覚悟
その顔を見た瞬間、あいつに気づかれたらこの休日が終わると確信した。
でも、遅かったようだ。
金髪美少女がこちらに気づいて、そのアイドル(仮)を無視してお辞儀をしてきた。
するとアイドル(仮)はすごい形相でこちらを睨みつけたかと思うと、ニヤリと笑った。
そしてこちらに歩いてくる。
うわぁ。あからさまだな。
一応、爺さんには注意しとけと言っておいたので問題ないだろう。
「誰なのあれ?コータの知り合い?よく見たら勇者みたいだね。」
はい、勇者でした。ステータスにでも書いてあるのか?
スキルかアイテムで隠されてるだろうけど。
「ん。私が担当した勇者。姿は見られてないから気づかれないはず。」
まさかのレティが担当したらしい。
ちょうど色々重なって担当する神がいなかったらしい。それで暇そうにしてたらロアからやらされたと心底嫌だったようで眉間に皺がよっている。
「あれ、この前の勇者ね。隣にいるのはセレスティアじゃない。こんなところで会うなんて偶然ね。」
はい、意外なところからも再会発言。
セレスティアは金髪美少女のことだろう。
色んな事実が明らかになっていく中、ついに目の前まできた勇者アイドル。
「おい、お前。お前みたいな弱くて更に顔まで悪い野郎が俺の邪魔をするとはいい度胸だな。少し俺が現実ってものを分からせてやる。それにそこの女達もお前みたいな底辺野郎には勿体ない。どうだ?俺はこんな野郎よりも何百倍も魅力的で強さだってそこら辺のやつなんかの追随を許さない。俺についてくるなら良い思いをさせてやるぞ。」
顔近い近い。
胸ぐらを掴んでそんなことを言ってくる勇者アイドル。
あーあ。今日買ったばかりなのに伸びてしまうじゃないか。俺の赤T。
しかも、俺が元地球人だと気づいてない様子。まあ、勇者は一国に一人らしいからな。
「あのー、離してくれませんかね。いくら顔が良くてもそういう趣味はないので。俺のいないところでやってくれませんか。」
こめかみに青筋が浮かんだ。
「もしかして今までノンケだと思われていたことにムカついているのか?でもすまん。勘違いに気づいた後でもお前の気持ちには応えてやれないんだ。俺はノンケだし。」
あれ?もっと青筋が増えたぞ?
俺はまだ何か間違えているのだろうか。
すると勇者はそれまでとは違う目をしてこう言った。
「死にたいのか?俺は今更人殺しなんて躊躇わないぞ。」
そこにさっきまでの勇者はいなかった。
俺は少なからず気圧されてしまった。そこにあったのはある覚悟をしている目だった。
今の少しの間の言動だけを見ていても最低な奴だが、俺はそんな奴に思い知らされてしまった。
その目は、その場面に直面しそれを乗り越えて来た者の目だった。
こいつは多分だが人を殺している。どんな理由だったのかは知らない。だけど、それを乗り越えて本当の意味でこの世界で生きる覚悟をしているのかもしれない。
この世界は人殺しが元の世界よりも許容される世界だ。
そんな世界で生きていく覚悟を同じ世界から来た奴から感じて、俺の覚悟は弱かったのだと実感せざるを得なかった。
「コータを離してよ。どっちにしても貴方じゃコータを倒せないけどね。」
「ん。公衆の面前で恥を晒したくないなら今すぐ帰るといい。今ならまだ間に合う。」
「ここでもこんなことやってるのね。兄様にやられても懲りてないなんて。詳しくは言えないけどコータに手を出すのはやめておきなさい。」
若干落ち込んでいると、虚空から突如現れた杖を手にしたクオとレティがその杖を勇者に向けながら言った。
それに続いたリルだが新たな事実を口にした。
こいつフリーズにボコられたのか。
「おぉ、よく見たらリルエルじゃないか。やっぱり俺が恋しくなって会いにきたのか。」
おっ、乱暴にだが離してくれた。
もうちょっと優しく離して欲しかったが。
しかしこいつ、テレビの時と全然違うな。
まあ、当たり前のことなんだろうけどいくらなんでも変わりすぎだ。
爽やかさを売りにしていたやつが言葉にはそのカケラもない。
でも、言葉はそうだが仕草がいちいち爽やかっぽいな。
遠目から見たり会話は聞こえてないなら爽やかかもな。
「冗談言わないで。あれだけ好き勝手して最後には惨めな姿を晒していたあなたにまた会いたいと思えるはずないでしょ。それに気安く名前を呼ばないでくれる?」
すごいな。優しいリルにこれだけ言わせるとは相当嫌だったんだろうな。
「また照れているのか。この前はあのシスコン兄に邪魔されたから仕方なかったけど、今回はあいつもいない。素直になれよ、リルエル。」
「本当にやめて。こんなに寒気がしたの生まれて初めてよ。」
「はぁ。みんな俺を前にしたらどうして素直になれなくなるのか。リルエルもそうだがそっちの二人ももっと素直になっていいんだ。俺はお前たちの全てを受け入れてやるぞ。」
台詞はイケメンだから許される類の鳥肌発言なのは置いといて、最後にくる上から発言。いくら取り繕っても性格が露呈してますよ。
俺がまだ表では取り繕いながらも、自身の覚悟に揺らぎを感じていると、
「お久しぶりです。その節はお世話になりました。」
やっと追いついてきた金髪美少女改めセレスティア。
その一挙手一投足はまるで歩く芸術品のようだと思わされた。
「いやいや、俺の方こそあの時は助かったよ。」
勇者を無視して会話は続けられる。
「このにおい、あの時コータからしたのと同じ。怪しい。」
忘れてください、レティ様。
「あ、あれは違うんだよ。女性とは知らなくてだな、その、な。」
「え、えぇ。あの時は目深にフードを被っていましたし。」
苦し紛れに笑い合う俺とセレスティア。
「ふーん。増えてもいいとは言ったけど、もう少し節度を持つべきだよ。もう一回詳しく聞かせてもらうからね。」
節度とか言われても態とじゃないんです。信じてください。
「久しぶりね、セレスティア。とは言ってもそんなには経ってないかしら。」
「え?リルエル様ですか?まさかこんなところでお会いするとは思いませんでした。王都以来ですから三月程でしょうか。」
「そうね。私もここで会うとは思ってなかったわ。」
ん?いるじゃないか。名前呼んでくれる人。
「二人はどういった知り合いなんだ?」
「私が父様の代わりに王都に赴いた際に対応してくれたのがセレスティアよ。アビド王国の第二王女で、会うのはまだ二回目なのよ。」
名前で呼び合っているのは政治的問題が起こらないようにか。友好的にしようというのに両国の姫、王女が名前で呼ぶことすら許さないとなればそれが亀裂になるかもしれないからな。
「もちろん本当に嫌だったら言っていたけどね。」
嬉しい反面、それは国同士の問題から生まれたものなので複雑だったのかもな。
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はセレスティア・アリシア・フォン・アビド。アビド王国第二王女です。」
「コータ手が早いよ。もう王女にまで。ってそういえばリルもそうだったね。ごめんね、リル。」
「ん。早くも二カ国目制覇の兆し。」
人聞きの悪いこと言わないでほしい。
まず、王女ということの前に女性だと知らなかったのに。
しかも制覇ってなんですか。意図的に姫や王女を狙いにいってるわけではありません。
一方、リルは。
「うっ。わ、わかってるわよ。王女や姫らしさで言えばセレスティアに負けてることぐらい。」
クオの不意打ちストレートが決まってしまった。
かなりのダメージを負ったようだ。
「俺はコータで、こっちがクオでこっちがレティだ。知らなかったとはいえこんな言葉遣いになってしまってるけど、変えた方がいいか?」
「いえ、問題ありません。むしろこちらから仲良くして欲しいとお願いしたいくらいです。」
この状況で余計なこと言わないでください。
クオこっち見ないで。
他意はないはずだ。友人としてだろう。
すると、セレスティアの顔が急に真剣なものとなった。
「しかし、前回とは違い今回は知っていての竜王国の姫殿下への無礼。前回は竜王陛下がお許し下さったので良かったものの、流石に今回は我が国としても看過できません。」
「いいのか?俺達は引き下がってくれるならどうでもいいんだけど。」
それにこんな奴でもあんな平和な世界からこんな殺伐とした世界に連れて来られてるんだ。少しくらい同情の余地はある。
三人にも視線で確認を取るが頷いてくれた。
他にもこいつ勇者だしな。
「俺は国同士の情勢なんて知らないけどさ、流石にその男をどうこうしようってのはまずいんじゃないのか?」
暗に勇者だと知っていると告げる。
すると真剣な表情に驚きが混じる。
「そうですか。知っておられるのですね。確かにこの者を処罰するのは諸外国に対しての牽制が無くなる形になります。しかし、それこそ竜王国と一番友好的な国は我が国です。それだけでも牽制になります。」
因みに、その者こと勇者アイドルは煩かったのでレティが結界を張った。その外でこれを退けろだの、俺を無視してタダで済むとでもだの喚き散らしている。
「まあ、こっちも爺さん、あぁ魔法学園の学園長にはこうならないように気をつけとけって言っといたからな。その上でこうなったんだ。そっちがそれでいいなら俺達は止めないけどな。」
一応、日本人の可能性があると思ったので問答無用ではなく先に爺さんを通してだが警告はしてある。
その上で敵対してきたのだ。同情の余地があるとはいえ、進んで助ける気にはなれない。
「学園長がおっしゃっていたのはあなた方でしたか。苦渋の決断になりますが、今回だけではないのです。今までも多くの問題を起こしてきました。それを一部の貴族がすぐに揉み消してしまう。そうされる前に対処しなければならないのです。」
「まあいいけどさ。この問題で、もしリルに何らかの被害が及ぶようならたとえ貴族であっても容赦しないからな。」
少し自分の覚悟に疑問を覚えたとはいえ、これは譲れない。
「構いません。王女として私セレスティアの名の下に問題にしないことを誓いましょう。しかし、良い人を見つけましたね、リルエル様。あの時とは見違える程の表情をされているので驚きました。」
違う表情って真っ赤になっているだけなんだが。
何でまた赤くなってるんだ?
「今も相手が貴族であっても臆さずリルエル様の為を思うその姿勢は素直に一女性として羨ましく思います。もし宜しければ私が危なくなった時も救っていただけませんか?」
言われて気がついた。俺めっちゃ恥ずかしいこと言ってるじゃん。
最後は冗談めかして微笑んでそう言った。だけど、一瞬だがものすごく不安そうな表情が見えた気がした。
「あぁ、俺でよければ是非。危ないときは遠慮なく言ってくれ。」
「そうですか。ではもしその時が来たら遠慮なく頼らせてもらいますね。」
少し驚いているように見えたが、微笑んだままのその言葉は冗談のようにしか聞こえなかった。
「勇者の対応については話は終わったんだがこれどうするよ。」
さっきまで喚き散らしていた勇者だが今は静かになっている。
だが、素人目にも業物だと分かる剣を手に佇んでいる。
「困りましたね。こんな場所で剣を抜くとは思いませんでした。」
「うーん。今も目立っちゃってるけどここで戦えば今以上に目立つよね。どうしよっか?」
ちょうどいいからこれを利用させてもらおう。
ここで二つ程確認を取る。
「レティ、周りからは見えなくなる結界とか張れないのか?」
「可能。でも、一回張り直さないといけない。今の結界を解除した瞬間に攻撃してくる。」
次はセレスティアだ。
「そうか。セレスティアって呼んでいいか?」
「えぇ、構いません。では私もコータと呼ばせてもらっても構いませんか?」
「あぁ。セレスティア、一つお願いがあるんだが。」
「どのような内容でしょうか。」
真剣な顔をして言う俺に、セレスティアは問う。
「今から見るものを他言しないでくれないか?その代わりに冗談だったんだろうけど、さっきの約束は必ず守るから。」
「そうですね。それがどれ程のものかは分かりませんが、危険に陥った時に必ず救ってもらえるのなら安いものかもしれません。いいですよ、そのお願い対等な取引として受け入れます。」
ニッコリと微笑みながらセレスティアはそう言ってくれた。
まあ、今から俺のすることは多分だが完全には分からないだろう。
ただ、周辺被害として目に見える形で現れるので、それから想像出来ることを言わないでもらえると助かる。
「ありがとう、セレスティア。みんな、俺はあいつに聞きたいことができたから、俺とあいつの二人で戦わせてくれ。」
クオは心配そうにしながらも了承してくれた。
レティとリルは二つ返事で了承してくれた。レティは俺の考えなんてお見通しなのかもしれない。リルは俺の力を見たのは邪竜の時だけなので、きっと心配の必要はないと思っているのだろう。
「レティ、結界を二重に張ることってできるか?」
「可能。外側を見通せない結界、中を普通の結界でいい?」
やはり理解してくれていた。
外側の結界は野次馬達からこちら側を見通せなくする結界で、内側の結界は俺と勇者のみを囲う結界だ。
まだリルにも言っていない内容も含まれる。それをセレスティアにまで聴かれるのは躊躇われる。
もしかしたら他国の勇者と疑われる可能性もある。
「完璧だ、レティ。クオ、心配しないでも制限解除は使う。でも、心配してくれてありがとな。」
クオにだけ聞こえるように言った。
「それでも油断したらダメだからね。」
「あぁ、わかったよ。」
それでも心配してくるクオに苦笑いを隠せない。
でもね、これだけ心配してくれる存在がいてくれることに幸せを感じた。
制限解除を行う。
この前みたいに周りを突風が吹き荒れることもない。
なので変化としては俺のステータスだけだ。
「よし。レティ、結界を張り直してくれ。」
腰に下げたミスリルの剣を抜きながら言う。
それを見たセレスティアは驚き、勇者は口角を吊り上げた。
何も知らずに、更にステータスが変わっていることも分からなければ当然の反応だろう。
そして結界が一度解かれた。
その瞬間を待っていたかのように突撃してくる勇者。
周りからは色々な声が飛び交う。歓喜であったり、悲鳴であったりと。
俺はこいつに聞きたい。
その覚悟の前に何があったのかを。そして何をしてその覚悟に行き着いたのかを。
剣と剣がぶつかり合ったのはその数瞬後だった。




