ながらや飲酒には気をつけよう
「そこ!」
「アグゥッ!」
「スキルに頼りっぱなしでは一定のラインから敵わなくなるぞ!」
そうだろうな。
魔物相手ならまだ大丈夫だろうが、スキル補正ありきの戦い方なんて、相手もほとんどの場合同じスキルを持っているのだから通用しなくなるのは当たり前だ。
しかし、剣の稽古相手なんていなかったわけで、いつも素振りの俺には今のこの状況はありがたい限りだな。
朝からボロボロにされているわけだが。
「はい!」
「よし、次だ!」
その後も、剣の柄頭で、鍔で、腹で、時折掠る程度の斬撃も織り交ぜられながら実戦さながらの稽古は続いた。
「これくらいにしておこうか。明日は試練だからな。あんまりやり過ぎてティアに何か言われては私が立ち直れないからな。」
「今日はありがとうございました。また一つ明日の勝ちへ繋げられそうです。」
「それはよかった。私程度の指導でどうこうなるほど試練は甘くはないと思うが、そう言ってもらえて嬉しいぞ。」
カレン様はすごく強かった。
それは今の俺の姿を見ればわかると思うのだが、でもそうなのだ。
カレン様は試練に臨み、勝ちという結果を持ち帰っていない。
カレン様の今の力がここ二、三年で付けられたものだと仮定するならば試練とは無関係な話だが、下地はもっと昔から付けてこられたことだろう。
まあ、カレン様が自虐的に言うからこう言う風に考えてしまったわけなんだが、当初は勝てずとも今の力なら勝てる可能性は十分にあると思う。
お前は何目線で話しているのかって話だが、そんなカレン様に指導してもらえたのだから明日に活かせないわけがないのだ。
「いえ、改めて認識しました。力のゴリ押しは魔物相手になら通用するのでしょうが、人相手だとどうしても経験や知識、技術に左右されると言うことが。」
「その通りなんだが、お前いつのまにそんな綺麗な身なりになったんだ?数秒前までボロボロだったろうに。」
「ああ、魔法ですよ。本当に便利ですよねぇ、魔法。」
車に一度乗るともう車なしの生活は考えられないと言うように、スマホの便利さを知ってしまえばスマホのない生活は考えられないと言うように、また魔法も同じなのだろう。
ながら魔法や飲酒魔法には気をつけないとな。
右見て左見て、もう一度右見て魔法をブッパだ。わかったかな、全国のちびっ子よ。
「そ、そうか。魔法に関しては私が教えてもらいたいくらいだな…」
「魔法にはいい師匠が二人もいましたからね。」
「是非会ってみたいものだな。っと、そろそろ朝食の時間だ。私は汗を流してから行くがコウタはどうする?」
「俺も出来ればそうしたいですけどいいんですか?」
「構わないさ。まあ、私も流石に嫁入り前の王女殿下だ。一緒に入ってやることが出来ないことは勘弁してほしいがな。」
そんなこと鼻から期待してません。
「それとも私などではなくティアが良かったか?」
「俺、風呂はゆっくり入りたい派なので。それはそれで嬉しい限りですけど、出来れば一人がいいですね。」
まだ見ぬ王族が利用する浴室はどれほどのものかと思い描くと同時に、不本意ながら俺の愛のこもった手作り小屋から立派な温泉へとジョブチェンジした安らぎの宿の裏庭にある風呂には敵わないのではと思ってしまう。
あれは少々やり過ぎだ。
俺たちがこの町を離れた後は女将さん達に使ってもらおうと思っていたのだが、流石にあれは残していけない。
変に女将さん達を危険に晒してもいけないからな。
「面白くないやつだな。そこはもっとガッツリ行くべきじゃないのか?」
「俺にそんなこと期待されてもですね。」
自分の妹をどうしたいんだ、この人は。
シスコンな一面を垣間見せたりすることも多々あるからな。
それにそんなことを期待されても困る。
いつもクオ達と一緒にいて何も起きない光太さんだぞ?
昨日も昨日で何もなかったわけだし。キスくらいはあったけどさ。
「まあ、いい。男湯はそっちだ。そろそろミラとティアも起きてくるだろうから出来るだけ早く上がってこいよ。」
「分かりました。」
なんか風呂に入れるなら魔法で汚れ落としたりしなければ良かったな。
二度連続で風呂に入るみたいで変な感じだ。
まあそれでも、どんな浴室なのか気になるし、気分的にも風呂に入った方がさっぱりするのではいるんだけどな。
ふぅ。気持ちよかった。
予想通りと言ってはなんだが、やはりクオとレティが作ったあの風呂には敵わなかったな。
だけど大きな風呂で多少ゆっくりできただけで満足である。
「私の方が遅かったみたいだな。ん?どうした?」
「……」
何故かわからない、ということもないんだが、カレン様が話していなくても、ドレスを身にまとっていなくても、王女と感じたのは初めてかもしれない。
まあ、そんなにカレン様のことを知っているわけではないのも起因しているのだろうな。
いつも大雑把な印象を受けるカレン様から、風呂上がりだからか初めて美しいと思えたかもしれない。
失礼な話ではあるんだがこれはカルディナにも言えることで、別の要因が先行しすぎて他の要素がなかなか見えてこないのだ。
今回はその別の要因を美しさが上回った結果起こった奇跡の瞬間ということだな。
「いえ、珍しく美しかったもので。」
「言うじゃないか、コウタ。王女である私に全力で斬りかかってくるだけのことはある。」
あ、つい口が滑ってしまった。
勘違いしないでほしいんですが褒め言葉ですよ?
「今回は許してやるから急ぐぞ。多分、待っているだろうからな。」
「そうでしたね。」
小走り気味に移動を始めるカレン様について行く俺。
ここで逸れてしまうと冗談では済まないので、気持ちくっつく勢いでついて行く。
「そんな喰らい付くようについて来なくてもいいんじゃないか?」
「この迷宮を踏破できる自信がありませんので。」
俺の究極の理想を合わせてもらえば、手の届く範囲に何でもだ。
しかしそれは現実的ではない上に、今はそうもいかない。
なので俺の理想はアパートだったり、ちょっとしたマンションだったりだ。
一軒家だと、ご飯を作るのも、風呂に入るのも、トイレに行くのも自分の部屋から遠く感じてしまいそうだ。
そんな俺にこの王族の別宅は荷が重すぎる。
暮らしていれば慣れてはくるのだろうが、俺がこのサイズの家に住むとしたら所狭しと転移陣が敷き詰められていることだろう。
魔法という超パワーがあるのだから有効活用しないとな。
「ここだ。おはよう、ティア、ミラ。遅くなって悪かった。」
「いえ、私も先程来たばかりですので。」
「カレンお姉様、コータがどこへ行ったのか知りませんか?寝顔を眺めに……間違えました。起こしに行って来たのですが姿がなく、昨日あれから帰ってしまったのでしょうか?」
「コウタなら、ここにいるぞ?」
「おはよう、ティア。おはようございます、ミランダ様。それにしてもクオ達もそうだけど、俺の寝顔を見てどうするんだ?」
俺の寝顔なんて朝から見るものでもないと思う。
「えっ?おはようございます、コータ。えっと、そ、その、違うんですよ?私はコータがまだ寝ていると思って起こしに行っただけなんです!」
「いや、別に疑ってるわけじゃないけど。」
起こすついでにでも眺めようとしていたのなら物好きだと思っただけだ。
「おはようございます、コータさん。それはそうと冷めてしまう前に早く頂きませんか?」
「そうだな。食べながらでも話は出来る。」
たわいもない話で盛り上がる朝食は、昨日の出来事を思い起こさせることはなかった。
ティアが元気になってくれたようで何よりである。
メアリーさんも目覚めたみたいで、病み上がりというのにテキパキと働いていた。
一応、一連の問題はあらかた片付いたみたいだな。




