夢と町案内
「お久しぶりですね、マスター。マスターは昔とお変わりなく誰にでもお優しいようで。」
誰だ?白いワンピースを着た長い黒髪の清楚の塊みたいな少女である。
若干怒っているみたいだ。マスターとかはよく分からんが一つ言いたいことがある。
野郎には優しくありません。
しかし、会ったことがあるような気がする。何故だかわからないがとても懐かしい気持ちになってくる。
「まだ早いみたいですね。マスターが力を失ってから私は約束を果たし続けています。早く迎えに来てください。でないと私から会いに行っちゃいますよ。」
は?力を失った?俺が?
何のことかさっぱりわからない。
話そうとするが声が、呻き声すら出ない。
「力をつけてください、マスター。きっとその先に私がいますから。まだまだずっと先のことでしょうがお待ちしております。今まで待った時間に比べれば残りの時間なんてほんの数瞬に満たないのですから。」
色々気になることがあるが目が覚めそうだ。
ようやくこれが夢であることが理解できた。
目覚める瞬間に瞼の裏に一瞬だけ情景が映った。
それは俺と今の少女が草原に座り楽しそうに会話している姿だった。
ゆっくりと目を開ける。
今の情景以外他の事は全く思い出せない。だが、ひとつだけ分かることがある。
それは力をつければまた会えるということだ。
その時に全ての疑問が解けるだろう。
何故だかわからないが、今まで目指していたものよりも桁違いの力をつけないといけないような気がする。それはクオよりももっとということになるが。
まあ、ただの夢って可能性もあるし考え過ぎるのはよそう。結局強くなるための理由が追加されただけだ。やる事は変わらない。
考え込んでいて気がつかなかったが三人が俺を見下ろしている。
「おはよう、みんな。」
「おはよう、コータ。穏やかに眠ってると思えば、目覚めると同時に考え込んだりしてどうしたの?」
「ん。おはよう。そして難しい顔していると思えば、急に謎が解けたように表情が柔らかくなった。」
「おはよ。そうね、百面相してたわよ。苦しそうじゃなくて良かったけど。」
どうやらいつものように寝顔を眺めていただけのようだ。
「ちょっと不思議な夢を見てな。それで考えてただけだ。」
詳しくは話さなかった。
俺自身もよく分かってないからな。
それに力を失ったとか言っていたがもし本当ならクオが知っているはずだ。だけどそんな話は聞いていないので真実味は薄いだろう。
仮に何らかの理由でクオが隠しているとしてもそれは俺が詮索するべきことではないと思う。
その場合はクオが話してくれるのを待つべきだ。
その可能性はほとんど無いと思うが。
それから、朝食の席でもひと騒動あった。
レティが昨日言っていたようにアーンをせがんできたのだ。
今度とは言っていたがまさか翌朝とは思わなかった。
それを見てクオが自分もと言い出し、昨日の今日なので遠慮していたリルにも二人にだけしてやらないわけにはいかないので俺からやると、今度は俺からするのはズルいとか言い出して色々設定込みでやらされた。
今日の朝は色々と疲れる朝だった。
昨日のいい夢が見られそうがフラグになっていたのだろうか。
「今日と明日は休みにしたからな。休息も必要だ。オルデストでも休んだとか無粋な事は言わせない。」
「リルは町を見て回ったことあるの?」
「王都に行った時に立ち寄ったぐらいで見て回ったりはしてないのよね。」
「じゃあ、今日はリルに町の案内がてら色々買い物しようか。」
「ん。ついでにリルエルの冒険者登録もする。」
そういえば、昨日するの忘れてたな。
特に急ぐこともないし先に登録してから町巡りをするか。
ということで特に何かあったわけでもない冒険者登録も終わり、町巡りだ。
この町は学園都市と呼ばれるだけありその殆どが学園関係の施設だ。
俺達がよく利用する南門周辺には冒険者ギルドなどの外部の人間がよく利用する施設が集まっている。
北のほうは大小様々な学校がある。その他には学生寮と学生達用の商店が集まっている。
西側はその殆どが魔法学園の敷地になっていて、中には何でも揃っているそうだ。
東側は学生以外の居住区になっていて、内側に寄ってくるほど裕福な家庭のようだ。
今回は主に南側を、そして少し北側の商店も冷やかす感じで行こうと思う。
ゴーンゴーン
「9時か。結構時間があるしゆっくり見て回ろうか。」
「そうだね。案内するって言ってもクオ達もそんなに詳しいわけじゃないもんね。」
「ん。まだ一月も経ってない。」
そういえばそうだな。
こっちにくる前の地球での生活はただ生きているだけのような空虚な生活だった。
でも、こっちに来てからは濃密な時間を過ごせているからなのか、すごく長い時間が経っているような感覚だ。
「そうだったのね。それなら新しい発見とかもありそうだし、一緒に楽しめそうでいいじゃない。」
リルはすごく楽しそうだ。
相手にも楽しんで欲しい気持ちは俺も分かるので、俺も楽しんで行こうと思う。
この町に来て行ったところといえば冒険者ギルドに雑貨屋と古着屋、後は熊さんのところか。そういえば外見オンボロの食堂にも行ったな。それ以外では迷子になった記憶しかない。
まず向かったのは雑貨屋だ。これから冒険者として活動していくのに必要な物を揃えるためだ。
と言っても、大体のものは持って来ているので買うものといっても町の外に出た時に使用するための食器やコップをリルの分を買い足すぐらいだ。
「ねぇ、コータ。どっちがいいと思う?これとこれで迷ってるんだけど。」
リルが持ってきたのは黄色の花が可愛らしいコップとデフォルメされているのに全く愛着の湧かないオークの絵が施されたコップだ。
流石に前者の方がいいと思うのだが。
「俺はこっちの方が可愛らしくていいと思うけどな。」
「こっちのも可愛いと思ったんだけど、コータが言うならこれにしようかな。」
リルの感性が残念かもしれない件について。
いや、感性なんて人それぞれだ。決めつけるのは良くない。もしかしたら俺の感性がおかしいかもしれないんだ。
「えー。これ可愛くないよ。」
「オークなんて美味しいだけ。」
確かに昨日食べたオークの肉は美味しかった。
あの見た目が気にならないくらいの美味さだった。まあ、見た目が良かったらもっと良かったんだろうけどな。
「この顔とかずんぐりした感じとか可愛いじゃない。ねっ、コータ。」
いや、俺に聞かれても。
思わず目を逸らしてしまう。
「もうっ、いいわよ。でもそうね、これを使っている時に実物を見たら気持ち悪そうだからやめておこうかしら。」
よかった。オークの実物が可愛いなんて言わなくて。
初めて見たときは、魔物全てに感じたことだがあの気迫はすごいと思ったがオークに関してはどこを取っても可愛いとは思えないからな。
その後は食器を選んだり、ベリルが掛けていたような伊達眼鏡が置いてありそれをつけてあーでもないこーでもないと言い合ったりした。
ここでの用事はそれくらいだったので次へ。
と言いつつ古着屋を華麗にスルーしていく。
「あれ?通り過ぎてるよ?」
「だ、だってあれだろ?リルは服持ってきてるんだから寄る必要ないだろ?」
そうなのだ。寄る必要がないのとそれでも寄ろうとするクオに嫌な予感がしているのでスルーした。
時間がかかるし、着せ替え人形になる未来しか見えない。
「だめだよ。コータは最初の服とこの町で買った服の計四着しか持ってないんだから。しかも買った三着は一般的な村人みたいな服でしょ。もっとオシャレしないと。」
古着屋まで連れ戻される。
まあ、冒険者なのに防具もしないで服は村人。
超弱そうである。
そう言われれば、もうちょっと気を遣わないといけないかもしれない。
「分かったよ。今日からは町人にグレードアップだ。すみませーん。町の人が着るような一般的なの下さーい。」
「だーかーらー!もっとオシャレしようよ。仕方ないなぁ、クオが選んであげるよ。」
楽しそうな顔をして言うクオ。
それが目的だったとしか思えないような顔だ。実に楽しそうなので止めづらい。
視界の端ではリルもウキウキした様子で服を見ている。でもこちらは自分用みたいで内心ホッとした。
ジャージがあるなら毎日ジャージでいいのに。




