グロウへの帰還
少しの空の旅を楽しんだ俺達は祠に降り立った。
「良かったな。みんなリルのことを嫌っているわけじゃなかったぞ。頑張れとか気をつけてとか応援する声ばかりだった。否定的なものはなかったからな。」
「えぇ。最後は兄様のせいで微妙な感じになったけど、みんなが見送りに来てくれて嬉しかった。今までやって来たことが無駄じゃなかった気がして。」
そう言ってリルは泣き出した。
我慢していたのだろう。姫であろうと頑張ってきたリルだ。少し距離を置かれていたように感じていたもの達が大勢自分の為に集まってくれたのだ。
今まで我慢してきたものが一気に崩壊したかのように涙が溢れ出している。
「あの声援に応える為にも強くならないとな。俺も強くならないといけないんだ。一緒に頑張ろうぜ。」
俺にはまた強くならなければならない理由ができた。
今度は傷つけない為にだ。
この危険な世界においてそれは途轍もなく難しいことだろう。
だから、その無謀を叶えることができるくらいに理不尽に強くならなければならない。
神化に頼ってばかりではいられない。
再度強くなることを心に誓った。
それから少ししてリルは落ち着きを取り戻した。
「もう大丈夫。私も頑張ってもっと強くなるから。」
「その意気だ。それにしてもあいつら俺の悪口言っていた奴いたよな。」
「ん。お前みたいな平凡な顔がなんでとか、地獄に落ちろとかお前のどこに魅力があるんだとか言われてた。」
ぐっ!痛いところをついてきやがる。
「ふんっ。あいつら覚えていろよ。今の俺は記憶力には定評があるからな。どうしてくれようか。」
「そんなことしたらいくらコータでも許さないから。私の大事な同族を傷つけたら嫌いになっちゃうかもしれないからね。」
また、悪戯っ子のような顔で言ってくる。
空元気で無理している感じが伝わってくる。
「くっ、仕方ないな。でも、その言葉を裏返せば今は好きでいてくれてるってことだろ?じゃあ、好きのままでいてもらえるように頑張らないとな。」
「えっ……⁈ち、違うから!違わないけど、好きじゃないとか言ってるんじゃなくて。もう!コータのバカッ!」
最初は理解できていなかったようだが、徐々に理解できてきたのかいつものように慌てだした。
顔も真っ赤である。
いつもの感じに戻ってくれて良かった。
「初めてリルと会ったのはここだったよね。あの時のリルから比べたら今のリルの表情は想像できないよ。」
最初見た時のリルの表情は必死さを感じたもんな。
色々と事情を知らなかったから残念なんて思ってしまったっけ。
俺が残念と思った人は大体違うよな。まぁ、二人だけど。
「ん。今じゃ恥じらう乙女。顔真っ赤。」
レティ、やめてやってくれ。
俯いて顔を真っ赤にしているリルの頬をツンツンするレティ。
もっと赤く染まっていっている。
「そろそろ出発しようか。せっかく早く出てきたのにここで立ち止まってたら意味がない。冒険者ギルドに報告する時間も考えたらグレイスの帰りも遅くなるしな。」
「そうだね。リルばっかりコータ成分補充してるのはちょっと卑怯だけど、宿でいっぱい補充すればいいからね。」
「ん。今夜は寝かせない。」
コータ成分も気になるが、レティのは意味が違って聞こえるから!
「ズルくないから。クオとレティは昨日一緒に寝たんでしょ。だったらこれくらい許されるべきよ。」
「あれは朝リルが来たときに横に寝てたのでもう清算されてるよ。」
クオとリルが言い合いをしている中、レティは俺に横からそっと抱きついてきた。
「ん。至幸。光太独り占め。」
頬を擦り付けながら言ってくる。
かわいい。
っていうかこれを見ていると今まで以上に疲れる気がしてきた。
「あー!レティ一人だけズルいよ!」
「私だって!」
そう言って二人とも抱きついてくる。
ただ、今のリルのとても楽しそうな晴れやかな笑顔を見ていると自然とその疲れも吹き飛ぶような気がしてくる。
あの後、ひと段落してから出発し昼前にはグロウに着いた。
門では俺達は冒険者カードを、リルとグレイスは何やら冒険者カードと同じくらいの大きさの竜をモチーフとした紋章があるカードを門番に見せた。
門番が敬礼していたのが印象的だった。
「さっきのカードは竜族用の通行証みたいなものなのか?」
「えぇ。少し違いますが概ねその通りです。これは王族又は守護隊が王国の町に出入り出来るものです。他には公的理由から訪れるものにも所持が許されています。なのでその役職にないものは普通に冒険者カードか通行証を発行してもらっています。」
「私も次からは冒険者カードでの出入りをしようと思ってるわ。だってから使ったら目立つのよね。」
確かにさっきの門番みたいに敬礼なんてされたら目立って仕方ないか。
「冒険者ギルドに行く前に宿に行っていいか?」
「はい、私は構いません。」
ちょっとやっておきたいことがあるのだ。
グレイスには悪いが長くはならないので我慢してもらおう。
リルの為だしな。
ということでやってきました。
平々凡々、普通の宿、安らぎの宿!
そのまま中に入って行くと笑顔の眩しい看板娘のエマがいた。
オリヴィエ様の笑顔を見た後だとなんだか可愛く思えてくる。
「久しぶり、って言っても二日ぐらいか。なんだか一日が濃すぎてだいぶ経っているように感じるな。」
「昨日と一昨日はどうされたんですか?コータさんの皮肉が聞けなくて寂しかったですよ。」
「ちょっと依頼が長引いてな。俺もエマの眩しい笑顔が見ることが出来なくて心にぽっかり穴が空いた気分だったよ。」
「「あははははは」」
あの恐怖心を煽られた最初とは違い今では皮肉を言い合う仲だ。
「はぁ。コータはよく怖くないよね。いくらオリヴィエの笑顔がトラウマものだからってこの笑顔が怖くなくはならないよ。」
「あの笑顔は私でもトラウマものだった。それに比べたら可愛く見えてくる。」
「レティまで。はぁ、どうして二人はそんな風になるの?」
確かあの時、フリーズを光線が貫いた後、後ろから引き攣った声が聞こえたので振り向いてみるとクオが少し怯えていた。レティも顔を引きつらせていた記憶がある。
「それで今日は」
「今日は四人分頼みたいんだよ。四人部屋とかあるかな?」
「流石に四人部屋は。」
「じゃあ、前泊まってた三人部屋に四人でいいよ。あのベッドだったら四人でも広そうだし。」
「ん。必然的に密着するから尚良い。」
勝手に話が進んでいく。
「三人部屋までしかないなら俺が一人でいいんじゃ。」
「何言ってるのコータは。もうちょっと考えてから発言してよね。」
あっれ〜?俺がおかしいのか、これ。
何故か俺が馬鹿な奴みたいな感じで言われたんですが。
「まあ、いいけど。それでもう一つお願いがあるんだ。今日の夕食は豪華にしてくれないか?材料は持ち込みで。」
道中に狩ったホーンボアや俺は敬遠していたのだがオークを食材として提供した。
町の屋台とかでは結構食べられているのを見たがあの外見を想像してしまい食べず嫌いになっていた。美味らしいとは聞いていたのだが。
あとは野菜なんかをここに来るまでに買い込んだ。それも渡す。
「出来るか?余った分は自由に使ってくれ。足りないのとかあったら狩って来るが。」
「これだけあれば大体のものは作れますよ。残ったものは他のお客さんに出していいですか?そこだけ豪華だったら不満も出るでしょうし。」
「あぁ、構わない。もし足りなかったら言ってくれ。まだ肉だったら大量にある。」
クオのストレージにはまだ大量に残っている。
まあ倒した分は燃やして処理したので魔石以外は残っていないのだが、何故かはわからないが今回結構オークに襲われたので倒して肉も回収してある。
「今から冒険者ギルドに行ってくるからちょっといないけど。そうだ、余分に置いておくよ。どうせ俺達じゃ消費しきれないしな。」
裏の方に移動してポンポンとオークを出していく。
そこには滅多に喋らないガタイのいいおっさんがいた。
この人はエマの父親で主に裏方の仕事を行なっている。料理なんかも基本この人だ。昼の弁当なんかはエマらしいが。
今はいないが多少老けはあるがそれでも美人だと思えるような人がいる。エマの母親でエマと一緒に接客なんかをやっている。料理は壊滅的らしい。
「こ、こんなに。余るとは思いますがありがとうございます。偶の豪華な料理が出せそうです。」
「ありがとう。」
驚いた。まだそれほど接しているわけではないが初めて声を聞いたような気がする。
「え、えぇ。こちらこそお願いします。それでは夕食を楽しみにしています。」
そう言って外で待っているリルとグレイスのところに向かった。
その足を冒険者ギルドの方に向け歩き出した。
よし!やっとガレスに一泡吹かせるときがきた。
静かにほくそ笑む俺だった。




