リルエル・ユニスト
「ちょっと待ってくれ。傾向とか通常とか何の話だ?そこでやめられたら怖いんだが。」
今までの傾向とか、通常だったらとかもっと強い奴もいるってことだよな。
「ああ、それはね 、竜に限らず人族なんかもそうだけど」
この時、話しながら歩いていたのがまずかった。
十メートルなんてあっという間なのにその事を忘れていた。
そのせいで、この説明を聞き流すことになった。
しかも、人族もなんて謎を深めるだけの発言を残して終わるもんだから気になって仕方がない。
まあ、近くに来たら話しかけるのも仕方がないか。
「あっ。相談は終わったの?まあ、そのステータスじゃ無駄死にしに行くようなものだろうけど。」
「えっ?そこで終わり?いやいや!気になるから、邪竜と戦うまで気が気じゃないから!不安要素増やすような終わり方しないでくれる⁈」
この時の俺は、余りにも気になり過ぎて、クオとレティの発言がフラグになっているような気しかしなくて、姫様のことが見えていなかった。
「だって、もう着いちゃったから。ほら、お姫様も聞いてるよ?」
俺は、クオの方を向いていた首を前に向けた。
そこには笑顔なのに怒っていることがありありと分かる姫様の姿があった。
その姿を見て、この姫様はエマと仲良くなれるんじゃないだろうかと場違いなことを考えた。
「私を無視するとはいい度胸ね。あなたが初めてよ。邪竜と戦う前に竜がどんなもんか体験して逝く?」
ちょっとぉー!
やはり無茶苦茶怒っている。無視されたのは初めてらしい。
男としてこんな美少女の初めてになれたのは嬉しい限りです!
じゃなくて、いくってニュアンス違いますよね?死んじゃってますよねー?
「ち、違いますよ。無視なんかするわけないじゃないですか。今までの話を聞く限り姫様だとか。しかも美少女、更には邪竜の件の話を聞いていたのですが国や国民のためを思ってらっしゃる。そんな完璧な方とお話しするなんて畏れ多くてできなかったんですよ。」
「ま、まあ、それなら仕方ないわね。次からは気をつけることね。」
慌てていて自分でも何を言っているかわからなくなっていったが、とにかく捲し立てた。
すると姫様は何だかバツの悪そうな雰囲気になり、寸前までの怒りはどこかに消え去ってしまった。
確か、美少女とかなんとか言った気がするが別に照れているとかそんな感じじゃない。
普段から言われているだろうしな。
一体どうしたのか気になるところではあるが、それを掘り返してまた怒られてはたまったものではないのでスルーすることにした。
「はい。それで邪竜の討伐に行こうと思うのですが、場所を教えていただけないでしょうか。麓は探したんですが、そこにはいなかったので。」
「だから、そのステータスだと死にに行くようなものよ。スキルで補えるような値にもなってないし。一応、心配してるんだから聞くべきよ。私が行くから大丈夫よ。報酬は無くなるかもしれないけど、命の方が大切でしょ?」
そういえば、ステータスを偽装してるから見えないのか。一応、鑑定は持ってるみたいだけど、隠蔽には勝てないからな。
因みに俺は無遠慮に人のステータスを見るのはやめている。
人のステータスを勝手に覗くのはなんだか個人情報を盗み見ているみたいで悪い気持ちになってくる。
みたいな殊勝な理由ではなく、ただ単に目の前に半透明のウィンドウが現れるのが慣れなくて、すぐ顔に出てしまう。そのせいで一度街で面倒なのに絡まれた。それと、自分が隠蔽を使っているからかわからないが、ステータスに表示されていることを信用できない部分もある。
結局、偽装されているなら見ても意味がないし、偽装されてるか疑うレベルならそれはただ低いだけだからな。
だから、鑑定がレベルが高くなってきたり、神眼が使えるようになってきたら使っていく可能性もあるが今は信用度が低いので使っていない。
まあ、物、魔物や敵対者なんかには使っていくけど。
偽装されてても表示されているものは確実に持っているスキルだからな。
「じゃあ、これはどう?一緒に行ってまず私たちが戦う。どうしても負けそうだった場合、あなたが倒す。」
「あー、もう。死んでも知らないからね。それでいいならそうすればいいわ。ただし、危ないと思ったらすぐに介入するし、その場合は邪竜の素材はこちらのもの。これを全部飲むなら連れて行ってあげる。」
「ん。それでいい。どうせ負けないから。」
姫様が一緒だと神化できないような気がするが、レティのことだ。何か考えているんだろう。
「その自身がどこからくるのやら。それじゃあ」
「駄目ですよ、姫様。何度も言っているでしょう。それに場所を聞かずにどこに行くんですか。」
どうやら、まだ許可は取れていなかったらしい。
しかも場所も聞かずに案内しようとしていたようだ。
「ぐっ!そ、そうだったわね。まだ聞いていないんだった。大丈夫よ。この人族たちが倒すらしいから。私は、もし危なくなったら助けるだけ。だから、場所を教えて。」
さっきまで目の前でお前たちじゃ無理と言っておきながら、都合のいい手のひら返しをする姫様。
この姫様は、残念な感じがプンプンする。
「はぁ。では、自分もついて行きます。それが駄目なら教えることは出来ません。」
「し、仕方ないわね。そ、そんなに言うなら同行してもいいわよ。」
姫様はとても悔しそうだ。
こうなっては、姫様はくる必要はない気もするが別にいいだろう。
そこら辺はレティが考えてるだろうし。
「じゃあ、祠のことは任せたぞ。それでは、行きましょうか。」
連絡役の一人はもう一人に任せて歩き出した。
うへぇ。そういえば、また道を引き返すことになるんだった。
今度テレポートの練習しようかな。
それから道を引き返して例の山を目指す途中で、クオとレティとたわいもない話をしていると、姫様が暇だから話に混ぜろと言ってきた。
その際に、
「姫様、姫様ってやめてよ。家族以外みんなそう呼ぶんだから。周りは何回言ってもやめてくれないから本当にウンザリしてるのよ。私にだって名前があるのに。あとその敬語もやめない?公の場ならともかく、こんな森の中で敬語とか疲れないの?」
とてもウンザリしているようだ。でもその中に悲しさも見て取れる。
周りからしたらそれは仕方のないことかもしれないが、姫様にとってはそうではないのだろう。
いや、多分分かってはいるがそれでも、ってことなんだろう。
「でも、それは。」
俺は困って連絡役の人を見てしまう。
「姫様がお許しになるなら良いのではないでしょうか。我々は立場がありますし、他にも色々とありますから無理ですが、あなた方であればなんのしがらみもない。ですから、あなた方がよろしいのであれば姫様のことを名前でお呼びしてあげてほしい。」
「まあ、そっちがいいんだったら別にいいけど。それじゃあ、どう呼んだらいいんだ?」
「えっ?本当にいいの?後になってやっぱりやめるとか無しだからね。」
出会ってから今まででは想像も出来ないほど期待の込められた笑顔で、しかし最後の方は不安そうに。
会ってからまだ時間はそう経ってないが、最初に見た時の芯の強さが見て取れる真剣な表情と今の子供のような笑顔とその後の今にも散ってしまいそうな花の様に弱々しい不安そうな表情、その全てのギャップに不覚にもドキッとしてしまった。
「うっ。それは色々と反則だな。大丈夫だよ。後からやめたりしないから。そんな意地の悪いことはしない。」
「そ、そうね。じゃあ、リルとでも呼んで。父さまと母さまはそう呼ぶから。フルネームはリルエル・ユニスト。別にリルエルでもいいわよ。」
「わかったよ、リル。こんな感じでいいか?俺は光太だ。好きに呼んでくれ。」
「え、えぇ。コータ、ありがとう。」
顔を真っ赤にしてお礼を言ってきた。最後なんか消え入りそうな声でギリギリ聞こえた。
そんな反応されたらこっちも恥ずかしくなる。
「私はレティ。よろしく、リルエル。」
「クオだよ。よろしくね、リル。それとコータ。どれだけ増やしても別にいいけど、クオとレティの事も忘れちゃダメだからね。」
「ん。この前も別の匂いがした。」
増やすって何をですか⁈別にそんな気は無いから!
確かにドキッとしてしまったが、あれは仕方ないと思うんだが。
レティよ。この前っていうのは迷子になったときのことか?あれは誤解なんだ。知らなかったんだよ。
連絡役の人もニヤニヤしてるし。
「お、俺にはクオが何を言っているのか分からんな。でも、クオとレティの事を忘れる訳がないじゃないか。」
「私は?早速仲間はずれは酷いんじゃないかしら?」
あるぇ?この人わかってやってますよね?
めちゃくちゃニヤニヤして悪い顔をしてるんですが。
ふーん。そんなことしちゃうんだ。
だったら俺にも考えがある。
俺は、リルの両肩に手を添えて正面に立つ。
急な行動にみんな驚いて立ち止まる。
「リル、そんなわけないじゃないか。リルはもう俺の大切の内の一つだよ。リルは魅力的すぎるから忘れようとしても忘れられるわけないよ。」
リルは顔を真っ赤にしている。
だがまだ終わらない。俺をからかった罰だ。
極限まで羞恥に悶えさせてやる。
俺も恥ずかしいが我慢だ。クオとレティで色々と耐性はついている。
そして、ここで透かさず抱きしめて耳元で、
「リル、あまり俺をいじめないでくれ。逆に俺の方が忘れられないか心配だ。これからはずっとこうして忘れられない様に離したくないくらいだよ。」
そう囁いた。
こんな事を人生で一度も言ったことはないが、ドラマなんかで見たものを参考にした。
臭すぎるが効果はあったみたいだ。
少し涙目でヘナヘナと力なくもたれかかってくる。
今回のポイントは言葉の内容よりも名前を呼ぶことだ。
今まで家族以外にあまり名前で呼ばれたことがないらしいので、そこを利用した。
普通に会話していて名前を呼ぶだけで真っ赤になるのだ。
耳元でなんて言わずもがなだろう。
「はぁ。やり過ぎだよ、コータ。」
「光太、クオ様が嫉妬してる。宿に帰ったら同じ事をやってやるといい。もちろん私も。」
「へ?ち、違うから!嫉妬なんてしてないから!」
クオは最初は何を言われたか理解できなかったらしい。
だが、すぐ理解したようで否定し始めた。
あぁ。またあれが始まるのか。
こんな話をしているが腕の中にはゆでダコのようなリルがいるので今はやめてほしい。
「クオ様は大丈夫みたい。でも私にはしてもらう。とても嫉妬深い。もしかしたら後ろから。」
いやいや、怖いから!
いつもみたいにクオ弄りで終わってくれ。
突然のヤンデレ宣言されても対応できないし、今のこの状況だと尚更だ。
「そ、それはずるいよ。クオだって後ろからブスッといくかもしれないんだからね!」
「そっちじゃないぞ、クオ。」
いつもみたいにテンパってレティに乗せられるクオ。
だが、今回はレティがいつもと違う事を言うから、クオもヤンデレ宣言をするというよく分からない空間が出来上がっている。
「はぁ。わかったから。宿に帰ったらちゃんとやるから。レティもクオを弄るのは程々にしてくれ。」
「ん。わかった。でも、リルエルはどうする?歩けそうにない。」
「俺が背負っていくよ。そのうち元に戻るだろ。じゃあ、案内お願いします。」
リルは今も放心状態で呼び掛けても、えぇ。としか返事をしない。
連絡役の人も呆けていたので、俺のせいで足を止めている事を棚に上げて先を促すことにする。
「は、はい。それでは先に進みましょうか。」
それからはまたたわいもない話をしながら山を目指した。
その中で、連絡役の人の名前はグレイスということがわかった。
それと、別に連絡役だけが仕事ではないらしい。
確かに、人族が訪れた時にその仕事をすることはあるが、あそこにいたのは祠を守護するためだとか。
主な仕事は守護することらしい。
人族でいう騎士団みたいなものらしく、日替わりで祠の守護や、竜王近辺の護衛、街もあるらしくそこの門番など色々とあるようだ。
リルも途中で気が付き、慌てて俺の背中から飛び降りて今は歩いている。
そんなこんなでやっと山に到着した。
なんだか、同じ道を二度通ったが最初の方が文句を垂れていたが、今の方が疲れている気がするのは気のせいではないだろう。




