おやすみのハグ
朝の最初の鐘で目を覚ます。
この日本にいた頃では考えられない早起き習慣もすっかり板についてきたように思う。
時々誰かが少し早く起きていることはあるが、大体みんなこの鐘の音で目を覚ます。
今日もこの鐘で目を覚ましたようだ。
「おはよう。」
三人と挨拶を交わす。
クオとリルはまだ眠そうだ。レティが眠そうにしているところはあまり見たことがない。
一度だけ、夜通しロアに怒られていたという日に眠そうな顔をしていたと記憶している。それくらいだ。
リルが顔を洗いにいく。
うがいや洗面のための水は階毎に水瓶が置かれていている。三階にも当然置かれていて、そこで洗顔などを交代で済ませている。
各部屋に桶が置いてあるので水魔法を使えるならば部屋で済ませてもいいそうだ。
水瓶の水は毎朝エマの父が魔法で入れているらしい。
一度大変だろうと他の客がいないなら三階は入れなくてもいいと打診したのだが、日課になっているからと断られた。
俺達も水魔法は使えるが、せっかくなので水瓶の水を使っている次第だ。
「それでどうだったの?」
クオが聞いてくる。
どうだったとは神界でのことだろう。
「怒られたりはしなかったな。ただ、刻印魔法の全容解明に協力してくれとのことだった。」
「そうなんだ。確かに上級神が前に生まれたのは結構前だったからね。他には何かなかったの?」
パパ案件はその時が来るまで記憶を封印することにした。
ロアとプランの教育を受けて常識的に育つことに期待しようと思う。
それとアレがあったな。すまんな、クオとレティ。俺は否定することが出来なかったんだ。
気まずさや申し訳なさから目を逸らしてしまう。
「なんで目を逸らすの?何があったかすごく気になるよ。」
「ん。気になる。」
黙っていても仕方がないのでポツポツと語る。
今まで以上に厳しくなるのかとクオは愕然と青い顔をしている。レティも一見変わった様子のないように見えるが少し頬が引き攣っている。
「ごめんなさい!でも、プランは大丈夫って言ってたぞ。」
「きっとその大丈夫はこれ以上厳しくなる余地がないから大丈夫ということ。気休めにもならない。」
同じこと言ってるな。
そんなになのか。昨日怒られなくて本当によかったと心から思う。
それから謝ること数分、リルが戻って来るまで謝り続けた。
「どうしたのよ。たった数分でこんなに暗い雰囲気になるなんて。」
戻ってきたリルの第一声である。
そんなに怖いとは思わなかったので、今回俺を見捨てたクオとレティに一矢報いたかったというのもあったかもしれない。
結局怒られなかったので俺が一番ひどいやつだが。
ロアのことを厳しいとか怖いとか言っているが、話していていい奴だと思った。
クオやレティのことを心配しているのも伝わってきたし、只々真面目すぎるのだと思う。
この話もひと段落して全員が身支度を終えてから朝食に向かう。
朝食の席では、今日の予定の確認などの話をしているのだが、今日は一つ話さなければならないことがあるのだ。
それは、
「みんなに聞いて欲しいことがある。」
「んくっ。なに?足りないならクオのパン分けてあげるよ。」
「仕方ない。私のハムを食べさせてあげる。」
「じゃあ、私はスープを分けてあげる。ほら口開けて。」
「ずるいよ、二人とも。クオも食べさせてあげるね。」
「違うから。頼むから最後まで話を聞いてくれ。」
すぐに周りの目を引くことを始めるのはやめてほしい。
今はいないが年配の方だったり、商人だったりは穏やかな目を向けてくれるので居心地は悪いがまだ妥協できる。しかし、この時間帯のこの宿の食堂には少ない人数しかいないがその殆どは冒険者ばかりだ。
「他に何かあるの?」
「あぁ。寝る場所を変えることを提案する。色々と辛いものがあるってのも理由の一つだが、正直少し寝にくくてな。隣だけで勘弁してくれないか?」
「むぅ〜。し、仕方ないなぁ。コータが嫌がることはダメだもんね。そういうことならク、クオは我慢するよ!」
ものすごい葛藤がクオの中で起こっているのだろうか?何かを耐えている表情をしている。
そこまで我慢しなければいけないことなのだろうか。
そして何故か起こる拍手。レティとリルはどういう気持ちで拍手を送っているのか俺には分からない。
「クオ様がそういうなら私も我慢する。横を交代で変わっていけばいいだけ。」
「そうね。コータ成分の補給効率は落ちるけど仕方ないわね。」
まぁ納得してくれたんなら良かったよ。
「そのかわりおやすみのキスを所望するよ。それが条件。」
「それいい。」
「そ、そうね。私達も譲歩するんだから、コータも何かするべきよ。」
なっ⁈いきなりハードル高くないか⁈
「せ、せめてハグじゃダメでしょうか?」
「仕方ないなぁ。それじゃあ、おやすみのハグで手を打ってあげるね。」
あっさり受け入れてくれた。
これはアレか?先に無理難題を上げて本当の願いを通りやすくするというやつか。
もしかしたら惜しいことをしたかもしれないと思う俺がいる。
その後は、今日の予定を話し合ったりはしたが何事もなく朝食は終わり部屋に戻った。
今日の予定も魔法学園に行ってみないと何も分からないので早々にその話題は終わった。
今からすぐに学園に行くと学生の登校とがっつりかぶるので少し時間を潰すことにした。
宿を出て朝市のようになっている露店群を冷やかしながら歩く。
「やっぱりいつも思うが野菜でも果物でも似ているというか殆ど同じものが多いよな。これも名前が少し違うだけで味は同じだし。」
見た目バナナで味バナナの名前がヴァナナという果物を露店で買って食べている。
見た目も味も同じなのだ。
もしかすると、それに精通している人だと違いがあるかわかるかもしれないが俺は同じだと思う。
見たことない物もあるが、それも俺が見たことないだけで地球に存在していたものかもしれない。
まあ、過去召喚された勇者が恋しくなってこの世界のどこかから探してきてそれが広まった感も否めないが。
まあどちらにしろ、馴染みあるものが多くて助かっているということだ。
ラノベでよくご飯が美味しくないみたいなのをよく見ていたのでこれに関してはホッとしている。
そんな風に時間を潰していると、朝二度目の小さな鐘の音が聞こえてくる。
時刻は午前八時だ。
ちょうどいい頃合いだろうと四人連れ立って魔法学園に足を向けた。




