エマの試練 1
エマ視点です。
「コータさん負けてしまったって言ってたけど大丈夫かな?」
「あんな晴れ晴れとした顔してたんだから心配ないよ。それよりもエマだって明日なんだから自分の心配をしないと!さっ、寝なさい。」
「でもまだ洗い物が」
「やっておく。寝なさい。」
お父さんまで。
ありがとうお母さん、お父さん。私頑張ってくるね。
「うん、ありがとう。おやすみなさい。」
「「おやすみ。」」
そうだ。
コータさんのことも心配だけど明日は私も試練に挑むんだから!
パーティのみんなにも迷惑は掛けられない。
頑張らなくちゃ!
そう自分を奮い立たせているうちにいつのまにか意識は深く深くに沈んでいった。
「うーん!よく寝た!」
こんなに体の調子が良いのは久し振りかもしれない。
お父さんは朝の仕込みも手伝わなくていいって言ってくれたけど、結局いつもと同じ時間に目が覚めてしまったみたいね。
身支度を終えて裏庭に行ってみると
「やっぱり今日もやってるんだ。昨日の今日だっていうのに…」
「百三…、百四…、百五…、………」
最近では私の日課にもなってしまっている気がするけど、コータさんの実直な素振りはいつまでも見ていられる。
こうやって見ている今、コータさんは私のことに気づいていると思う。
もしかしたらそれが邪魔になっているのかもしれないけど、この日課をやめられない私をコータさんはいつも笑顔で迎えてくれる。
きっとそれも原因の一つなんだと思うの。
「三百………。ふぅ。最近少しずつ速度上げてるけどこれで大丈夫なのか?良い師匠が何処かにいないかな。」
「おはようございます、コータさん。」
「おはよう、エマ。」
この不恰好だけど暖かい笑顔。
この笑顔を向けられただけで今日一日が頑張れるんだから不思議ね。
「今日はエマの番だな。見てやることは出来ないけど応援してるから。」
「…頑張ってきますね!」
応援するの一言だけで言葉に詰まってしまう私ってどうなんだろう。
思わず素が出てしまいそうになったのを押さえ込んだのもあるんだけど。
でもコータさんにならもう取り繕う必要もないのかも…
やっぱりダメ。この試練で自分に納得出来ないと私はきっと今後も妥協を続けてしまいそうだから。
「おう、待ってるからな!」
今の私はコータさんの背中を見て夢想することしか出来ない。
だけど、明日にはそれが現実になっている、してみせるんだ!
明日の私は背中ではなく横顔を見るのだと決意を固めた。
「エマっち、今日はいつにも増して軽快な足取りだね!」
「そうかな?でもエドナには負けるよ。」
今もその軽快な足取りの私と並んで歩いているのに足音一つ立ててない。
軽快とは違うかもしれないけどね。
「私のは職業病って言われるよ。昨日もダンから足音を殺して背後に立つなって怒られちゃった。テヘッ」
「テヘッ、じゃない!あれ心臓に悪いんだからやめろよな!せめて仲間内だけでもやめろ!」
エドナにダン、それとダンの横を歩いているジーニスは私の学生時代の同級生で、去年まで一緒に中等部に通っていた親友たち。
私たちは四人とも高等部に進学することはなかったけど、この三人は今年から冒険者になってパーティを組んでいる。
無理矢理頼んでこの試練の間だけパーティに入れてもらってるから迷惑かけられないよ。
因みにエドナの冒険者としての職業は俗に言うレンジャー。盗賊なんて言われたりもするけど、偵察や罠感知、斥候系が得意な職業だってエドナが前に説明してくれたような…
その時は自分が冒険者になるなんて想像も出来なかったから右耳から左耳に一直線に駆け抜けていった記憶が…
もう一回説明してくれないかな?なんて言えない。
「その仲の良さは変わらず健在だね。」
「でしょー!」「お前の目はどこについてるんだ!」
この光景を見ていると思う。
羨ましい、と。
目の前の輝きも、私が手に入れたいコータさんとクオちゃん達が放つ輝きも同種のものだと思うから。
今の自分が幸せではないとは思わない。
ただ誰かと寄り添いあえる幸せに羨望の念を抱いてしまった。それがコータさんならどれだけ良いかと思ってしまった。
それが私をここまで奮い立たせた全て。
「どうしたの、ジーニス?愛しのエマっちがいるのに黙りこくっちゃって。」
「ばっ、馬鹿!そんなんじゃねぇよ!」
「他の男にエマっちが取られそうだから面白くないんでしょ?ムスッとしちゃってー。」
「おまっ!調子に乗りすぎだ!」
みんな昔より輝いて見える。
それが実際にそうなのか、はたまた私が羨んでいるからなのかは分からないけど、どちらにしても私もそこに行くんだと強く決意させた。
「お前たち、周りにも迷惑になるんだからいい加減にしろ。」
「えー、ダンまでー?エマっちの前だからっていい子ちゃんぶっちゃって、エドナちゃん嫉妬しちゃいそうだなぁ。」
ニヤニヤと良い顔してるよ、エドナは。
「ジーニス、そっちに回れ!」
「今日という今日は!」
「まだ二人に捕まるようなエドナちゃんではないのだよ!」
そんなこんなで冒険者ギルドに着いたのは時間ギリギリだった。
町の外に出たのは久しぶりな気がする。
もう二月近くは町から出てなかったかな?
「蒼炎の獅子、我ら愉快な鬼武者集団、紅蓮……」
色々なパーティ名があって聞いてるだけで面白いけど、私たちの次に呼ばれた我ら愉快な…何とかって人達はちょっと気になるかも。
因みにエドナ達のパーティ名は各々の特徴に準えている。
エドナの青い瞳、ダンの燃え上がるように赤い髪色、ジーニスの獅子のような風格を彷彿とさせる逆立った髪。
そういえば、コータさん達は冒険者ギルドにパーティ名の届け出出したのかな?
「…、以上の五組が本日最初の試練受験者達だ。準備が出来たところからパーティリーダーが俺に報告してくれ。」
進行役は最近名前で呼んでもらえなくなってきていると嘆いていた武器屋の熊さんみたい。
「あの人、ギルマスの弟なんだってさ。」
「熊さんも昔冒険者だったってウチに来た時よく話してくれるよ?」
「熊さんって最近言われてるけど知ってる?その熊さんって言い出したのセレスティア様の恋人だって話だよ?」
知ってるも何も本人が恨めしそうに語ってたからね。
私に皮肉を言ってくるコータさんを思えば容易に想像できる。
だけど、コータさんとセレスティア様ってまだ恋人じゃないよね?
側から見てればそうとしか見えないけど、コータさんが認めそうにないから。
わ、私だってもしかしたら…
「なんでエマっち赤くなってるの?」
「だ、だってエドナがコータさんの話なんてするから。今されたらどうしても意識しちゃうよ!」
「ふーん。エマっちの想い人はコータって言うんだ。そしてセレスティア様の恋人も確かコータだったような…エマっち今度その人に合わせてよ!」
「えっ?ど、どうして?」
「その人危険かもしれないよ!エマっちの親友として強く言っておかないと!」
ダメ。なんだかエドナをコータさんに会わせると私が不利になるような、そんなよく分からない予感がする。
「やめておくんだな。あいつに関わるのはオススメ出来ないぞ。毎回毎回、どれだけ疲れるかわかったもんじゃない。」
「たしかに熊さん。クマではなく熊。そのコータって人、なかなかセンスあるかも。」
やっぱりダメだ。絶対に阻止しないと!
「俺はそんなに熊似なのかよ。まあそんなことはどうでもいい。準備は出来たのか?」
「エマっち大丈夫?」
準備なんてウチを出る前から完璧に済ませてある。
朝からコータさんのおかげで気力もバッチリ。
「大丈夫だよ、エドナ。」
「うん、問題ないみたい。私たち蒼炎の獅子は準備完了です。」
「よし、では只今から今日の試練の開始を宣言する!行ってこい、未来の王国を背負う若者達!」
その言葉と共に私たちは歩みを進めた。




