旅立ち
食事を終え部屋に戻ってきた。
今回はリルも一緒にいる。
「それでいつ出発するの?準備があるから一日は時間が欲しいんだけど。」
そりゃそうだよな。今まで過ごしてきた場所を離れるんだ。挨拶なんかもあるだろう。それに荷物をまとめたりする時間もいるだろうしな。
「リルの準備が整ってからでいいよ。約束はあるけどあんな爺いくらでも待たせとけばいいさ。あぁ、でもいつ死ぬかわからんような爺だから少しは気にしてくれると助かる。」
「ねぇクオ、レティ。コータってそのお爺さんと何かあったの?いつもと大分違うけど。」
「えっ?いつものコータだよ?どこか違うかな?」
「ん。たまに顔を覗かせる光太のSの部分。通常運転。」
君達聞こえてるから!
手で口元を隠して話しても声落としてないから丸聞こえだから!
「でもあのお爺さんと筋肉の人はこの対応でいいんだよ。」
「ん。賢者と筋肉は何度も騙そうとした。報いを受けるべき。あれがなかったらロアにも怒られなかった。」
筋肉の人とはガレスのことだ。レティが余程あの筋肉ピクピクが気持ち悪かったらしく筋肉と言い出し、語呂を気に入ったクオが筋肉の人と言い出したのだ。
リルは会話についていけず、更には若干引いているようだ。
「まあ、一緒に行動するなら会うこともあるだろう。その時に納得するさ。」
どうせまた嘘ついて何か面倒事をなすりつけようとしてくるだろう。
俺も図書館か何かで常識とか身につけないといけないな。街に戻ったら探してみよう。
「だから焦らなくてもいいってことだ。ゆっくり準備してくれ。一日っていうのもどうせ色々削って詰め込んだ値だろ。もっと自分を大切にしろよ。これまでのリルじゃないんだ。俺達に遠慮する必要はないぞ。」
「分かった。ありがとう、コータ。準備できたらまた来るね。」
そう言って部屋を出ていった。
「それじゃあ、その間俺達はどうするか。」
「町でも見にいってみようよ。空から見ると綺麗な町だったよ。」
「ん。グロウとはまた違ってた。」
確かにグロウは煉瓦調の家が多く建物の高さにばらつきがあったが、オルデストは漆喰の家が並んでいて外観は統一規格で綺麗に区画整理されている感じだった。グロウは生活していくための町、オルデストは住めればいいみたいな印象を受けた。
ただオルデストの方が見る分には綺麗だった。
今からの行動は決まったので町に行く許可を誰かに取ろうと思い部屋を出たらちょうどグレイスがこちらに向かってきていた。
「おや、どうされましたか。」
「ずっと部屋にいるのも暇なんで許可が取れるなら町にでも行ってみようってことになってな。その許可をもらいに人探しってわけだ。」
「そうですか。大丈夫ですよ。私も姫様から暇そうだったら何か要望がないか聞いて来いと言伝を授かった次第でして。案内人はいりますか?」
「いや、大丈夫だ。ちょっとぶらつくだけだしな。ただ戻って来る時にまた普通に入れるのかが気になる。」
「それは心配しなくても大丈夫です。滅多に竜族以外は訪れませんし、すっかりコウタ殿は有名人ですからね。」
はぁ。やっぱり昨日のは不味かったな。
「町は観るものは少ないとは思いますがゆっくりしてきてください。」
グレイスに玄関部分まで案内してもらい町に繰り出した。
のだが、本当に観るものが少ない。というよりも細かいところまで見なければ景色がずっと同じなのだ。
少し気が滅入ってきそうになったのでやっと見つけたティーカップマークの看板が目印の建物の中に入ることにした。
周りの家とそこしか違いがないので、ドアが開いてなかったらもしかしたら通り過ぎていたかもしれない。
「いらっしゃいませ。今は数種類のお茶しか出せませんが宜しいでしょうか?」
思わずマスターと言いたくなるようなお髭の素晴らしいお爺さんが出迎えてくれた。
ここはカフェとか喫茶店みたいな場所だろう。
外観はあんな感じだが中は主に木材が使われているようで知る人ぞ知る喫茶店みたいな感じだ。窓の外を見なければ。
「中は後からリフォームしたんですよ。」
マスターの話によると、本来は外観と同じく漆喰で生活に必要最低限の環境があるだけで、この町は竜族が人化をした時に生活するための町らしい。人化時と比べて竜の時は燃費が悪いのでそれでこの町で暮らす竜は多いようだ。
しかし、この町は他種族との交友を目的としてつくられた町なので外からの品物が入って来ることが多かった。だが最近は邪竜問題でなかなか入ってこなくなったので活気がなかったそうだ。
しかし、邪竜問題が解決したことがフロード様から知らせられたそうで時期に活気はもどるだろうとのことだった。
そして、グレイスの言っていた有名人は守護隊が竜を倒した際に危険にさらされたリルを救った人族として有名になっているということだったらしい。
てっきり俺は昨日の公衆の面前でのことかと思っていたので一安心だ。まあ、時間の問題だろうが。
お茶はオススメを頼んだのだが、こっちに来る前に飲んだアールグレイのような紅茶だった。紅茶は好きなので美味しくいただいた。
そこで休憩した後は宮殿に戻った。
これ以上あそこにいたらどうにかなってしまいそうだった。
マスターの話によると平時は屋台や露店なんかが出ていてもっと違った感じになるらしい。
それはそれで何だかコミカルな感じがするのだが。
「あら、もう戻ってきたの?でも、今の町じゃ仕方ないかもね。」
部屋に戻るとリルがいた。
宮殿は物凄く広いので迷いそうなものだがそこは完全記憶の出番である。
方向音痴には嬉しいスキルだ。
「あぁ。もう気が滅入りそうだよ。リルはどうしたんだ?」
準備を終えるには早いだろう。
帰ってきて気づいたが、もうお昼時だ。起きたのも少し遅かったが、町に出ていた時間が意外と長かったようだ。二時間近く歩き回っていたことになる。確かに何か変化をと躍起になって探していた記憶がある。
それでもまだ早いだろう。
「もう身支度は終わったから伝えにきたのよ。荷物もあんまり持っていっても邪魔になるだけだし、必要ならその都度買えばいいから。それに挨拶に関しても、もう会えないわけじゃないから。兄様の行動でその相手も少ないのよ。今回に限っては都合が良かったわね。」
「理由もわかったんだ。これからそう出来る相手を増やしていけばいいさ。じゃあ、明日にでも出発するがいいか?」
「ええ。予定も決まったことだし、昼食にしましょうか。」
またあの肉オンリーだった。
昼食の席ではフロード様に明日発つことを伝えると、邪竜の件の説明のために行きはグレイスが付いて来ることになった。
その後は部屋でまったりと過ごした。
よく考えると昨日の怒涛の展開の後なんだ。今日くらいゆっくりしてもバチは当たらないと思うんだ。
与える神様も横でまったりしてるしな。
でもそういうのを担当してそうなのはロアか。
何故か背筋がゾクッとしたので考えないようにしよう。
次の日、朝起きて朝食を食べた後出発することになった。
リルはあんなこと言っていたが多くの人が見送りに来ていた。きっとリルがちゃんとお姫様として竜族のことを考えて行動してきた結果だろう。
その時、フリーズが泣き叫んでいたのが本当に鬱陶しかった。
最初の方はあんなことをやっていた理由は複数属性がバレないように人を遠ざける為と分かったので許せていたのだが、ついにはリルに縋り付いてやっぱり行かないでくれと言い出したのだ。
一昨日の話し合いの時静かだったのはオリヴィエ様が怖かったかららしい。
これに激怒したオリヴィエ様が謎の光線一発で気絶させて黙らせた。
煩かったのでスッキリしたが笑顔のまま放たれた光線が怖すぎて気をつけようと心から誓った。
その時、エマとは同種でも怖さに歴然としたさがあるのは年の功なのかと考えた瞬間、オリヴィエ様の方からチカッと光が見えた。
考えただけなのにどうして女性はこんなに勘が鋭いのか。
祠まではグレイスが乗せて行ってくれるらしく一昨日と同じ感じで乗せてもらった。
そうしてリルの見送りに来てくれた人達の声援を背にオルデストを後にした。
一部、俺に対しての悪口が混じっていたが気にしないぞ!俺のハートはプレパラートのガラスより少しは強いからな。
言ったやつの顔は覚えたぞ。完全記憶は偉大なのだ。いつか仕返ししてやるからな!
そんな小さな俺を乗せて大空へ羽ばたいていく。
空はリルの旅立ちを祝うように雲一つない快晴だった。




