試練直前
「じゃ、また後でな。」
「ん。コータもクオ様も頑張って。」
「絶対勝ちなさいよね!あっ、でもこれはデートに行きたいからとかじゃなくて、その…頑張りなさい!」
「ほどほどに頑張るんだよ。」
あ、そういやクオはどうするのだろうか?
勝つのだろうか、負けるのだろうか。
そんなことを考えながらリルとレティに送り出される。
本当は一緒に宿を出て別行動になるはずだったのだが、試練は何も戦闘だけではない。移動したりなんやかんや全てが試練なのだ。
というわけで朝が早かった。七時までには教室に待機と言われたのだ。
何が、というわけでなのかは俺自身も分からないが、昨日は早く寝ましたとも。
いつもの日課も一時間ほど早く行えるほどには早かったな。
「でもよく考えれば人族側が試練の評価ポイントとして見るのは竜族との戦闘前までなんだよな。」
「もし何かあっても評価という監視が付いているから安心なんだよ。」
これは爺さんにも言っておかないといけないか。
祠でのあれこれは記憶操作が行われるらしいので、人族側が評価できるのはその前までになる。
まあ、俺達が襲われた後なら爺さんに飛んできてもらって結構だ。というかこないと許さないまである。
俺が行いたいのは逃さないことであって、俺一人で相手をしたいなんてどこかの戦闘狂みたいなことは言ってない。
どうせ、試練中の行軍は空間魔法で見ている的なことを言っていたので爺さんががっつり関わっているはずだ。
「でも、多分だけど爺さんもいろいろ対策してるだろうな。干渉されないための。」
「それは断言してもいいと思うんだよ。姑息そうだもん。」
それは…
少し爺さんに同情してしまうな。
「それはそうと、クオは勝ち負けはどうするんだ?」
「負けるに決まってるんだよ。今の状態じゃなかったら負けられないけど、力を制限してる今なら負けられるからね。クオには勝って目立つ理由がないもん。」
「負けられない?」
そりゃ何も知らない人が聞いたら、何この自信過剰な奴は。ってなる発言だな。
いくらこれだけの美少女でも顔に全て持っていかれた系美少女だ。
でも事情を知っている俺は一蹴りできない。
クオであればこそあり得る話だ。
「コータとメーティスを例外としてクオは負けることができないんだよ。コータが思っているより何倍も、最適化のスキルは強すぎるからね。でもこの使い方ができるのはクオだからなんだよ。コータにはできないかな。」
「使い方?」
「うん。世界に最適化する創造神たる力。創造神のクオだけに許された根本的に弱体化させる使用法だよ。」
つまり、前に言っていた世界の容量の話だろう。
メーティスの定義する世界において、それはメーティスが完全支配できるだけの容量の間で創られている。
そしてクオはその容量の中で創造されたものすべてを司る創造神。
最適化とは本来、世界に最適化する力だ。
必要なものを取り入れ、要らないものを排除する最適化。世界そのものと言ってもいいクオが必要ないと感じれば最適化される。
つまり、クオは相手のステータスやスキルさえも最適化で操れるのだろう。
俺が出来ないは理由は、世界そのものでもなく、何も司っていないただの神人族だからだろう。
「コータとメーティスは例外だけどね。コータは世界の外側の存在だから操れないし、メーティスも同じだけどクオより明らかに強いからね。」
世界の外側、か。
いや、今はまだ早いだろう。
そこに踏み込めるほど俺は成長していないのは明白だし、知ろうとするのも烏滸がましいのだろうな。
それに何より、今目の前の問題すら解決できていないんだ。
次から次に抱え込みすぎである。
自分で言うなと自分自身に思うけどな。
「諸君!今日はいよいよ試練の日なのじゃ!昨日挑戦した若人諸君は実に良い輝きを放っておったのじゃ!………」
あ、長いなこれ。
さっき話した時に短く端的に纏めて要点だけ話せって脅し…丁寧に頼んでおけばよかった。
この失敗を教訓として次に活かせばいいか。忘れてそうだけど。
さっき話したこととは勿論、襲撃者に対してのことだ。
俺の中ではほぼ確実だと思っているが、爺さんは最後まで渋ってくれた。
わざわざ危険を犯さなくとも、どんな小魚でも掬い上げるほど網目の細かい網のごとく結界を張ってあるので敵を感知し損ねることもないし、捕らえられないこともないと言われた。
爺さんが心配しているのは分かったが何を言ってもその一点張りなので、妥協案としてもしその監視網を突破して俺たちのところに現れたら必ず俺が三人を守るからさっさと来いと言っておいた。
キャロルとラディックには爺さんからの助言言うのは控えておいた。
まだ魔物とでさえ実戦経験のない二人に、この緊張に揉まれた状態の二人にこの話をすればどうなるか分からないと。
だから、巻き込むけど手は出させないので許してほしい。
もしご立腹な様子なら今度何かご馳走しよう。爺さんのおごりで。
「……昔の勇者も言っているのじゃ!帰るまでがなんとやらとのぅ。どれだけの大業を成したとしても死してしまえば同じこと。どれだけ醜くとも生きながらえることじゃ!さすれば必ず光明は見えてくる!以上じゃ。」
違う。遠足と一緒にするな!
この命がけの遠足はおやつ何円までですか?ってな。
あっ、違ったな。装備のおやつは何円までですか?片刃剣はおやつに入りますか?だな。
この瞬間こんなアホなこと考えてるのは俺だけ…うん、俺だけだろうな。
あくびをしていた黒髪美少女が見えたけど見間違いに違いない。
「続いて、改めて試練の手順をルロイ先生にお話ししていただきます。」
「はい。ではあまり時間を取るわけにもいかないので手短に。」
それは爺さんへの当てつけですか?そうですよね?
「まず、この場が終わり次第全員で町の門の外へと移動します。そこから五から六パーティ毎に試練の森の奥、竜王山脈の麓にある祠を目指してもらいます。これを午前と午後に二回ずつ行います。」
改めてというか俺は聞いたことなかったけど、伝統すぎて当たり前のことなのだろう。
「午前も午後も変わりませんが、後発組の出立は前発組が全て祠に辿り着くか途中で続行不可能になった時点でになります。祠での戦闘の後は向こうに空間魔法使いがいます。その人が出発地点へのゲートを開いてくれますので声をかけてください。何か質問はございますか?」
「どのタイミングで始めるかは選べるんですか?」
「いえ、こちらで既に決めてあります。すみません、もう一つ。試練の最中、もし別のパーティと出くわした場合ですが。過剰な何かがなければ何をしても問題ありません。これはそういう向き不向きを知るための場ですので。」
ふーん。気に入らない奴の妨害もあり、または共闘もあり。ということか。
過剰になりすぎない程度にという注釈が辛うじてついてはいるが、その度合いが示されていないところを見るにかなり緩いな。
冒険者同士でのいざこざを想定しているのかもしれないがそこを忠実にしてくるのか。
いや、そこを厳しくしてしまえば、試練の意義を狭めてしまいかねないのかもしれないな。
「しかしそうなると…」
これは敵にとって都合のいい場だな。
多少の妨害がどの程度か分からないのだ。もし、学園内に、今回の試練受験者の中に敵の間者がいた場合、そいつらが主犯とならなくても手引きするのが容易になってしまっている。
これは爺さんの自信が過剰ではなかったのか、俺の作戦とも言えない作戦が実行されることになるのか。
どちらに転ぶか微妙だな。
「では町の門の外まで移動します!移動中あまり騒ぎすぎないようにした下さい!」
そうそう。こういう時にふざけて迷惑かけるやつって必ずいるよな。
俺たちは全員連れ立って門を目指し歩き始めた。
「よしっ。」
色々な重圧から硬くなる体に喝を入れるよう短く気合を入れる。
さあ、いよいよだ。




