神崎祐樹 2
「ユウキ様朝ですよ。起きてください。」
召喚されてから一ヶ月ほどがたった。
異世界と言われて期待した通りの異世界だった。俺と同じ人族以外にも様々な種族がいて、夢見た世界が目の前にある事に興奮した。
それに、この世界は顔面偏差値が元の世界と比べて高い。
「目が覚めてからすぐに女性の顔を無言で眺めるなど良い趣味ですね。」
おっと、いかんいかん。
「お、おはよう。」
召喚されたのは城だったので城の中だから顔のいい奴ばかりなのかと思ったが、最近外に出るようになってからはこの国、若しくはこの世界全体のことであることが分かった。
この国はアビド王国というらしい。
召喚された場所はアビド王国の王都にある王城の中で、その中は壁はただ均されただけの岩のようだが、中央の台座は大理石のような石で出来ていて魔方陣が彫り込んであり、俺はそこに召喚された。
この前、なんであんな場所に召喚魔方陣を置いているのか聞くと、極秘のものな事とずっと昔から存在するものだかららしい。
確かに広すぎる城の中でも地下の端の端の方だった。
魔法陣と魔方陣は違うらしい。
召喚の時に向こうで見た足元に現れた魔法陣と、召喚陣は模様は殆ど同じだったけど根本的に違う部分があった。それは、ものに刻まれていたものと何もない空間に現れたものだ。それを質問したら、答えてくれたが大まかにしか理解できなかった。
曰く、
「意味のある模様を刻んだもののことを魔方陣と言います。これは、どのような人でも同じ効果を発揮します。魔法陣は魔力で意味のある模様を空中などに作り出したものです。これは、魔法の想像するプロセスを補うためのものです。詠唱と同じ効果ですね。」
と言われた。
まだ色々と分からないが魔方陣は道具なんかに組み込まれていて魔方陣毎に色々な効力があり、魔力があれば誰でも使えるものらしい。
対して魔法陣は模様に意味を持たせることである程度魔法の想像の部分を補うためのものらしい。正直分からなかったが、詠唱は想像するだけではイメージのつきにくいものを言葉で補う為のもので、魔法陣はそれを模様でやっているだけのようだ。まあ、模様と言ってもこの世界の文字がびっしり書かれているだけだが。
「おはようございます。朝食をお持ちしますのでその間に朝支度は済ませておいてくださいね。」
一人用とは思えないベットから起きて部屋の隅に置いてある大きい桶から小さい桶に水を掬い顔を洗ったり、コップで水を掬ってうがいしたりする。使った水は別の使用後用の桶に。
それから用意されていた学生服に着替える。
今日までの一ヶ月は色々と最低限の基礎や常識を学んできたが、今日からは王都から離れて魔法学園というところに行く事になっている。
一ヶ月ぶりに着る学生らしい服装は、その時間以上の懐かしさを感じさせた。
この一ヶ月は、主にこの世界の常識を学んだりや剣術の訓練や魔法の基礎訓練、後は卑怯なレベリングだ。
勇者だなんだとあの何かからは言われたので、もっと世界を救えとか魔王を倒してくれとか言われるのかと思ったのだが、他国の牽制のために強くなってくれとしか言われなかった。
王様は素直に本音を話してくれた。
「急に拉致するような形で、こちらの身勝手な都合で召喚してしまい申し訳なく思っている。しかし、この時代其方を召喚しなければこの国は滅ぼされる、そこまでいかなくとも攻め込まれるかもしれないのだ。」
勇者は俺一人ではないらしく、長い時の流れの中でどの国も他国を牽制するために勇者を召喚する時代になっているらしい。
過去に召喚しなかった国は例外なく攻め込まれているらしい。
更に最近、山脈を跨いで隣接する帝国の動きが活発になってきているらしい。
なので、
「其方には本当に申し訳なく思っている。だが、それ以上に儂はこの国の民が大切なのだ。当たり前のことだが、最高の待遇でもてなすことを約束しよう。強くなってさえくれれば自由にしてくれて構わない。」
いきなり魔王と戦えなんて言われても無理な話なので、それと比べれば良い話だ。
まあ、その後に常識の範囲内で。と付け加えられたけどな。
そりゃ当然のことだ。好き勝手されたら他国が攻めてくる前に召喚した勇者のせいで滅ぶこともあるかもしれない。
魔物なんてのもいるらしいし、せっかく夢見た異世界なんだ。楽しむ為にも強くなることに異論の余地はなかった。
そして強くなるための方法はこの世界には二つある。
一つは修練して強くなる方法。これはスキルとして発現するらしい。
二つ目はステータスを上げることだ。その為にはレベルを上げる必要がある。
この一ヶ月の主な行動は、この世界で生きていく為に常識を、修練して強くなる為に基礎訓練を、そして最後にレベルを上げる為に卑怯なレベリングを、だ。
卑怯なレベリングとは、何もせずに用意された魔石を吸収してレベルを上げることだ。
基礎訓練で教えてくれている騎士団長や魔法師団長には勇者は本当に必要かと思うほどに強い。
俺は新入りの騎士団員にですら勝てない。
勇者は努力をしないと強くなれないらしい。勇者、というか元の世界の住人は努力値というステータスが上がりやすいらしい。
この世界の住人は殆ど上がることはないのだとか。
俺達勇者は、それと一般人よりも高い才能値というものが優れているらしい。
なので基礎訓練は地獄の特訓だった。
よく耐えられたと自分でも思う。
コンコン
「朝食をお持ちいたしました。」
おお。今日のご飯も美味しそうだ。
そういえば、さっきから話している人物は俺専属のメイドだ。
俺と同い年の十六歳で落ち着いた感じのかなり美少女だ。名前はセシルだ。
因みにだが勇者はみな十六歳で召喚されるらしい。成人がどうのと言っていた。
セシルはかなりの美少女だが、召喚された時に見た超絶美少女とは別だ。
あの美少女はこの国の第二王女で、勇者を迎えるのに失礼の無いように一時的に王城に戻ってきていただけのようだ。
横にいた魔法使い然とした老人が俺を召喚したようだ。
ちょっと残念感が拭えなかった。
その老人が学園長を務め、第二王女も通っている魔法学園が俺が今日通う為に向かう学園だ。
朝食も食べ終わったので早速馬車に乗って出発だ。
馬車は城の正門から入ってすぐの中庭に停めてあるので少しどころか結構歩く。
馬車馬には魔法で強化された軍馬が使用されていて尋常じゃないスピードで進むんだが、これでも学園都市に着くのは日没になるらしい。
普通の馬車だと三日はかかると言っていた。車を知っている俺からすれば考えられない。国外に行くわけじゃ無いからな。
昨日の内に王様や各重鎮達には挨拶を済ませてある。
まあ、俺が勇者だと知るのは一部しかいないので挨拶する相手も限られているが。
勇者だと知る人物は一部なのに俺が女性を見るとしょっちゅう口説くので、一部に少し控えてくれと言われたりした。何かの拍子にバレるかもしれないからな。
だけど、美女、美少女が多いのが悪い。
それに、日本ではあれだけ成功していた俺の口説きのテクニックがこの世界では一向に通用しない。
何故だと悩んでいるとセシルが、
「この世界では強さが何よりも優先されます。いつ死ぬか分からないのです。最低限の強さを持たないと相手にされません。それにユウキ様が口説かれていたのは貴族令嬢ばかりです。町の中でしたら成功されていたかもしれませんね。」
そうか。貴族は俺みたいなレベリングをしているらしいしな。それにここは王城だ。貴族ばかりなのは当然か。
もう一つの要因としては、男もルックスがいいのが多いのが要因だろう。俺レベルも多くはないがそこそこいた。
ナルシストと思われるかもしれないが、アイドルはそのくらい自信がないと生き残れない世界だった。格好良くあることが仕事だ。
やっと馬車についた。中庭まで来るのに十分近く歩いた。広くて豪華でいいと思うけど、俺だったら外に出るのに十分かかる家には住みたくないな。
外は寒い。まだ冬真っ只中の十二月だ。
時間の流れにさほど違いはなかったのでその点でもこの世界に慣れやすいだろう。
急いで馬車に飛び込む。
王城の中や馬車の中は魔法がかかっていて、常に快適な温度だ。
馬車の中は退屈だ。
俺は現代っ子都会育ちで更にはアイドル。常に最先端に触れていたし、暇な時は大体スマホをいじっていた。スマホが無いなんて最初は考えられなかった。
だけどそれを解消してくれたのがセシルだ。
セシルは身近にいる俺が勇者だと知る唯一の人間だ。
色々と話せるし聞き上手で話していて楽しい。
適度に話題も振ってくれて、完璧な存在と言っても過言では無いと思う。仕事も完璧だしな。
因みに結構最初の段階で当たって砕けている。
そんな彼女だったら最高の存在のセシルと楽しく会話しながら早朝の町の中を進む。
まだ薄暗いのに結構活気があって不思議な感じだ。
「そろそろ王都を出ますが心の準備はよろしいですか?」
王都から出るのは今日が初めてだ。
ここから出れば魔物との戦闘だったり、他にも色々な危険があるだろう。
その覚悟は決めてきたつもりだったが、改めて問われると尻込みしてしまう。
だが、俺は行く。この世界で生きて行く為にも。未だに一度も女性を口説き落とせていないこのズタボロのプライドを再度復活させる為にもな。
せっかく多夫多妻が認められてるんだ。このルックスも活かさなきゃ勿体無い。
その為には強くならないと。強くなるにはこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「ああ。俺には色々な目的がある。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。」
決まったな。
「そうですね。早くお一人ぐらい落として見せませんとそのルックスも嘆いているように見えます。」
時々鋭いツッコミをしてくるセシル。
有能メイドにはバレていた。
「しかし、よかったです。どんな理由でも決断できる人間であったことが。ユウキ様はきっと立派な勇者になれますよ。」
そんなこと笑顔で言われたら思わず…グハッ!
あれ?いつの間にか眠っていたようだ。
首の後ろが少し痛いけど何があったか思い出せない。
「なぁ、セシル。俺っていつから寝ていたんだ?」
「王都を出てすぐにお眠りになりましたよ。初めて外に出て眠れるぐらいですから、心配も杞憂だったようですね。」
それはあれか?図太い神経をしているとでも言いたいのか?
何か引っかかるが思い出せないので仕方ない。
「おや。珍しいお客様がいらしたようですね。ユウキ様は馬車の中から出ないようにしてくださいね。もしかすると貴方は私を軽蔑するかもしれませんので。」
「そんなこと…」
そんなことあるわけない。と言いかけて口を噤んだ。
こんな真剣なセシルの表情など、誤って国王の第三夫人を口説きそうになった時以来だ。
数秒後に馬車は停止した。
馬車の外からは剣戟が聞こえてくる。馬車の周りには俺を護衛する為の騎士団一個小隊が護衛してくれている。
騎士団は精鋭揃いだ。負けるなんて万が一にもないだろう。
ほら、もう音も聞こえなくなってきた。
「ぐわっ!」
御者代の方から聞こえてくる。
何かおかしい。
「万が一にもないと思っていましたが、最悪の結果になったようですね。絶対に降りてきてはいけませんよ。」
そう言って一人降りていこうとするセシルを何故か止めないといけないと思った。
「ま、待てよ。俺には何が起こっているかわからないけど、力になれると思う。なんたって勇者だからな。」
この流れからして、絶対に負けないと思っていた騎士団は負けている。つまり死んでいるのだ。
震えている。俺の手は今まで感じたことのない恐怖に震えている。
日本にいれば体験することはなかっただろう。
ファンがナイフを持って襲ってきたときだってこれほどではなかった。
死が身近にある世界で騎士団という絶対的な安心感が崩れ去った。
だからといって同い年の少女をそんな危険な場所に一人行かせることが出来るか?
そんなことできるわけがない!
「今から私はキツイことを言います。今の状況でユウキ様は足手まといにしかならない。平の騎士団員にすら勝てない貴方が何の役に立てるのですか?それに私はユウキ様に嫌われたくなかったので言いませんでしたが、今から私が行おうとしているのは人殺しです。今の貴方にそれが出来ますか?」
薄々分かっていた。それでも驚きを隠せない。
人殺しをすると聞いてセシルを忌避することはなかったが、実際に目の前で見たら自分がどう判断するのか分からなかった。
そしてセシルの言う通りだ。弱い俺には出来ることなんてない。唯一出来ることはここで大人しくして邪魔にならないようにすることだ。
それに今の俺には人を殺せない。こんな世界だ。今後直面する可能性があるかもしれないと思ってはいたけど楽観視していたのかもしれない。
「大丈夫です。私は絶対に負けませんので安心してください。」
俺の震える手を握り、包み込むような笑顔は俺を安心させた。
それと同時に理解した。理解してしまった。
俺は戦わなくていいことにも安心しているのだと。
そんな自分の弱さを、醜さを、自分の全てを嫌いになった。
俯いて悔しくて悔しくて泣きそうになったけど、今の俺に泣くことは許されない。
必死に胸を押さえて感情を押し殺した。
顔を上げた時にはもうセシルはいなかった。
念願の の後書きで載せていたお金の種類、価値ですが、改めて見ると大金貨と本編では忘れ去られている、というか作者の頭から消え去っている通貨が発見されました。
申し訳ございません。
大金貨を廃止して最高位の通貨として緋金貨を設けさせてもらいました。
貰える金額が一つ単位が減ってしまいますが、話には不都合が無いと思います。
もし、ここが矛盾している。などありましたら教えて頂ければ幸いです。
Twitterの方でも誤字脱字報告や感想など受け付けますのでよろしくお願いします。




