狙われる命
「それは助けていただけると受け取ってもよろしいのですか?」
「セレスティアが約束を守ってくれる限り俺は助けるさ。それが約束だからな。」
「キスまでした甲斐がありましたね、セレスティア様。」
後ろのメイドさんが言う。
「あ、あれはそのような目的で行ったのではありません!た、ただ嬉しいことを言っていただいたのでお礼にと。」
「そうでしたね。昔からセレスティア様は妄想だけは逞しいお方でした。周りに助けを求められない状況で突然現れた一筋の光が白馬に乗った王子様に見えたのはわかりますがいきなりキスはどうかと思います。」
口をパクパクさせるセレスティア。
滅茶苦茶弄られてるんだが。
「ち、ち、違います。その前にも色々とあったんです!裏路地で偶然会って助けてもらったり、その時にハグまでされたんです。それがまた偶然目の前に現れて貴族が相手なのに臆することもなく助けてくれるなんて言われたら仕方ないではありませんか!」
そんな目でこっちを見るな、クオ!
声を大にして言いたい。
本当に女の人だと知らなかったんだ!と。
「助けを求めるためではなく、ただ好きになったので行なったということですか?この顔では白馬に乗った王子様にはなり得ないと思うのですが。」
余計なお世話です。
そんなことは自分がよく分かってるよ!
悲痛な叫びが口から漏れそうになった。
「コータのリルエル様への想いを聴いて、恥ずかしそうにするリルエル様を見て羨ましく思ったのです。」
リルへの想いなんて語ったか?
ただ貴族であろうと容赦しないと言っただけのように思うが。
「あのような関係性が羨ましくなったのです。それが何の関係もない私を二度も助けてくれようとした方だったらいいなと思っただけです。」
この王女様は本当に妄想豊かな人のようだ。
大体、王子様なら身近にいると思うのだが。
「要約するとセレスティア様は立場上容姿の優れた人は見慣れているので、容姿よりもシチュエーションということですか。それならこの顔でも納得です。」
定期的に俺を巻き込んで毒吐いてくるのやめてもらえますかね⁈
「そんな誰でもいいみたいに言わないでください!私は今、コータだったから助けてもらいたいと思えているんです。きっと他の方だったらまだ一人で抱え込んでいたでしょう。」
この掛け合いを側から見ていると、まるで二人は姉妹のようだ。
お互いの立場や関係で敬語だったりなどあるが、からかう姉とそれに反論する妹みたいに見える。
まあ、反論なのかは怪しいが。
「ねえ、そろそろいいかな?結局、コータとクオ達は何をすればいいのかな?」
「え?あ、も、申し訳ありません!ついいつものようにやってしまいました。」
「セレスティア様はいつもでしたら人前では華麗に流されるのに今日は反応したところを見ますと、許諾を得られて安心したのでしょうね。」
メイドさんが言う。
他人事みたいに言っているが貴方のせいですから。
話し方からして常習犯なんだろう。
「どうすれば良いか、でしたね。先程言いましたように私は一部の貴族から命を狙われています。学園にいる間は学園のセキュリティと学園長に守っていただいていました。」
「おい爺さん、この前ギルドで呑んだくれてなかったか?」
「余計なことを言うでない。じゃが、問題ないのじゃ。セレスティア様には特殊な魔法道具を渡しておる。何かあればすぐにでも分かるようになっておるし、瞬時に転移できるようになっておるのじゃ。」
メイドさんに睨まれる爺さん。
平常心を装ってはいるが若干早口になっている。
セレスティアは手首につけているブレスレットを見せてくる。
きっとあれが特殊な魔法道具なのだろう。
「それ完璧じゃないよね?」
「ん。少し強い結界でも張られたら転移できない。そのブレスレットの効果は危機察知と座標の把握。座標の把握は対のアクセサリーで分かるとしても、転移は結界を張られたら出来なくなる。」
「でも、お爺さんの実力なら竜族かエルフ族でも強い人を連れてこないとその結界も意味ないかもね。」
うわぁ。なんかドス黒いオーラが見えるんですけど。
メイドさん、相当怒ってるな。
「どういうことか説明してもらいましょうか、エドワード様。」
「いや、その、じゃな。そんな力のある人物を用意できるとは思えないのじゃ。」
「そうですね、貴方は賢者と呼ばれるお方です。そう簡単には遅れはとらないでしょう。しかし、万が一を考えて行動していただかないと困ります。私の大事なセレスティア様に何かあったらどうしてくれるのですか!」
「まあまあ。確かにこのお爺さんは相当強いから、この人の転移を妨害できるほどの実力の人物は中々いないと思うよ。それに話を先に進めないかな?」
クオよ。お前がそれを言うのか?
少し爺さんが可哀想に思えてきた。
「そうですね。後で詳しくお聞きしますので逃げないでくださいね。逃げるそぶりを見せたら、国王様に進言いたしますので。」
いや、憐れむのすらやめよう。
関わって俺にまで被害がきても嫌だしな。
すまんな、爺さん。そんなに実力があるなら自分でなんとかしてくれ。
「話を戻しますね。学園のセキュリティというのは、学園全体に施された魔方陣のことです。これは、許可されたものしか入ることを許されないというある種の結界のようなものです。」
へぇ。そんなものがあったのか。
門が開け放たれていたのに、セキュリティなんてなにを言っているのかと思っていなくもなかったがそういうことだったのか。
魔方陣は魔力が常時流れていれば常に発動出来る。
俺は作り方をまだ知らないが、魔石を使った半永久機関みたいなものを作れるらしい。
「これは、許可といっても教師陣の許可があれば出入りは出来るようになるので教師の中に敵がいれば意味をなくします。そして、あの事件の後から昨日の間に三回襲われましたがエドワード様に助けて頂きました。」
「やるじゃん、爺さん。呑んだくれてばかりじゃなくて、仕事もしてるんだな。」
「儂をなんだと思っておるのじゃ。まったく。」
不満そうに言う爺さん。
日々の行いが悪いから仕方ない。
「しかし、もうすぐ夏休みに入ります。エドワード様は夏休みに入ると別件でここを離れなければなりません。仕方ないので着いて行くことになりそうだったのですが、その時にコータがここに来ると言う話を聞きましたので今回の話に至った次第です。」
「つまり?」
「夏休みの間、私を守って下さい。しかし、夏休みまでまだ半月程あります。なので、コータの目的と私を守ることを共に考えると学園に入学するのが良いと思ったのです。」
学園生活を送るセレスティアの近くにいる方が守りやすいだろうからな。
「分かった。でも、夏休みって長いんだろ?」
流石に今の俺には長い間無益に過ごすことはできない。
今の俺は欲張って全てを糧にしていく貪欲さでもないと足りないのだ。
「ええ。ですが、先程の話からコータは力を求めているのでしょう?でしたら丁度良いものがあります。メアリー、夏休みの王都への帰省はキャンセルであれに参加することにしましょう。」
「宜しいのですか?別の危険があると思うのですが。それに国王様や王妃様は心待ちにしておられるのでは。」
「良いのです。今は帰ってもお互いに居心地が悪いだけです。それにあそこの中にいれば襲われる機会も減るかもしれません。」
「それは外に出ると同じなのでは。」
メアリーとはメイドさんの名前のようだ。
王族も大変なんだな。いざ目の当たりにしないと分からないこともある。実際、王族は裕福な暮らしを享受しているぐらいにしか思っていなかった。
でも、家族ですら私情に流されてはいけないこともある。上に立つものは大きな権限とそれに付随する義務、そして制約が付きまとってくるものなんだと思った。
「方便なんですから流して下さい。あれというのは毎年魔法学園の生徒が自主的に行なっている遠征のことです。」
その遠征場所は願っても無い場所だった。
どこかで聞いた記憶はあるが、詳しく聞いたことはない。だけど、確かに強くなるにはもってこいの場所だと名前から想像できる。そんな場所。
「その遠征場所は迷宮都市です。実戦経験という面では魔物相手ならばここ程効率の良い場所はありません。本来ならば迷宮に挑むには面倒な手続きが必要ですが、魔法学園の生徒ならばその手続きも飛ばせます。どうでしょうか?」
これを聞いた瞬間に俺の意思は完全に固まった。
正直、守るだけなら入学しなくてもいい。
この後、数年にわたって学生生活を送るのは嫌だからな。
だがこれだけお膳立てしてもらったのだ。全力で守らせてもらおうではないか。
そこでつける力で。




