緊張するな。学校なんて久し振りで俺のコミュ障が顔を出すかもしれないな。」
クオ達のおかげで大分なりを潜めてはいるが、ああいう集団行動的なのが要求されるのはどうも苦手だ。
その中であって目立とうとする奴は特に苦手だ。
結果目立ってしまったのならともかく、目立ちに行こうとするなんて理解できない。
だが何故かクラスに一人ないし二人は必ずいる。
「クオに会った時も謎のコミュ障を起こしてたもんね。」
「ん。私の時も少し吃ってた。」
「コミュ障?」
うっ。思い出さなくて結構です。
リルはまたもやはてなマークを浮かべている。
「コミュ障っていうのはね、」
「いいから!説明しなくていいから!」
そんなことは説明しなくてもいいんです!
俺の沽券に関わる問題だ。
「えー。そのくらい教えてくれてもいいじゃない。」
「だーめ。俺の古傷を抉らないでくれ。」
不満そうにされても教えないからな。
「今度から不満があるときコミュ障って呼ぶかもしれないんだから。」
くっ。好きにすればいいさ。
俺の精神がゴリゴリ削られるかもしれないが仕方ない。
あー、失敗した。
安易にコミュ障なんて言うんじゃなかった。




