悪は滅びた
ギルドマスター室から出てそのまま帰ろうとしたのだが、
「ちょっといいか」
「ん?」
なんかイケメンが話しかけてきた。
確か、俺が剣を抜いた時に構えたうちの一人だ。
ということは、それなりには強いということだろう。
「さっきの剣には驚いた。あんな安物の剣で自分よりも大柄な男を五人も倒すなんて」
「お前もできるだろ、そのくらい。で、何の用だ」
俺はイケメンが嫌いなのだ。今も遠巻きに見ている奴らがキャーキャー言っている。
そしてキャーキャー言いながら、何あいつとか、なんて失礼な態度とか、色々と俺に向かって言ってくる。器用なこって。
イケメンはいつもそうだ。間接的に俺たち凡人を虐めてくるんだ。
確かに悪いのは女の方だとわかっている。しかし、そうとでも思っていないとやってられないのだ。
だから、俺の中でイケメンは悪。
この世界はレベルアップで魔力的に肉体強化されるので、いくら強くともゴツい女はあまりいないようなのだ。
キャーキャー言っている奴らもかわいい子が多い。
この世界はレベルが高いようだ。ステータスが顔に反映されてるのか?
だとしたら俺はイケメンになる筈...
あー、悲しい。その未来が想像できない。
「ちっ」
あっ、いけね。つい、舌打ちをしてしまった。
イケメンが俺みたいな平凡な顔に声をかけてくるのが悪いんだ。
「舌打ちされたっ?!なにか気に触ることでもしたかな...まあいいや。それで、何の用かだったね。僕はクリフ、Aランク冒険者だ。気軽にクリフと呼んでくれ。気になったんで挨拶しようと思っただけだよ」
やけに親しげだな。嫌です。
精一杯の嫌味を込めてクリフさんとお呼びしよう。
それにしても、こいつが爺さんの言っていたこの町唯一のAランクか。
はっ!イケメンで、強くて、良い感じに気さくで。ホント嫌なやつだな!
くそっ、俺には癒しが必要だ。すごく傷つけられた。
つい、クオとレティを抱きしめてしまう。
「ど、どうしたの急に。よくわからないけど大丈夫だよ、コータ。クオたちがついてるよ!」
「ん。私たちがいる。ずっと一緒」
おぉ!天使だ、天使がいる!
こんな天使が二人も側にいたのに目の前のイケメン如きに取り乱すなんて。
しかし、さっきまでは女性陣の声しか聞こえず、男性陣はそれを見て歯噛みしていただけだったのに、今は野太い怒号が響き渡っている。
このイケメンが何かしたのだろうか。
仕方ない。俺がみんなに変わって糾弾してやる!
「クリフさん、みなさんが貴方に何か叫んでいますが何をされたんですか?みなさんとても怒ってらっしゃいます。謝られてはどうですか?」
「クリフでいいのに...それに敬語も」
「無理ですね」
即言い切ってやると諦めたようだ。
「今は諦めるとするよ。それでだけど、あれは君に対してのものだよ。君がみんなの前で彼女達に抱きついたりするから」
「はぁ?んなわけ」
周りから聞こえる声に耳を傾けると、
「くそやろぉーっ!こんなところで抱き合うんじゃねぇ!」
「他所でやりやがれ!」
「何が悲しくて一場面で二回も歯噛みしなくちゃなんねぇんだ!」
などなど、俺達二人に言っているようだ。
違います。俺も被害者なんです。
「おいっ!俺だって被害者だぞっ!このイケメンが話しかけて来なければこんな事にはならなかったんだ!...ゴホンッ。悪いのはクリフさんだと俺は思うんだがどうだろうか?」
「お前も変わんねぇよ!...だがそうだな。一理あるかもしれん。クリフの野郎、俺達になんの恨みがあるってんだ!」
注)彼は別に俺の雇ったサクラではありません。
「だろ?だったらこのクリフさんに一杯奢ってもらって今日の事をチャラにするっていうのはどうだろう。Aランクらしいから、それくらい端金のはずだ。クリフさんは今日の事を謝罪できる、みんなは飲んで今の悲壮感なんて吹っ飛ばせる」
「おぉ、それはいい!野郎ども、それでいいな!」
「「「オォォォォオオオッッ!!!」」」
「き、君達ちょっと待ってくれないか。本人抜きで話をしないでくれ。僕が一体何を」
「今更何言ってるんだよ。この状況で飲ませなかったら暴動でも起きるぞ」
俺は今、過去最高にニヤニヤしているだろう。
「じゃあ、俺達は帰るから。あとよろしく」
「なっ、待つんだ!この人数どれだけかかると思って...」
ごちゃごちゃ言っているので、連行してもらう事にした。
「みんな!奢ってもらうんだからクリフさんにも楽しんでもらわないと駄目だろう!一緒に楽しむために連れて行ってやってくれ!」
クリフさんは連行されていく。
いくらAランクでも大勢のゴツい男どもにには叶わなかったらしい。いや、怪我をさせないように配慮しているようだ。
クリフさんはとても良い人のようだな。
しかし、イケメンは悪なのだ。可愛いは正義だがイケメンは悪なのだ。
ついに、ついに悪は滅んだ。フハハハハハ!
「さて、今の内に宿に帰ろうか」
「あれ、よかったの?」
「ん。さすがにあれは」
後ろから呆れた視線を受けているが気にしない。
俺は悪を滅ぼしただけなのだ。故に俺は正義!
そうしてやっとギルドから出たのだった。
ギルドを出た俺達は、街中を歩いている。
宿に帰る前に、ちょうど昼食時だったので何処かで食べようということになった。
「そこにカフェがあるよ。どうかな?」
「雰囲気が明るくて良さそうだな。でも時間帯もあってか結構並んでるな」
室内も緑を基調とした柔らかい雰囲気の店で、テラスもある。しかし、かなり混んでいるみたいだ。
「っていうか、どこも混んでるな。どうしよう、屋台で買ってどこかに座って食べるか?」
さっき通った広場に屋台がいくつか出ていた。
ベンチもあったし、どこもいっぱいだったらそれでもいいかもしれない。
「そこに食堂がある。混んでない」
「ホントだ。知る人ぞ知る名店って感じだね」
「どこも無いしここにするか」
注意深く観察しなければ気づかないような店だが、確かに食堂だった。
「いらっしゃい。おや、初めてのお客さんだね。うちは食堂だよ。知ってて入ってきたなら別にいいんだが...」
恰幅のいいおばちゃんが出迎えてくれた。
外観が食堂っぽく無いことは本人達も分かっているらしい。
「ああ、どこもいっぱいだったから探してたら見つけたんだ。レティがだが。俺は気がつかなかったけどな。客を呼ぶために外観変えたりしないのか?」
「うちは、ふらっと訪ねてきたお客さんや常連さんが満足してくれればそれでいいんだよ。他のお客さんがたくさん来ちまうと常連さんが来づらいだろう?」
「そうだな。常連にとっては有難いな」
「それで何にするんだい?」
「おすすめとかないのか?あるならそれで」
「日替わり定食が人気メニューだよ。後の二人はどうするんだい?」
「ん。同じでいい」
「クオもそれでいいよ」
「あいよ。日替わり三丁!」
おばちゃんが厨房に向かって大声で言った。
コックでもいるんだろう。
店内には数える程だが客もいた。おばちゃんはそちらの方へ水のお代わりなどを聞きに向かったようだ。
「しかし今考えると、あいつら昼間から呑んだくれているのか。何を考えているのやら」
「何他人事みたいに言ってるの?原因の一端どころかほとんどコータのせいでしょ」
クオが呆れたように言う。
「クオ様、光太もきっと何か考えていた。でしょ、光太」
人の目があるところではレティもクオ様と呼ぶ。
クオリティア様と呼んだらバレるとかではなく、宗教的な問題でクオリティアという名前はつけられていないのだそうだ。
なので、クオリティアと呼んでしまえば最後、面倒事に巻き込まれるというわけだ。
しかし、レティよ。信じてくれているのにすまん。
イケメンという理由だけで悪認定した、なんて言えない。
「そ、そうだぞ。色々理由はあるけど、ああしておく事で今までクリフと男性冒険者にあった溝を埋めることができたんだ」
口から出まかせが思いついたままポロポロ出た。
「コータ...」
キチンと理由を説明したのに呆れた視線を送ってくるんじゃない。
「でも、冒険者は毎日働いてる人少ない。命懸けだからっていうのもある。けど、この世界の人間にとって魔物の素材は必需品。だから、得られるお金が多い。働かない日はギルドで飲んでる人多い」
確かに毎日命のやり取りなんてどこの物好きだよって感じだな。
冒険者ギルドで換金したら一割り増しだったけど、魔物の素材が元から高いんだろう。
なんて事を三人で話していると昼食が出来上がったようだ。
「日替わり三つ出来たよ。今日はホーンボアの生姜焼きだよ。パンはお代わり自由だから言ってくれれば持ってくる。じゃあ、ごゆっくり」
「それじゃあ、食べるか。いただきます」
「「いただきます」」
それからはたわいもない話をしながら食べた。
ホーンボアという名前から猪の魔物の肉なんだろうが、普通に美味かった。
昔食べた猪肉は臭みがあって好きになれなかったが、これは豚肉とそんなに変わらなかったので美味しく食べることができた。
「「「ごちそうさまでした」」」
「これからどうしよっか。今から魔物狩りに行くにも微妙な時間帯だし、宿に戻るにも早いし」
「買い物。日用品が何もない。服とかも一張羅になってる」
そうだった。クオとレティは朝起きたら着替えていたが、俺はこの黒いワンポイントのTシャツと黒の短パンと黒を基調とした赤のラインが入ったスニーカーで、上から下まで黒尽くめの服しかないのだった。
「そうだね。服以外にも必要なものがあるだろうし、買い物に行こっか。お会計いいですか?」
「あいよ。日替わり一つ鉄貨五枚、合計で銅貨一枚鉄貨五枚だよ」
クオは銅貨二枚を渡している。
銅貨の下にまだ鉄貨なんてのがあったのか。鉄貨1枚で百円ぐらいだろうか。
「美味かった、また来るよ。それで、この辺に雑貨屋とかないか?あと出来れば古着屋なんかもあるといいんだが」
おばちゃんに諸々の場所を聞いて俺達は食堂を後にした。
その後は宿に帰るまで特筆することは無かったが、強いて挙げるとすれば古着屋でクオの着せ替え人形になった事ぐらいだろうか。
服は、この世界の一般的なものを三着ほど買った。三着選ぶのに一時間は掛かったが、残り三着まで絞ったクオに、レティが全部買えばいいと言ってくれなかったらもっと掛かっていたかもしれない。
雑貨屋では歯ブラシとか、洗面用の桶とか、細々としたものをいろいろ買った。
それと、冒険者や街の人たちもそうだが荷物を持ってない事が多かったので不思議に思っていたが、理由が判明した。
この世界にはマジックバックという超便利なものがあったのだ。
容量で値段が変わって来るらしいのだが、日用品や、冒険者ならポーションを入れとくぐらいの大きさならそこまで値は張らない。それでも、銀貨三枚はするが。
荷物も嵩張ってたし不便だろうとクオが買ってくれた。クオみたいに空間魔法を使う人は少ないんだそうだ。
レティはマジックバック派らしい。そういえば、腰にポーチがある。
マジックバックは鞄と呼ばれるものなら何でも作れるそうだ。
結局、全部で銀貨四枚銅貨五枚だった。マジックバックもそうだが、服が一着銅貨三枚、雑貨屋は野宿に必要なものや雨具などを買ったらこのくらいになった。冒険者をやる上で必要なものらしい。
「また何か足りなかったら買いにくればいいよね。じゃあ宿に戻ろっか」
こうしてこの日は宿に戻った。
宿では一週間分の宿代を払っておいた。クオが。
そこでまた部屋をどうするか一悶着あったが押し切られた。
その後は夕食を食べ、そのまま眠った。
初めての戦闘などで疲れていたのかすぐに意識は沈んでいったのだった。
今までのステータスに特殊スキルの追加を致しました。
もう少し先で光太も持っていないとおかしいスキルなので追加しました。
今までの内容を変更したりはしていません。
なので、読み返さなくても支障はありませんが、申し訳ございません。




