敵と草原踏破
ーーー光太達が門前に着いたその頃、某所ーーー
「ばっかだなぁ。大毅さんの言う通りにしてりゃ失敗なんてありえねぇだろ。」
「その大毅さんに言われた通りにして失敗したんだけどな。」
「アンタ達あの男を信用しすぎじゃないかしら?あんな下衆な男見たことないけどね。」
「だからいいんじゃねぇか。この世界を生き抜くならそのくらいじゃねぇと。」
ここはとある森の一角。
周囲には樹木以外見当たらず、この黒髪の男女三人の声だけがこだまする。正確にはもう一人いるのだが一言も話そうとはしない。
しかしこの三人の声は誰にも聞こえることはないだろう。
何故なら、この三人の周囲には空間魔法特有の空間が歪んだような、波打つような現象が起こっているからである。
その場所は周りからは隔絶されているのだろう。
「でもこれで使い潰したの何人目だよ。あいつら全員凄腕の魔法使いなんだろ?」
「まあ、あまり複雑な命令は出来ないからな。応用が利かなけりゃそこら辺の三流と同じだろうよ。」
「アンタのスキルも便利なのか微妙ね。条件もレベルが自分より下でフルネームを知ることが必須。ある程度の衝撃で解けてしまうってどうなの、それ?」
「うるせぇ!俺の強制操作を馬鹿にするんじゃねぇ!舐めるなよ、もっと言えば操作中は俺も動けないんだからな!」
「さらにインターバルも一日だったよな?同じ相手にだけとはいえ難儀なスキルだよな。」
誰からもバレないという絶対的な安心感からか、尚も三人の声はこだまする。
ーーーside光太ーーー
「いやぁ、やっぱりこの草原って広いよな。なんか歩いた距離以上に歩いている気がする。」
少し向こう側の森が近づいたような気がするが、まだどこまで行っても草、草、草。
体力は大丈夫でも精神的に参りそうだ。
もう祠まで転移したい気分だ。
「そうですね、コータおんぶして下さい。私疲れてもう足が動きません。」
「ラディック、キャロル悲しいお知らせだ。遂に脱落者が出てしまった。この過酷な試練、最初から分かっていたことだが辛いものがあるな。」
「酷いです、コータ!少しくらい、心配のフリでもしてくれていいじゃないですか!」
「元気そうで何よりだ。さっ、先は長いんだから足を止めるなよ。」
なんだ、元気そうじゃないか。
立ち止まって妙ちくりんなことを言いだしたかと思えば、走って追いかけてくるし。
大丈夫というか、有り余った体力があるんだろうな。
「お前、よく不敬罪で牢獄送りにならないな。」
「き、きっとセレスティア様も好きなんだよ!そういうの。」
「キャーロールー?そんな私をぞんざいに扱われて嬉しさを覚える変態みたいに言わないで下さい。コータだからですよ。他の男の人にこんなことやられたら即、断頭台送りですね。」
こっわ!
「セレスティア様、短い間でしたがお世話になりました。あなた様のような素晴らしい方と関わりあえたのは私めの人生の中で最高の出来事でしょう。」
「じょ、冗談ですよ?急にそんな態度を変えないで下さい!さっきから冷たいですよ!」
そんなこと言われなくても分かってるって。
「そうか?じゃあ、きっと先輩方や爺さんなんかが見てるけどおんぶしてやるよ。ほら、ワガママ王女様。」
「うっ、そう言われるとやってもらい難いですね。プランAは延期でしょうか。」
いや、なんのプランなのかも理解したくないのだが、その謎プランいくつあるんだよ⁈
「って、ラディック。気が急くのは分かるけど勝手に一人で行くのは危ないぞ?」
「俺が速いんじゃなくてお前が遅いんだ!俺が独断専行してるみたいに言うな!」
せっかく教えてやったのにキレられてしまった。
「まあいいや。ラディック囮好きみたいだし。でもさっきの初戦闘は中々だったな。正直、二人とももう少し躊躇うと思ったけど勇敢だったな。」
「なっ⁈あ、あのくらい当然だけどな!」
「ゴ、ゴブリンさん達には悪いことをしたけど、倒さないとやられるのは私たちだから…」
やっぱり根本的に考え方が違うんだろうな。俺とこの二人、いや地球人とディファード人では。
先程、魔物の森の前を通った時にゴブリンの小集団と一戦あった。
ラディックは躊躇を見せない凛とした太刀筋で応戦しており、そこに迷いなど一切なかったように思える。
キャロルはゴブリン達の不思議言語(威嚇)で叫び散らすのを前に少々引き腰になったり、詠唱を途中吃らせながらも成功させていたりした。詠唱を吃らせながら成功させる姿に詠唱破棄の素質を感じたのは俺だけか?
と色々と二人の初戦闘に感じるところはあったが、二人とも立派に先に進めていたと思う。
何せ、ゴブリンと出会った瞬間に二人の申し出により俺とティアは手を出していないのだから。
「って、俺は囮を許容したことはないぞ!」
「遠慮するなよ。」
「囮の時が一番活き活きしていらっしゃったかと。」
まああれは、ただ猪突猛進気味に突っ込んでいっただけだと思うけどな。
それを勝手に囮に使っただけで。
「うぐっ。あ、あれはまだ連携とかもよく分からず…その節は本当に申し訳ありませんでした!」
「いえ、私はコータに守ってもらうので気にしていませんよ。」
ラディックの叫びが辺りに轟く中、俺はひとつ思ったことがある。
それは余りにも魔物との遭遇が少ないこと。
後発組が今の俺たちのような状態ならまだ分かる。迷宮も魔力さえあれば無限湧きさせられるとは言っても、その魔力が有限だからな。魔物も時間とともに少なくなる。
しかし、俺たちでさえゴブリンと遭遇した一度を除いてそれ以外で遭遇していないのだ。
街道で襲われることは多くないとはいえ、真横を通って一度だけとは明らかに少ない。
「運が良いというか、悪いというか。」
「あっ、もうそろそろじゃないかな?」
「おー、ラディックの駄弁のおかげで大分近くまで来ていたみたいだな。」
「おい!お前の方が口数多かった気がするぞ!」
「いよいよ試練も中盤戦に突入、というところでしょうか。」
なんだかここまで歩いてるだけだった気もしなくもないが、ここからが本番ということでいいよな。
さあ、どうせいるんだろ?
一気に色々と抱え込ませやがって、容赦してやらないからな。
これで俺よりはるかに強い連中だったら滅茶苦茶滑稽だけどな。
「ここからはさっきまでみたいにはいかないはずだから、いっそう気を引き締めていこう。」
「と、その前に一度休憩を挟みませんと。」
「そうだったな、悪い。じゃあ少しの休憩ののち再出発だ。」
ーーーside黒髪四人ーーー
「なあ、本当にその王女って殺さないといけねぇのか?」
「何?あんた今更情でも湧いたの?」
「一人助けたところで俺たちの手が綺麗になることなんてないことぐらい理解してるだろ?」
時は少し遡り、まだ光太一行が草原を歩いていた頃。
以前、黒髪の三人は会話に耽っていた。
「んなこと分かってる。俺が言いてぇのは、俺を召喚した国の王女もだったが、帝国の皇女も、どこの国も王族、皇族は別嬪揃いだったってことだ。」
「確かにうちの国の皇女様も綺麗だったな。この世界のアベレージは高いとは思うけど、取り分けって感じだよな。」
「そういうこと。アンタ、さっきはあの男の言うことを聞いてればいいとか言っておきながらそんなこと考えてたの?最低ね。」
「男は大体そういう生き物なんだよ!いい女見りゃ、そういう気持ちだって湧き上がってくるに決まってる!なっ?」
「俺に話を振るな。俺は誰彼構わずそんな風に思ったりはしない。」
三人が下世話な話で盛り上がる中、最後の一人の少女が初めて口を開く。
「……来た。」
ニヤッ
少女のか細い声一言を受け、三人は例外なく口を弧型に変形させる。
「アンタ達、あの王女の仲間の勇者の末裔だか、同郷だかは知らないけど、黒髪の男には気をつけなよ。うちのボスの作戦を悉く破っているのはアイツだからね。」
「特製の毒が効かなかったからってそんなに警戒するなよ、みっともない。」
「お前の使い捨てだって倒されてたじゃないか。今度は俺の番だ。」
「………。」
光太一行が森の前で小休止を始めるその瞬間の出来事だった。




