無視
「説明とは言いましたがそこまで多くはありません。ただ、ここに着いた順で祠内部へと入ってもらい中にいる対戦者と戦ってもらいます。」
戦うと言っているが形式上のものだろう。
この試練の本来の目的は戦闘の向き不向き、いや戦うことへの覚悟が問われるというもの。
竜族がどの程度威圧してくるのかは分からないが、それに耐えて攻勢に出られるかどうかだ。
そして攻勢に出られたものの中で、更に一定の領域に達しているものが対戦する資格を得る。
耳蓋もなく言えば、ある程度強くなければ対戦できないのだと思う。
俺の予想だけどな。
「その際の記憶は勝ち負けに限らず封印させてもらいます。ただ例外として、資格を得たと判断された者のみ封印されることはありません。」
「それ言わない方がいいと思うんだけど。」
「問題ありません。ここは既に効果範囲内ですから。」
いや、だからと言って必要ないことには変わりないと思うんだが。
だってそんなの、その資格を得た奴だけに後から話せばいいと思う。
「仕方ないんです。試練が始まればコウタ殿ならこの意味がきっと理解出来ますよ。」
「やめろ。そんな言い方されたら嫌な予感しかしないだろ。」
なんだ、どんな理由でわざわざこんなことを…
分からん。
試練前に余計なことに思考を割かせやがって!
あっ、さてはこれが目的だな?俺を思考の海に沈めて負けさせる作戦か!
うん、ないな。バトルジャンキーが主な竜族がわざわざ敵を弱らせ………
ああ、なるほど。そういうことですか、そうですか。
「あっ、そういうことか。でも、それが理由で想像以上にあがいたりするのか?」
「ええ、意外と。名前を出すわけにはいきませんが、資格を得たのは歴史上未だ十に満たないと聞きます。そこに名を連ねるために頑張ろうとする人達は意外と多いんですよ。」
こいつ、どうせ記憶が封印されるからって色々と喋り過ぎだろ。
つまり餌をぶら下げることで、もっと力を発揮してもらおうということだろう。
今日の記憶を封印されないのが力が出る理由になり得るのかは定かではないが。
バトルジャンキーここに極まれりだな。
敵を強くして戦いを楽しもうなんてアホなんだな、きっと。
まあ、実力差があり過ぎて面白くないのもわかるけどな。
「では最初にここまで辿り着いた君たち。この洞窟を進んだ先に大きな空間と闘技場があります。ここをまっすぐ進めば闘技場のステージに出ますので後はそこで流れに従ってください。」
「俺たちはその間待ちか。何してよう。」
時間が空いた者は各々時間を潰すということもなく、殆どがガチガチに固まっている。
それはラディックとキャロルも例外ではなく、俺とティアだけ別空間にいるようだ。
「ティアって肝太いんだな。」
「失礼なこと言わないでもらえるでしょうか?この私のどこが太いんですか?穴が空くほど私を見てください。どうです?もう一度同じことが言えますか?」
うん、言えるな。
それだけ堂々とした態度を見れば何回でも言える。
まあ、半分は冗談なので二回目は言わないけどな。
「この山の中に、ってよりも別空間か、空間を広げてるんだろうな。どのくらい大きな闘技場か楽しみだ。」
「無視ですか?心細くて泣いちゃいますよ?いいんですか?」
竜化した竜族が戦えるほどの大きさなんだよな。
飛び回れるほどではないにしてもかなりの大きさなのは予想出来る。
「俺たちは三番目だったよな。キャロルもラディックも今からそんなに緊張してたら持たないんじゃないか?」
「いや、ここまで来て普段通り話せているお前の方がおかしいんだからな?」
「そ、そんなこと言ったら駄目だよ、ラディック君…」
おお!キャロルを二番目の良心に認定しよう!
俺を庇ってくれるなんてリルとキャロルくらいだ。時々、クオとレティもそんなそぶりを見せたりはするが必ずと言っていいほど落ちを用意してあるからな。
「だってセレスティア様の方がのびのびしてるように見えるもん。」
「キャロル。お前もそっち側だったのか。」
「何故コータが落ち込んでいるのですか?ここで落ち込むべきは私では?」
やはり俺の良心はリルだけなんだ。
よし、この試練リルのために頑張ろう!なんだがやる気が出て来たぞ!
「いい加減無視するのやめてもらえないでしょうか…」
「コータ君、セレスティア様が可哀想だよ。」
そうだな。
あまり長くやり過ぎると冗談が冗談でなくなってしまいそうだ。
「わるかっ」
「そうですか。まだ無視をするのですね?それでは私にも考えがあります。」
いや、今わざと俺の言葉を遮ったよな⁈
こうなった時のティアは少々危なっかしいからな。
ここは先手を。
「悪かったって。ティアが穴が空くくらい見ろなんて言うから恥ずかしくなってな。」
「私が何をしても無視を続けると言うのならば我慢比べといきましょう。本当に何をしても無視し続けてくださいね?」
このっ!
お返しとばかりに無視し返してきやがった!
こうなってしまっては仕方がない。いいだろ………
「いいわけないだろ!今までの経験上、ティアを野放しにして良い方向に向かった記憶がないわ!」
「なんですか、コータ。先に無視したのはコータの方ではないですか!私の方にも最後まで付き合うのが最初に始めたコータの義務ではないのですか?」
いーや、断じて認めません。
だってティアに付き合ってたら俺の身が滅びかねない。
所構わず大胆な行動を取るのはうちの最高神様や上級神様と同じだが、ティアの場合はそこに王女という地位が付いてくる。
それに大胆さという点ではクオやレティより一つ抜きん出ていると思うのだ。
「じゃあ聞くけど、俺がティアの言葉通りに付き合っていたら何をしようとしていたんだ?」
「それは、こんなこととか」
「口頭での説明だけでいいから。それに最初からおかしいだろ!」
ティアは俺の後ろに回り俺の首に手を回して右肩から顔を覗かせる。
大体、こういうゲームの定番は相手に触れたら駄目だろ。
「そうでしょうか?我慢比べなんですから多少の強引さは必要だと思いますけど。」
「最後まで無視し続けなくて良かったな。一個目からこれとなると先が思いやられる。」
別に嫌なわけではないのだ。
むしろご褒美というかなんというか。
しかし、これが衆目の中でとなると話は変わる。
まあ今更気にしたところでという気もするが、これは俺の醜いあがきなのだ。
極力面倒ごとは避けたいのである。
「次の方々、奥へお進みください。」
おっ、一組目が終了か。
戻ってこないところを見ると、終わったら向こうで転移なりで帰還するんだろうな。
俺たちの番は次だ。




