待合室で
フリーズに連れてこられたのは宮殿の中の一室だった。
距離的にはさほど離れた場所ではなかったので歩きでも時間はかからなかった。
巨大な白亜の宮殿は近くで見るとより圧倒された。
遠くからでは分からなかったが、細部まで複雑な彫刻が彫られており、それが白亜の宮殿ととても調和しており芸術素人の俺から見ても魅入ってしまうほどには凄かった。
宮殿内部の廊下は、等間隔に絵画や壺などの調度品が置かれているのだが、とても高そうだが下品にはなっておらずその一つ一つがそれぞれの価値を高めあっているかのようにさえ思えた。
今いる一室は多分待合室的な場所だろう。
フリーズは俺達をここへ案内してから何処かへ行ってしまった。その時にグレイスもついて行ったので今は俺、クオ、レティ、リルの四人だけだ。
「なんでフリーズ様は急に真剣な感じになったんだろうな。リルはわかるか?」
「うーん、兄様はいつも過剰なくらい私から人を遠ざけようとするけど、でもその時の兄様は嫌がらせをしているような感じではないのよね。心配してくれているのも伝わってくるから色々と言いづらくて。だから、仲が悪いわけじゃないし話さないわけではないけど、ことこの件に関しては私も分からないのよ。」
「そうなのか。多分あの感じだとそこらへんも説明してくれるかもな。でも、リルはやっぱり優しいな。」
「どうしたのよ、急に。」
「自分の嫌なことをされても相手の心情を考えることができる。それは誰もが出来ることじゃない。嫌なことをされてそれが心配からなんて、客観的に見れば分かるかもしれないけど当人ではなかなかわからないものだと思うからな。」
「うん、クオもそう思うよ。それは相手の立場になって考えているってことだから、そんな状況でも相手の立場に立てるっていうのは優しいからだと思うな。」
「私も同じ。だけど、今の内に言った方がいい。」
何のことだろうか。
リルは驚いた表情をしている。何か言えずにいたのだろうか。
「何を言えずにいるのかは分からない。それがどんな事だろうと後から言ったって多分光太は不快には思わない。逆に話したことに感謝したり褒めたりすると思う。だけどこれはリルエルの問題。このままズルズル言えずに長引くとその分苦しむのはリルエル。」
「どうして分かったの?そんなに分かりやすかったかしら。」
「ん。時々言い淀んでいた。直接話していれば少しの違和感だと思う。私は光太と話しているのを横から見てることが多かったから分かりやすかったと思う。」
確かに話している時に不自然な感じは時々あった。
ただ、会話に支障はなかったので流してしまっていた。
「分かるぐらい出てたのね。でもありがとう、レティ。やっと言い出すタイミングを掴めた。コータは私が竜族の事を思い遣ることが出来るって言ってくれたけど、それだけじゃなかったの。あの時の私は私欲も入っていたのよ。それが何だか申し訳なくて。強い信念とか優しいとか言ってくれて嬉しかったけど段々後ろめたい気持ちがね。」
俺の不用意な発言が悩ませていたのか。
反省しないといけないが、事実リルはその両方を持ち合わせていると思う。
考え過ぎだと思うのだ。人の為を思うのに自分の事を一緒に考えてはいけないとは思わない。
別に自分の事だけしか考えてないとかいうわけじゃないんだ。言ってみればwin-winである。
「俺にはその私欲っていうのがどういうもので、どの程度のものかは分からないけど、それはいけないことなのか?人の行動理念なんてそれぞれだけどその殆どは私欲が入っていると思うぞ。それに、私欲が入っていたとしても根本的なところは竜族の為だったんだろ?なら、別にいいと思うが。」
「勿論竜族の為に言っていたけど、でも入っていたのも事実だから。」
「そうだな、ちょっと俺の話をしてもいいか?」
「え?いいけど。」
突然どうしたのかという表情をしている。
クオとレティは静かに見守っているようだ。
「俺には大切な人がいてな、その人は完璧な人なんだ。見たこともないような絶世の美女で、どんな事でも難なく熟し、人当たりもいい、そんな完璧な人なんだ。最初は神か何かかと思うくらい神々しさを感じたよ。」
クオよ、少し顔に出てるぞ。
ニヤニヤしない!
リルがこちらを見ていて気づいてないからいいけど、完全に変な人だぞ。
「でもな、神かと思うくらい完璧な人でも話していくうちに人間味みたいなものを感じたんだ。最終的には違ったんだがその人を残念な人と思ったりもした。そんな完璧な人でも泣いたり、喜んだり、怒ったりもしていた。孤独を感じてもいた。」
あ、今度は残念な人と言ったところでクオがピクッてなった。
必死で我慢しているようだ。
「結論だけどな、俺は最初の完璧な、円転滑脱な様が手に取るようにわかる彼女だったらこんなにも大切には思わなかったかもしれない。憧憬にはなっていたと思う。けど、あの人間味があったからこそ大好きになれているんだと思う。だから、リルのそういうところ俺は好きだけどな。」
完璧を目指すのはいい事だと思う。
でも俺は、自分のことも考えられる人の方が好ましく思うのだ。
自分のことが二の次でも三の次でも少しでも自分の事を考えられる人の方がいいと思うのだ。
多分リルは今後も同じような事で悩むだろう。
だから俺はそのリルを肯定することにした。
駄目なことだと思っているのだろう。だから、俺はその駄目なリルが好きなのだと肯定した。
「それにリルだってそうだぞ。最初の印象のままだったら立派な人だ、さすが姫様なだけあるみたいな印象にとどまっていたかもしれない。どこか遠くに感じていたかもしれない。けど、恥ずかしがったり、美味しそうに食べたり、諦めた表情だったり、そんなリルを見たからこそ好きになれているんだと思うぞ。」
思った事を言うことに集中していて気付かなかったがリルは泣いていた。
「ど、どうしたんだ⁈何か不味いことでも言ったか⁈」
「違うよ。嬉しくてつい、ね。私は今まで立派な姫になろうと頑張ってきたのよ。みんな距離を置いて接するから、立派な姫になればみんな昔みたいに戻ってくれると思ったから。でも、頑張っていた私も、素のままの私も両方を褒めてくれた。そして素の私でも普通に接してくれた。その為に頑張っていたからそれだけでも嬉しいのに好きとまで言ってくれた。こんなの嬉しくて泣かずにはいられないって。」
泣きながらの後光が差しているかのような眩しい笑顔は俺の時間を止めるには充分すぎるほどだった。
「ん。リルエルの悩みも解決。光太よくやった。」
「コータは後で話があるからね。一喜一憂させてくれたよね、ホント。」
はっ!見惚れていた。
あの笑顔は反則だ。
レティは少し満足気な表情、クオはニヤけたり怒ったり呆れたり表情が忙しそうだ。
「まあ、だからそれを知ったからって俺の認識は変わることないからな。心配するな。」
リルの頭を撫でながら言う。
クオとレティのせいで頭を撫でるのが癖になってきている。
「ありがとう。私もなんだかんだで一生懸命になるコータの優しいところ好きよ。」
なんだとっ⁈まさか一生懸命なのがバレていたとは。
精一杯冷静沈着を装っていたのに。
仕方ないだろ。励ましたりするのは慣れていないんだから。
ちょうど話が終わったタイミングでコンコンとドアがノックされた。
どうぞと返事をすると失礼しますとグレイスが入ってきた。
タイミング的に聞いていたのだろう。恥ずかしっ!
ふっふっふ、今日は森の中でもグレイスには迷惑を掛けられたからな。この恥ずかしさもあるし理不尽ながらいつか仕返しさせてもらおうか。
「姫様、コウタ殿方よろしいでしょうか。準備が出来ましたので竜王様のところへご案内します。」
どうやらフリーズに話を聞くのではなく、フリーズの他に竜王もいるようだ。
わかったとだけ返事をしてグレイスの後に着いて部屋を出る。
竜王のいるところへ向かいながら思ったのだが、最近俺は美少女を泣かせすぎているのではなかろうか。
急に自分は最低な野郎だと思えてきた。
悲しい。




