アドリブと手紙
「クオは魔王なんだよ?それでも助けてくれるって言うの?」
「ああ。お前が誰だって、他の奴らにどう思われてたって俺にとっては一人の女の子だ。別に女の子だったら誰でもじゃないぞ?クオだから、顔と一緒にいたいと思えたんだ。」
「そんなに言われたら仕方ないなぁ、助けられてあげるよ。でも覚悟しておいてね?クオと一緒にいるってことがどういうことか、どれだけの苦難が待っているかを。」
「どんな苦難でもクオが一緒にいてくれるなら安い買い物だな。」
うちの最高神様は結構魔王設定を気に入ったらしく、何かと魔王をやりたがるのだ。
そして今の設定はというと。
大魔王とその配下七魔王が支配した世界で七魔王の一人であるクオ。クオは、圧政を敷く他の魔王たちに反発する唯一の良魔王でそのため命を狙われている。それを打倒魔王を掲げた勇者である俺が助け、最後には大魔王を共に打ち滅ぼし世界は救われる。
という設定というかプロット、ちょっと違うな。まあそんな感じである。
本当はもう少し詳しく詰められているのだが、少し長くなるのでまとめた次第だ。
それに、もう三巡目なので流石に面倒というかそんな余裕はないのである。
「でもクオにはやらないといけないことがあるんだよ。他の魔王たちと大魔王を倒さなくちゃ。だからそれまで待っててくれる?」
「はぁ、何を言ってるんだよ。ここまで俺に言わせておいて一人で行くなんて出来ると思ってるのか?俺も一緒に行くに決まっている。それに俺は打倒魔王を掲げた勇者だからな、目的は一緒だ。」
「そうだったね。じゃあ、クオと一緒に世界を救おう!」
「はい、次のシーン。」
「じゃんじゃん行くわよー。」
最初はね、何か出来事があってそれから俺が助けてハッピーエンドってすごい短い遊びだったんだよ。
今の現状を見てくれ…
もう夕食なんてとっくに済ませた。もう六時には食べ終わってたね。よし!これで解放される!ってガッツポーズしそうなくらい嬉しかったな。
それがどうだ、いま九時くらいか?あれ、おかしいな。俺は今頃、明日への英気を養うためにゴロゴロ無意味な時間を過ごしているはずじゃ…
「考えが甘かった…夕食くらいで忘れてくれるほど甘くないと決まってたのに…」
「アドリブだね!…そうだね。魔王ドルークは食には目がないって聞いてたけど、魔王と言われるだけはあるってことなのかな。」
「違う!俺が言いたいのはそういうことじゃない!………もう、終わらないか?」
「そう、だね…」
おお!まさか終わってくれるとは!
俺の心からのお願いが通じたんだなぁ。そうだよ、明日もみんなで祭りに繰り出すんだから早めに休まないとな!うんうん。
「じゃ、俺は風呂に」
「でもね、ダメなんだよ。」
「行っ…え?だ、駄目ってどういう…」
俺の心はもう折れそうです…
ぬか喜びをさせるにも程があると思うんだ。
「クオが!クオ達の助けを待ってる人がいるんだよ!ここで終わらせるにはあまりに希望を抱かせすぎてる、どれだけの苦難の連続でも今終わらせることは出来ないんだよ!」
「はぁ⁈」
おいおい…まさか今の一連の流れは続いていたということなのか?
いやいや、俺言ったよな?俺が言いたいのはそうい、うことじゃ、ないって…
ま、まさか。それすらもアドリブだと捉えられたってことなのか…
「あ、今のアドリブは減点だよ。そこではぁ⁈はダメだと思うな。」
「そ、そうだな。ごめん、続きやろうか…」
何故か注意された瞬間、完全に俺の心が折れた気がした。
ああ、早く終わらせる方向にシフトチェンジだな。
このエンドレスゲームを…
このゲームはクオ達が飽きるか眠くなるまで続く悪魔のゲームである。
「ふぅ、習慣として定着してきたってことなのかな。」
まさかいつも通りの時間に眼が覚めるとは思わなかった。
この世界に来て初めて日を跨いだというのにパッチリだ。まあ、それは今の今まで剣を振って体を動かしていたからかもしれないが。
「ねえねえ、お兄さんって剣士なの?朝早くから頑張るね。」
「ん?君こそこんなずっとそこにいるみたいだけど眠くないのか?」
三十分くらい前からだろうか、それくらいからこの可愛らしい顔の男の子はずっと俺の素振りを眺めていた。
横目に入る顔は何が楽しいのかニコニコと笑顔を絶やさずに。
「僕は平気だよ。お父さんが商人だからいつも早いからね。」
「へぇ。でも君が部屋からいなくなってたら心配するんじゃないのか?」
「大丈夫だと思うよ。グロウには商品を卸に来たんだけど昨日済ませてるからね。今日は滞在するからお父さんも昼近くまで寝てるよ。」
なんだろう、この感じ。
何かこの子には気を許してはならないような…
「君、なかなかすごい人たちから加護、いや寵愛かな?授かってるみたいだね。」
「なっ⁈俺のステータスが見えてるのか⁈お前何者だ!」
「ははっ、なかなか素早い動きだね。でも残念ながら僕には君のステータスは見えてないんだよね、なんでかな?」
一蹴りで距離を開け、手に持つ剣を牽制するように中段に構える。
ただの子供じゃない。俺も遊び半分でしか使わないからレベルが上がっていない鑑定を発動するが全く読めない。
神眼を発動しようにもこんなところで神化なんてできようはずもないからな。
「でも、僕には分かる。君から感じるその力、僕たちが与えるものと同じだ。それも二つ、三つかな、強い力を感じる。僕なんかじゃとても及ばないくらいの。」
「同じ?まさかお前…神、なのか?」
恐る恐ると言った感じに問う。
こんな偶発的に神に会うことなんてあるのか?いやいや、まさかな。
「それはどうだろうね。まあ、バレてるだろうけど。でも勘違いしないで欲しいけど、僕に戦う意思なんてないから。偶然目に入って観に来たら、面白そうな子だったからつい観続けてしまっただけで。」
「ちょっと信じるには悪い材料がいくつかあるからな。」
俺の中で曖昧な基準が、邪竜以来の明確な脅威だと判断している。
俺ではまだ勝てない、そう訴えかけてくる。
敵かどうかは定かではない。だけど久し振りの格上は俺に焦ることを思い出させた。
「何の用?マカ。」
「おや、これはこれはレティス様。こんなところでお会いするなんて稀有なこともありますね。それに数える程しか会ったことがないのに名前を覚えていただけているとは光栄です。」
宿の中に通ずる扉からクオとレティが現れた。
マカ?この謎の男の子、いや神、なんだろうな。この子の名前だろう。
二人が現れたことがそれを裏付けているようなものだ。
「誰かな、この子。レティの知り合い?」
「金を司る下級神のマカ。クオ様も会ったことあるはず。」
「あ、時々カマスと一緒に名前が上がってくるあの!そういえば前に注意したことがあったね。あまりクオに迷惑かけないでよね。みんなクオに相談してきて困るんだよ。」
カマスって商業神だったよな。
金と商い、切っても切れない縁ってわけか。
「ま、まさかクオリティア様までいらっしゃるとは…君、何者なのかな?」
「お前、知らないで俺に声かけてたのか?」
「君の名前すら知らないのにクオリティア様やレティス様との関係なんて分かるはずないじゃないか。僕は本当に偶々目に入った面白い光景に飛びついただけさ。」
「じゃあ、こんなところで何してるの?神界で会うならともかく下界で会うなんて何通り世界があると思ってるのかな。」
クオも疑ってるようだ。
というか、クオは商業神に強い懐疑心というか信用性の無さというか、若干イラついている節もあるので、その関係から派生して疑っているような気もする。
「カ、カマスに品卸を頼まれまして。カマスってどの世界でも大なり小なり商会を立ち上げていますから。ディファードのは特段大きいので僕も在籍させてもらってるんですけど、時々カマスの手の回らないときは僕に頼んでくるんですよ。」
「疑わしいけど、問い詰めるのも面倒だから信じてあげるんだよ。でも、コータに危害を加えたら許さないからね?」
「その時は消える覚悟をするといい。」
まあ、今のは明らかに無理があるからな。
大きな商会を立ち上げてるなら、わざわざ神であるマカに頼まなくても商会の現地人を動かせばいい話なわけだし。
「わ、分かりました…では僕は忙しいのでこれで。あ、そうだ。はい、これ!じゃあね!」
「どわっ!なんだよ、急に…手紙?」
別れの言葉を最後に去っていくのかと思いきや、最後に手紙のようなものを俺に押し付けて転移して去っていった。
あいつ、こんなものを押し付けてくるってことは本当の用事はこれでさっきのは嘘だったな?
ともかく、えーっとなになに?
「もうお父さんと呼ぶのは止めることにしました。まだ会ったことはないけど、コウタって呼ばせてもらいます。それと早く名前を付けてもらえると嬉しいです。あのコランダムタートルには結構嫉妬しているんですよ?愛称だって立派に嫉妬の対象ですから。だって。」
「誰?」
放置していた問題がついにやってきたみたいだ。
無理だ。今それに対応できるほどの余力があるように見えるか?皆無だろう。
いつ変わったのか…なぜ気がつかなかったのか…
ステータス欄の【刻印神の嫉妬】を見て思う。
そこは、つい先日まで〇〇があった場所だった。




