エマの一歩
「なあ、本当まだ食べるのか?」
「ティア一人で回らせたら危ないでしょ?」
違う。俺が言いたいのはそうではなく、いやクオの奴分かって言っているな?
俺が言いたいのは、そのデザートで膨らみきっているはずのお腹にまだ入れるのかと問うているだけだ。
勇者がもたらした文化が所々に見られるわけなんだが、もちろん甘味ばかりを広めているわけではない。
その食材の一部が魔物やこの世界特有のものに変わっていたりするだけで、焼きそば、たこ焼き、焼きトウモロコシにフランクフルトまである。
そんな中で他には目もくれず甘いものを見つけてはそこに飛びついていく。
別に悪いとは言わないが、そろそろ飽きそうなものだしとうに別腹の領域も超えているような気がするのだ。それに大量に買い込んでいたし。
まあ、チュロス的なものが現れたときには流石に俺も手を出したがな。勇者おそるべし。
「ん。それとも疲れた?」
「まだ大丈夫だよ。俺が心配しているのはみんなのお腹の方だ。」
その瞬間、周りにいた人々の顔が驚き一色に染まった。
えー。今のでそんな勘違いしちゃいます?
もうね、そろそろ反応するのに疲れてくるというものだ。
「何言ってるんですか、コータ。まだ私たちのお腹に子はいませんよ?もう、せっかちですね。でもそうですね…強いて言うなら、私は男の子一人と女の子二人」
「ダメよ、ティア。今のコータには諸事情で子供の話は禁句なのよ。」
しっかりと食いついてくるんじゃない!
それにリル!ありがたいがこの状況でそれはあまりよろしくないと…
「おいおい。セレスティア様が将来設計を語られてるぞ。と言うことはまさか…」
「俺、前に見たことがある。セレスティア様とあの男が楽しそうに街を歩いていたぞ。」
「まさかあの歳で隠し子?セレスティア様が可哀想だわ…」
そんな言葉が聞こえてくるわけなんだが、そこのおばさん!あなたの言葉だけは無視できませんね!
隠し子なんていません!と言いたいところだが件の刻印神様はどうなるのかと言われると口を噤むことしか出来ないのが辛い。
「まあ、いいや。でもティア、この後パーティーがあるって話を聞いたけどもちろんティアも参加するんだろ?今食べて大丈夫なのか?」
「うーん、そうですね。コータに一度アーンをしてもらえたら帰ることにします。」
「じゃあクオも!もう一通り買い込んだからこの先一週間のおやつは確保されてるんだよ!」
いやいや!あの量で一週間はないだろ!
一つ一つを大量に買い込めなかったとはいえ、ちょこちょこ色々と買い込んだ量は一ヶ月やそこらじゃ済まないと思うんだが…
「レティとリルもそれでいいか?」
「ん。そろそろ宿に戻らないと準備が間に合わない。」
「わ、私は別にそんなこと言ってないけど…コータがしたいって言うならいいわよ。」
なにアイリみたいなツンデレを発動してるんだ。
レティの謎発言はこの際無視しておく。これ以上話を脱線させるのは良くない。
「じゃあどれにするんだ?」
「私はこれにします。」
「クオはこれー!」
え?これって一人一人違うのを選ぶのか?
てっきり同じものだと思ってたんだが。まあそんなことはどうでもいいか。
一人一人選んだものを買って公園のベンチまで移動する。
こんな中の方に公園なんてあったのか。
表通りの賑わいが遠くの方に聞こえ、ここが何処か特別な場所なのではないか。そんな風に思わせられる程人の気配はない。
「前に見つけたとっておきの場所なんです。さあ、誰からしてもらいますか?」
「ただいまー。」
「おかえりなさい、コータさん。それにクオ達も。」
もう四時過ぎか。
アーンをしたりしてもらったりした後、ティアをまた学園前まで送り届け今に至るわけだが、やっぱり慣れないことをすると疲れるものなんだな。
いや、これは人ごみに疲れたのかもしれないな。
「私達は少し用事がある。コータは少しの間部屋に入ってきたら駄目。」
「何をするんだ?」
「それは秘密だよ。コータをあっと驚かせるんだよ!」
「私は何をするか聞かされてないから答えようがないわね。」
リルも知らないようだ。
じゃあ楽しみにしておこうかな。
「分かったよ。俺は何かして時間潰してるから終わったら声かけてくれ。」
「また後でね!」
さて、急に空白の時間が出来たわけなんだが何をしよう。
正直、ベットに転がってボーッとしておきたい気分ではあるがそうもいかないようなのでそこのテーブルで妥協するかと思う。
そう思いながらついた席でふとエマの顔が目に映った。
なんだかモジモジしているので最初はトイレか?などとアホなことを思ったんだが、俺が空けていた二日の間に店員さんを三人ほど雇ったこの宿で前のようにエマ一人で舞うような接客は必要とされず、なかなか優秀な人たちを雇ったみたいでエマは時折暇そうにしているくらいだ。
今も時間帯もありエマの手は空いている。
そんなエマの状況でトイレくらい普通にいけるはずなので特殊性壁がない限りトイレをわざわざ我慢することもないだろう。
「女将さん、ちょっとエマを借りていいですか?」
「ああ、人の手は足りてるから大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。エマ、少しだけど一緒に見て回らないか?」
「っ⁈はいっ!」
時間があるんだしこのくらいいいだろう。
クオ達も少しくらいなら許してくれるはずだ。
その後、エマが着替えてくるまで少し待ってから宿から出た。
「何から見て回ろうか?」
「えっと、そうだなぁ…」
それから三十分と短い間ではあったが時間の許す限り色々と見て回った。
この後何かあるのか、昼ほどの混み具合はなくこの短い時間でも色々と回れた。
最近難しい顔が多かったエマの素直な笑顔が見られて本当に良かったと思う。さっきエマを誘った俺に心からの賞賛を送りたい気分である。
「もういいのか?」
「はい、あまり長い間空けるわけにもいかないので。誘ってくれてありがとうございます!こんなに楽しかったのは久し振りでした。」
「そっか。楽しんでくれたなら良かったよ。じゃあ、仕事頑張ってな。」
エマが着替えに奥へと消えていったのと入れ替わりに女将さんが声をかけてきた。
「エマを誘ってくれてありがとね。あのかまだ悩んでいるみたいで、今度の試練にも参加するんだけど心配で仕方ないんだよ。いい気晴らしになったみたいだから感謝するよ。」
「エマが試練に?」
「三人も雇ったのはエマを後押しするつもりでだったんだけどね。コータ君に着いて行くには避けられないことなんだって試練に参加するって聞かなかったんだよ。」
そうだったのか。
学園生以外の試練への参加の方法がどうなっているのかわからないが、危険が伴うことには変わりないだろう。
俺はあの時戦闘に参加する必要はないと言ったが、これがエマにとって何かになるのなら、エマ自身で決めたことなのなら、俺がとやかく言うことは出来ない。
「そうなんですね。どうなるかは分かりませんが俺もエマを手放しで応援しますよ。幸い魔法には自信があるので、もしエマが自分で考えた上での行動の下怪我を負ったのなら即座に治してみせますよ。」
「その時はお願いしようかね。エマを今後もよろしく頼むよ。」
そう言い残し女将さんは俺に背を向けた。
エマは途方もない一歩を踏み出そうとしている。
戦闘とはほぼ無縁の生活の中から危険な世界へと飛び出そうとしている。
俺と違いエマには特別な力が与えられたわけでもなく、神というチート存在が手助けしてくれているわけでもない。
一人で今の自分を試そうというのだ。
そんな女の子を前に俺も負けられないと思った。
どんなにみっともなくても約束のために必ず勝つ、そう決意を新たにした。
「あっ、そうそう。クオちゃんがコータ君が帰ってきたら部屋に来るように伝えてって言われてたんだったね。伝えたよ。」
「ありがとうございます。」
もうクオ達の用事とやらも終わっていたみたいだ。
よし、それじゃあ部屋に行くか。あまり待たせても悪いからな。




