影さん
「ふぁ〜。よく寝た。さて、と。日課はこなしたいけど、どこか場所借りられるか?」
多分使用人さん達は起きていると思うが、その人達がどこにいるのかも分からないので聞きに行こうにも行けない。
昨日ここまで案内してもらった時に綺麗に花が咲き誇る空間が広がる中庭は窓越しに目にはしたが、あそこで剣を振るのはどう考えても間違っているよな。
「まあ、でも。ぶらぶらしてたら誰かに出会うだろ。」
そんな考えで人のうちを勝手にお散歩することにした。
お散歩といってしまうほどの広さがあるわけなんだが、その中から人を見つけるのに苦労をすることもないだろう。
だって王家所有の建物で、尚且つ今は王女殿下が三人もいらっしゃるわけだ。
俺の勝手な想像では百人単位の人がいておかしくない場所だからな。
ガチャ
「まずはどっちにいってみようか。ん?あ、影さんおはようございます。今日はメイドさんなんですね。」
「へ?おはようございます?……か、影とは何のことでしょうか?客人もおかしなことを言いますね…」
ドアを開けるとちょうどメイドさんが俺の目の前を通り過ぎるところだった。
いや、俺も顔見てないから核心には至ってなかったんだけどこの反応はなぁ。
それに昨日感じた気配と全く同じだし。
あー、別に俺が達人で人の気配が分かる!なんてわけではない。
ただ、カレン様が影と言った瞬間に警戒はしておこうと思って空間把握やらの索敵系を色々と駆使させてもらっただけだ。
影というなら動揺なんて見せてはいけないと思う。
なんてことを考えていると、顔に出ていたのだろうか。
「…カ、カレン様、あとセレスティア様にも秘密にしておいてください、お願いします!だってあんなの耐えられるわけないじゃないですか!卑怯ですよ、客人!」
「え、俺のせいなんですか?昨日は身を削る思いで過去を話したというのに。」
「そうですよ!最強剣士の魔王様は神様になられたのですよね。セレスティア様に真面目に受け取られて…ぷふふ、今思い出しただけでも吹き出してしまいそうですよ。今もカレン様にどう報告しようか迷いながら急いでいるのですよ。」
ウルセェ!
絶対にカレン様にチクってやるからな!
「あっ、じゃあついでにカレン様のところに案内してくれよ。」
「えっ⁈嫌ですよ!リーク厳禁ですからね!」
もう諦めた方がいいんじゃないのか?
まず何で影なのにメイドの仕事をしているのか分からないからな。
「お前たち、廊下のど真ん中で朝っぱらから煩いぞ。まだ寝ているものもいるんだ、静かにしろ。」
「あ、カレン様おはようございます。」
「カ、カレン様⁈おはようございます。さあ、報告もございますのでお部屋の方へ。」
うわぁ。あからさまに遠ざけようとしているな。
王女様に対して侍女がその対応はいいのか?
手首を掴んでこの場を去ろうとしてるし。ビクともしてないけどね。
「おはよう。だが私は今から鍛錬の時間だ。その後聞かせてもらうから待っていろ。」
「そ、そうですよね。では客人、カレン様の迷惑になっても行けません。行きますよ!」
切り替え早いな⁈
カレン様が駄目だと理解したらすぐに標的を俺へと変えてきた。
まあ、別にカレン様を遠ざける必要はないからな。俺を近づけさせないようにすれば済む話でもあるのは確かだ。
「ちょっと、待て。何故そんなに慌てている。それにコウタは何か私に用事があったようだが?」
「いえ、ございません。」
断言しちゃったよ。
何であなたが断言できるのかは不思議で仕方ないが、俺としては用事はあるのでそう言われるのは困る。
「あの、剣を振っても大丈夫な場所をお貸ししていただけないかと。日課なんですけど一日でもやめたら続かなくなりそうで。」
「そうか。私も今訓練場に向かっているところだ。案内しよう。シャル、私に嘘をついた理由を後で聞かせてもらうからな。行くぞ、コウタ。」
「ひっ⁈き、客人、お願いしますよ!」
何でこの人が影なのかと思う。
面白くはあるけどな。
後ろを振り返ることなくスタスタと歩くカレン様の後ろを従者よろしくついて行く。
「コウタ、お前シャルが影だと気付いているな?」
「………」
どうしよう。
チクろうと思ったが、影さん結構美女だったしあんな人から懇願されると決意も揺らぐというか何というか…
しょうもない決意ではあるんだけどな。
「シャルに気を使っているのならその必要はない。私は感心しているのだからな。」
「どういうことですか?」
「シャルの固有スキル【気配遮断】は絶対だ。相手に自分を悟らせない、時に視認すらもさせない隠密行動にうってつけの能力でもある。どういう手を使ったのかは知らないがシャルを見つけたお前は只者ではないということだ。」
最初はそんな固有スキルのことを話してしまっていいのかなんて思ったのだが、これは違うな。
彼女には明らかにもう一つ何かがある。
その気配遮断という固有スキルがどれほどのものかは昨日直接感じたのでわかるが、たしかにどれだけレベルを上げようとも分からない類のものだと思う。
しかし、気配を消そうともそこにいるという事実は変わらないので少しでも動いてしまえば空間把握の魔法で察知できてしまう。
動かなければ見つけることは不可能に近いかもしれないが、彼女が行きている以上無理だと思う。
だが、その上で昨日見つけられなかったのだ。
ということはだ。気配を完全に消す以外にも相手に自分を気取らせない何かがもう一つあるのだと思う。
それが彼女の強みで、そちらを知られなければどうということはないのだろうな。
因みにだが、気配遮断は技能スキルにもある。ただ影さんの固有スキルと比べると天と地ほどの差があるのは言うまでもないだろう。
「違うんですよ。そう言われるのなら話しますけど、……」
昨日俺が影の存在に気づいた経緯を話す。
だって昨日のは本当に俺がすごいのではなく、影さんがポンコツだったせいだからな。
それにこれ以上俺の黒歴史を人に聞かれるのは嫌なんだが、結局報告されるのなら同じことだ。
あの様子の影さんに任せておいては脚色されかねないからな。
「ハハハッ、それはティアらしい。しかしシャルのやつにももう少し気を引き締めるように言っておかなければな 。」
「笑い事じゃないですよ、まったく。」
「しかし転移者か。お、着いたぞ。その力の程、少し私にも見せてはくれないか?」
あ、久々に脳筋パートですか?
まあ、たまにはいいか。この国の軍事二台巨塔の一人がお相手して下さるようだからな。
実戦がどれほどのものか、胸を貸してもらうつもりで挑もう。
きっと、明日の試練に役立つこともあるだろうからな。
そう思いながらゆっくりと剣を正眼に構えた。




