閑話 亡国の王子と要塞亀
昨日の話でアルゴスの語った物語です。
昔々あるところに一人の少年とその仲間たちがいました。
その少年は亡国の王子で、祖国復興を心から望んでいました。
仲間たちは元貴族、商人、農民と様々でしたが、みなその気持ちは同じで、身分など関係なく強い絆で結ばれていました。
しかし、気持ちだけではどうにもならないこともあります。
彼等には拠点となる場所も、敵は立ち向かう武器もなかったのです。
彼等の祖国である王国は、とある帝国の突然の進行により全てを奪われてしまいました。
権威も、土地も、民さえも全て。
「僕はどうしたらいいんだ。民を見捨てた僕に何が出来ると…」
「殿下!王国を救えるのはあなたしかいないのです!殿下は見捨てたのではなく、救国のために命を無駄にしなかった。それを証明しましょう!」
「王国民はあなたが王となり、国を再興することを願っています!もちろん私たちもです!」
自分が逃げ出したと考え失意していた王子には心強い臣下達がいました。
臣下達の言葉に心揺さぶられた王子は妥当帝国を掲げ、再び王国を繁栄させることを誓うのでした。
それからひと月程が過ぎ、王子達は旧王国内で暗躍しながら義勇軍を募っていました。
元王国騎士団員や兵士、中には勇敢な村人まで様々な人々が集まり士気は高まる一方です。
「帝国の奴ら、二度と故郷の土を踏めると思うなよ!」
「ここは俺たちの国だ!野蛮な帝国民なんかが居座っていいところじゃねぇ!」
しかし、王国は帝国に敗れているのです。
万全の体制で挑んだにもかかわらず敗れたのですから、その多くが戦闘訓練を受けていない平民である義勇軍が真っ向から挑んで勝てる道理はありません。
「何か勝つ方法はないものか。頭さえ打つことができれば…」
「まだ我々では本陣の奥まで突破は出来ません、どうすればいいのでしょう。」
それから三日三晩、王子達はどうすれば勝てるのか考えに考えました。
真正面から、それで勝てる可能性はない。ならばと敵の隙をついての奇襲、帝国の本陣は周りを隙なく囲んでいるのでそれも難しい。空から、見晴らしのいい平原に陣を置いている帝国軍からしてみれば格好の的。
などなど、様々な意見が出ましたがどれも糸口を見出せません。
そんな時、元兵士の男がポツリと呟きました。
「籠城戦でも出来ればまだ勝ち目があるのに…」
と。
たしかに、条件さえ揃えば今の義勇軍でも勝ち目があるかもしれません。
しかし、攻め込まないといけない彼らにとってそれはあまりにも馬鹿げた言葉でした。
「何を言っているんだ、我々は帝国陣に攻め込まないといけないんだぞ。籠城戦のように立ち止まっているわけにはいかない。お前も疲れているのだろう、やす」
「いや、ちょっと待って。」
「どうかされましたか、殿下?」
そこにいた誰もが、その言葉を零した男でさえ何を言っているのかと思っていたなか、王子だけは違うことを考えたのです。
「籠城戦、たしかにそれならいけそうだ。僕らにも勝ち目があるかもしれない。」
「殿下もお疲れなのでしょう。また明日」
「まあまあ、まずは話を聞こうよ。」
元騎士の男は王子の自信ありげな笑顔に話を聞くだけならと仕方ないと言いたげに耳を傾けました。
その案で王国が勝利をもぎ取るとは思いもせずに。
それから十日ほど過ぎた頃、王子達義勇軍の姿は帝国軍の本陣のすぐ側にある五十メートルほどの岩山の上にありました。
帝国兵は昨日までなかったその岩山にしどろもどろすることになります。
戦場ではそんな岩山程度珍しいことでもありません。
高名な魔法使いであれば簡単に作ってしまうからです。
しかし王子達がいる場所には、無骨ながらも堅牢そうな要塞と呼べるものが建っていたのです。
「き、昨日まであんなものなかったぞ⁈」
「一夜で作り上げただと⁈魔法であれば可能かもしれないが…それでも魔法使いが誰も気づかないなんて。」
本当にごく一部の魔法使いであれば、この要塞を一夜で作り上げることも可能でしょう。
しかし、そんな魔法使いが王子に手を貸していたとしても、その大きな魔法に帝国側の魔法使いが気づかないはずがないのでした。
「よしよし、驚いてくれてるみたいでよかったよ。これで第一段階の隙を作るは成功かな。」
「まさかここまで上手くいくとは思いませんでした。」
「さあ、作戦の第二段階だ!前進だ、ロックタートル!本陣の奥まで止まらずに進め!」
ズゥゥウン
その王子の勇ましい言葉とともに要塞は浮き上がり、ゆっくりと動き始めました。
ドンッ、ドンッ、ドンッ
要塞、ロックタートルが歩くたびに体の奥まで響く重い音と振動が辺りに轟き、輪を掛けて帝国兵の動きを鈍らせます。
帝国軍は動けなくなる者、我先にと逃げ出す者、勇敢にも一人立ち向かうもあまりの堅牢さに返り討ちにあう者と瓦解の一途を辿りました。
もちろん王子達もただ見ているわけではなく、ロックタートルが稼いだ時間に、魔法が使える者は出来るだけ大きな魔法を、魔法に期待できない者は弓矢での攻撃を中心に投石や投槍などで攻撃を加えました。
「あの時は何を仰られるのかと内心思いましたが、話を聞いて驚いたのを今も鮮明に覚えています。殿下ならではの作戦ですね。」
「僕も召喚魔法を鍛えておいてよかったよ。これほどのロックタートルをテイムする日が来るとは思わなかったけど、お父様に感謝しないとね。」
王族ということもあり、レベルもかなりのものであった王子には生まれ持った一つのスキルがありました。
それは召喚魔法。テイマした魔物や契約した精霊を呼び寄せることができる魔法でした。
王子が思いついた作戦は、
「籠城戦で勝てるのなら籠城戦をすればいいと思うんだ。だけどそれには足りないものが二つある、一つは籠城するための建物。これは何日か掛ければなんとかなるんだけど、問題は二つ目。僕たちは攻め込まなくちゃいけない。」
「そうです、だから無理だと」
「それが無理なんかじゃないんだ、籠城する建物が動いてさえくれればね。」
「なっ⁈まさか王子はあれをテイムなさるおつもりなのですか⁈」
「察しのいい部下を持つと楽で助かるよ。」
元来ロックタートルとは、人が挑もうと思えば歴戦の猛者でも命懸けになるような魔物です。
それをテイムしようというのは、命がいくつあっても足りないようなものでした。
しかし他の案が出ることもなく、時間のない彼らは次の日には準備を済ませ出来るだけ大きなロックタートルをテイムしに精鋭のみで向かいました。
いたずらに兵を消耗させるわけにはいかなかったのです。
十日という時間は、帝国と戦うのに全ての準備が整うまでの最低限必要だった時間でした。
「さあ、最後まで気を抜かずに!王国の未来は僕たちにかかっている!」
「「「はい!」」」
それから一度崩れ去った帝国軍は立て直すこともできず、義勇軍の勢いもあり、悠々と総指揮官であった将軍の下まで王子達の進行を許してしまうのでした。
その後も帝国軍は王子達を止めることは出来ず王子は将軍の首を取り、それを見た帝国兵は我先にと逃げ出すことになったのです。
「我々の勝利だ!僕、いや俺は王として!新テイム王国の建国を宣言する!」
「「「おぉーっ!!!」」」
王子は王として目的を果たし、この時支えてくれた義勇軍を新たなる王国の臣下として迎えました。
こうして王国は平和を取り戻したのです。
この時敗走した帝国兵は口々にこう語ったと言います。
「あれはロックタートルなんて生易しい名前は似合わねぇ。あいつは要塞亀だ!」




