魔物化
俺達は今、山に登る前に昼食を食べている。
だって、草原を歩き回り、麓だが山の中を歩き回り、森の中を行ったり来たりしてお腹が減りまくっていたのだ。
エマに弁当を作ってもらう時は多く作ってもらうようにしている。料金は高くなるが仕方ない。
ところで、俺はレベリングした6日間の間に学んだことがある。
それは、食べ物は持てるのなら多く持ち運ぶことだ。
一日目だったか二日目だったか忘れたが、その日の昼食時にエマの弁当を宿に忘れたことに気がついたのだ。あの時は気づけば発狂していた。
そんな理由からこの教訓を得たのだが、持ち運びにはクオのストレージを利用している。
別にマジックバックでもいいんだがこれには時間経過があり、腐る可能性もある。
食べようと取り出したら腐ってるとか嫌だし。
なのでどうにかならんか考えていたのだが、その時に神のお告げがあった。
まあリアル神のお告げだったこともあり、クオにいつもより神っぽいと言ってしまい怒られたりはしたが。
その時の神のお告げである。
「クオのストレージなら時間経過も自由自在だし、容量もある程度あるから大丈夫だよ。」
あの時の俺にはこの言葉は神のお告げと言っても過言ではなかったのだ。
もしかしたら、過言かもしれないけど。
なんでも空間魔法のストレージは、何もない異空間に自分専用の空間を作り出しそこに物を保存する魔法で、そこには文字通り何もないらしい。時間さえもである。
それだけでは時間を操ることは出来ないが、空間魔法を上位魔法にすると出来るらしい。
容量も結構あるのでエマの弁当もそうだが、街の屋台で買ったホーンボアの串焼きや、鳥の魔物からとった出汁で作ったスープなど色々と買ってある。
なんで今こんな事を思い出しているのかというと、所為現実逃避というやつだ。
目の前では、そのここ数日間蓄えてきた食料が次々と消えていっている。
どこにかって?
そりゃ決まっているだろう、リルの胃袋の中だよ。
まあ、俺も驚いたよ。所作は綺麗なんだが、食べるスピードが無茶苦茶速い。
どうなっているのか目の前で見ている俺も分からない。
何故こんな事になっているのかというと、それは俺達がお腹が減ったので休憩したいと申し出た時のことだ。
「邪竜の所に行く前に昼食を食べたいんだが。朝から歩きっぱなしで流石に腹が減った。よかったら、量は沢山あるし一緒にどうだ?」
最後の発言が失敗だった。
別に食べさせない方がよかったとか言っているんじゃない。沢山あるなんて言わなければよかった。
今になって思えば、リルの目が爛々と肉食獣が獲物を狙う時のように光っていた気がする。
「おや、それではちょうどそこが開けているのでそこで休憩を取ってから行きましょうか。姫様もそれでよろしいですか?」
「え⁈え、えぇ。仕方ないわね。そんなにお腹が減ってるなら当然のことよね。ところでコータ。それって私の分もあるのよね?あるんでしょ?あるに決まってる。」
「あ、あぁ。大丈夫だよ。色々あって食料は余分に持ち運ぶようにしているんだ。だから、リルの分もあるさ。」
リルが詰め寄りながら妙に断言的に言ってきたので、俺は後退りながら答えた。
すると、俺があると言ったからかすこぶる機嫌が良くなった様子のリルは、誰よりも早く座って今か今かと子供のようにウキウキしてこちらを見上げる。
「ねぇ、早く食べましょ。ほら、みんなも早く座って。」
リルは俺達を促す。
俺達がお腹が減っていたからだった気がするが、リルが一番お腹が減っているように思える。
そうして全員が座り食べ始めたわけだが、リルは出されたものを次々と空にしていく。
それはもう美味しそうに食べるもんだから何も言えない。
一応、俺達の分は残しているみたいだ。
料理を出しているクオは、何が楽しいのかニコニコしながらリルの前に料理を並べている。
レティは興味がないのか静かに俺の隣で食べている。
グレイスは、少しリルを窘めたりはしているが自分に出された分をゆっくりと食べている。
しかし、グレイスの窘めも食べる事に集中しているリルには届いていないようだ。
その様子を俺も食べながら見ていると、何か今までの出来事と繋がりそうな気がした。
もう一つ何かあればわかりそうだ。
まあいいか。
それよりも、俺はここで聞かなければいけない事を思い出した。
「なあ、レティ。祠のところで言っていた普通とか傾向とかってどういうことだ?あの時気になって仕方なかったんだが。」
人族もとか意味深な言葉を残したクオにはお説教をしたい気分だ。
来る途中も色々あって少し忘れていたが、それまでは気が気じゃなかった。
そういう意味ではリルに感謝だ。
「ん。まず、魔物化という現象がある。邪竜は竜族が魔物化したもの。」
そこら辺はよく考えたことがなかったが、確かに少し考えれば魔物化というものに辿り着かなくとも近しい答えは導き出せそうだ。
友好関係にある人族が倒す敵と認識している邪竜。しかし、一方では敵とは認識していない竜族。
つまり、人族では魔物扱い、竜族では同族扱い、だとしたら竜と魔物両方に近しい存在。
今少し考えただけでもこれくらいは思いついた。
「竜族に限らず他の種族、たとえ人族であったとしても特定の行為で魔物化する。」
「なっ⁈人族も魔物化するのか。多分、クオが途中まで言っていたのもこの事だろう。」
とクオの名前を出した途端に俺の肩越しにクオが顔を覗かせた。
「なになに、呼んだ?なんの話ししてるの?クオだけ仲間外れはイヤだよ。」
クオはどれだけこの話を遮る気なのか。
もう確実にお説教コースだな。
「クオ、後でお説教だからな。何か俺に恨みでもあるのか?あと、近いから。せめて横に来い。」
精一杯冷静に努める。
顔がめっちゃ近いからクオの呼吸の音も聞こえてくるような距離だ。
少し前だったら、意味不明な言葉を叫びながら走り去るレベルだ。
「えっ⁈クオ何か悪い事したの⁈コータのお説教は辛いからイヤだよ。」
「光太の説教は説教じゃない。口を開きすらしない。」
そうなのだ。
前にクオとレティに軽く説教をした。
その時はレティがクオをからかい、クオが暴走するといういつものやつを街中でやり出した時だ。
別に人がいないところだったらいくらでもしていいのだが、人前ではちょっと注目を浴びすぎる。
という事でその時にしたのだが、説教している最中にクオがどんどん脱線していき、終いにはあやふやになっていた。
そんな事が数回あり、俺は考えた末に一つの妙案を思いついた。
一時間なら一時間と決めきっちり時間内は口を利かないことにした。
俺もあまり長くやるのは厳しい。クオがメチャクチャ悲しそうだし、俺も話したい。
だが、口を開くといつの間にか脱線していくので、怒っていることを表すために、浅はかで幼稚な考えだと自分でも思うが我慢して一度実行してみた。
その効果は絶大だった。
次から同じような事があり、説教コースだというとしっかりと話を聞くようになったのだ。
まあ、これは根本的にはレティの問題なのだが。
最初が説教だったという経緯もあり、今もこれを説教と呼んでいる。
「クオよ。俺は横と言ったつもりだったが、違っただろうか。俺の口はいつから俺の意思に反するようになったんだ?」
何故か俺の膝の上に座るクオ。
「え?コータは横って言ってたよ?クオがここに座りたかっただけだよ。えへへ」
かわいいです。はい。
じゃなくて、こんな風に脱線していくんだよ!
今はこんな日常風景を行う時間じゃない!
今は話を進める事こそが重要だ。
だから、もうクオの説教は諦める。こうやっていつもあやふやになっていくんだよ。
かわいいから仕方ないよな!
「はあ。もういいよ。魔物化の話をしてたんだよ。それで祠のとこでクオが最後に言いかけたのはこれだなって言ったところでクオが来たんだ。」
「そうだったんだ。そういえば、途中で終わったんだったね。」
クオがここに来ているがリルはどうしたんだ?
気になって見てみると、端の方の木にもたれ掛かって休んでいるようだ。
少し気分が悪そうだ。
あれだけ食べればあぁなるだろう。
リルが治るまでは話せそうだな。
「それで続きお願いできるか、レティ。」
「ん。人族は確かに魔物化する。でもそれは事実としてあるだけ。殆ど起こることはない。魔物化は普通、力を求めた末に起こること。」
「力を求めただけでなるのか?こんな世界だとみんな強くなりたいと思うと思うんだけど。」
「力の求め方の問題。魔物化するようなもの達は一足飛びに強くなろうとする。レベルアップには自分以外の魔力が必要。だけど人族でも竜族でも他の種族でも魔力は得られない。魔物からだけ。ここで、ほかの一つの存在に目をつける。」
何だろうか。他に何かいただろうか。
「精霊。魔素をエネルギーとして取り込む殆ど自然のような存在。だから魔力量も他とは比べるべくもないくらい多い。」
精霊なんかもいるのか。さすが異世界。
「でも結果から言うと、精霊ではレベルは上がらない。魔物みたいに魔石があるわけでもないから。人族と同じ。」
「確か前に言ってたな。経験値は自分以外の魔力を取り込んだもので、だけど魔力は体外に出たら魔素に戻るんだっけ。だから、魔石のある魔物じゃないと経験値の取得はできない、だったか。」
「そう。でも、一足飛びに強くなりたいもの達はどうにかして精霊の莫大な魔力を我が物にしようとする。その結果導き出した答えが精霊をそのまま吸収すること。だけど、これでも経験値は得られない。その代わり起こるのが魔物化。精霊自体を吸収してしまってるから魔力は経験値に変換されない。」
「魔物化はね、精霊だから起こせることなんだよ。精霊は上位の精霊でないとはっきりした意思がないの。だからいくら大きな魔力があっても使わないから、取り込みやすいの。更に、精霊の莫大な魔力を、経験値に変換されない莫大な魔力を取り込んだもの達は制御できないんだよ。制御できない莫大な魔力はやがて結晶化して魔石になるの。そして魔物になったもの達は理性や知性と引き換えに力を得るんだよ。」
精霊は魔力が他よりもあり、それなのに抵抗してこない格好の相手というわけか。
「だから、竜族に限らずどの種族でも魔物化は起こる。精霊を吸収するだけだから。」
「だけど、竜族が他の種族と比べて魔物化しやすい理由は三つあるの。一つ目は、竜族は才能値が高くて寿命が長い、それと竜族は個体数が他の種族よりも少ないから集まる習性があるから、これが原因で竜族の集まる場所は魔素が必然的に高くなるんだよ。精霊は魔素が多くある場所を好むからそこに集まりやすいの。」
集まりやすいから出会う確率も多くなるのか。
あれ?長寿って言えばあの種族は?
「なぁ、エル」
「コータ、暴走しない?あの時みたいになったら大変なんだから。」
あの時とはレベリング期間中にそれが終わって街に帰った時のことだ。
本当にたまたまだった。
門をくぐって宿を目指している途中に、視界の端にある種族を見つけた。
今までも自分で暴走すると思っていたから他種族を見つけても意図的に無視していた。
初めて冒険者ギルドに行ったあの時だって、毎朝宿の朝食の時だって、街中で歩いている時だって普通にいた。
犬耳や猫耳と尻尾の生えた他は人族と変わらない獣人族、筋肉ムキムキでお髭の立派な背の低いずんぐりむっくりなドワーフ族、殆ど見た目は人族とは変わらない少し体格がいいかなぐらいの違いの魔族。
街の中を普通に歩いていた。改めて異世界だと実感したし、歓喜に震え犬耳、猫耳には飛びつきたい気持ちもあったが、いかんせん人前であったので仲良くなったら頼んでみようと心を鎮めた。
だが、あの時は限界に近づいていたのかもしれない。
それまで見なかったある種族がいることに気がついてしまったのだ。
何を隠そうエルフである。
エルフは、ラノベやアニメで表現されているエルフ像を踏襲していた。
その時いたエルフは三人組だった。どのエルフも女性で冒険者のようだった。
耳が長く、三人ともこれでもかというくらい美形で、どこまでもスレンダーだった。
この世界のエルフはスレンダー側、つまりどことは言わないが絶壁だった。
そのエルフ達を見た途端に俺は動いていた。
無意識だった。気づけば両腕で耳を触っていた。
どこで気づかされたのかというと、一人触っていなかったエルフになんで私だけ触らないのかと怒られた。
俺も周りもそこ⁈と突っ込んだが。
その時にクオから暴走しないようにある程度この世界に慣れるまで他種族に触れることを禁止にされた。
じゃあクオとも話せないとか接触出来ないとか無粋なことは言わない。
まあ、そんな事があったわけだ。
「別に口にするだけであんな風にならないから。そこまで末期じゃないから。」
そんな口にするだけで暴走するなんて危険人物ではない。
「それならいいんだけど。竜族も大丈夫か心配だったけど大丈夫そうみたいだからね。」
「ああ。竜族は人化状態だと殆ど人族と変わらないからな。」
「それでエルフも同じってことでしょ?そうだよ。エルフは竜族程才能値に優れてないけど、種族的に魔法関係のステータスが高いし、種族固有スキルに精霊眼っていうスキルを持ってるから。でも、エルフは精霊眼のおかげで精霊に力を借りる精霊魔法を使えるから、殆ど魔物化はしないよ。仲が良くないと使えないからね。」
エルフはそんなスキルを持っているのか。
魔法適正が高いエルフと魔力量の多い精霊なんて最強コンビだな。




