クリフの受難
今回は最初から最後までクリフ視点です。
「なるほど、あれが件の巨人だね。これはまた、勝てるかどうか微妙だね。」
こうは言ったけど、正直望み薄だろうね。
見ただけで分かる。今までの経験からあれは挑むことすら許されない類の生き物だね。
まだ駆け出しの頃に見た神獣の時の感じに似てるかな。僕程度じゃ傷をつけられるかどうか。
「悪い予感が的中したね。」
「はい、あの魔物は何か異常なものを感じます。」
「あれは魔物なんかじゃないよ。精霊だね、それも高位の。」
はぁ、これは誰か一人でもギルドに情報を持って帰れれば御の字かな。
「こ、高位精霊…あれが。」
「みんな聞いてくれ。正直、これから死地に向かうようなものだからここで引き返しても誰も咎めないよ。あれと戦おうと思ったら確実に死者が出るからね。何事も命あっての物種だ。」
ギルドからの応援が来てもそこまで期待できるかどうか。
「ギルドマスターと賢者様が来ても五分、それ以外が来ても今のグロウの戦力じゃ悪いけど邪魔にしかならないと思う。それぐらい危険な相手だ。でも、だからこそ少しの情報でも持ち帰らないといけない。」
「クリフさんはあれが恐ろしくないんですか?」
「そんなの恐ろしいに決まっているよ。僕なんかではきっと相手にもならないだろう。多分、腕の一振りでやられてしまうかな。そんな相手に挑むのに怖くないはずがないじゃないか。」
出来ることなら逃げ帰りたい、今すぐ町に帰りたいね。
でも、
「じゃあ、なんで…」
「そうだね。迷宮都市組は知らないかもしれないけど、最近まで僕には冒険者仲間なんてほとんどいなかったんだ。」
それに比例するように親しい人もほとんどいなかった。
色々と話しかけてくれる人もいるんだけどね。僕の肩書き目当ての人ばかりだった。
中には本気で応援してくれるファンの子とかもいたりはしたんだけどね。
「でもね、最近ある冒険者のお陰でみんなと仲良くなることができたんだ。結構親しい人も増えて来たんだよね。君達にはあの町にそんな人はいないかな?」
「グロウには家族が…」
「マリー…」
グロウは良くも悪くも学生の町だからね。
この国の人間なら知り合いがいない人の方が少ないんじゃないかな。
迷宮都市組もグロウに少なからず知り合いがいるようだね。
「ここにくるまで魔物が少なかったのも恐らくあの精霊の仕業だよ。魔物を刈り尽くしてしまうような好戦的な奴がいつグロウに攻め込んでもおかしくないと僕は思うんだ。」
今日はキュクロプスのような魔物でさえあまり見なかった。
オークなんかの食べられる魔物だけならまだしも、キュクロプスのような精霊が倒しても意味のない魔物までいなくなっている。
魔物は再び生み出されてくるはずなのにこの異常なまでの少なさ。
あの精霊は極めて危険な存在のように思えてならないのだ。
「だから僕はグロウを、ひいてはそこに住む人々を守りたいんだよ。だから僕は少しでも役に立つ情報を届けるために戦おうと思うけど君達はどうかな?」
「クリフさん、俺にも手伝わせてください!臨時とはいえパーティを組ませてもらってるんですからこんな所で自分だけ逃げてなんてられません!」
「私も!町には弟と妹がいるんです!私だけ逃げたなんて知られたら弟たちに幻滅されますから!」
「「俺も!」」「「私も!」」
みんな勇気があるんだね。
だけど、
「少し静かにしようか。まだ距離があるとはいえ気づかれたらいけないからね。」
「「「す、すみません…」」」
「いいよ、いいよ。僕はみんなが一緒に戦ってくれて嬉しい。」
緊急用の魔法道具でギルドマスターに昨日のうちに最悪の可能性を伝えてはあるけど援軍は期待できないからね。
いくら賢者様の空間魔法でも知らない場所には転移できない。この森は迷宮だからしょっちゅう様相を変えるんだよね。
魔法道具も高価だから一つしか持ってなかったことが悔やまれるね。空間魔法の通信用魔法道具なんて僕程度の貯金じゃ二つも買えないよ。
その時に、
「その場合、最悪情報だけは届けられるように努力します。」
「分かった。くれぐれも死ぬんじゃないぞ。お前を死なせたら俺の命まで危ないからな。系統だけでもわかれば俺とエド爺でなんとかしてやる、だから必ず生きて帰ってこい!」
ギルドマスターからはそう言われたけど、そんな無理難題を押し付けられても困っちゃうよね。
でも、生きて帰れるよう最大限もがくつもりではいるよ。
「さあ、自分の守りたいものの為に作戦会議を始めようか。」
ーーーーーー
「じゃあこの作戦で行こうと思うけど、他に意見はないかな?」
「「「はい。」」」
「よし、もう敵には気づかれていると思った方がいい。準備はいいかな?」
作戦はあってないような作戦だけど、ないよりはマシだ。
あれだけの目があって死角がないのなら、常に全方位から攻撃を加えればいい。
前衛が抑えて、後衛が交互に弾幕を張り続ける。
魔力ポーションも湯水のごとく使わないと勝とうと思うことすら烏滸がましい相手だ。
元々、要塞亀を相手にする予定だったから消耗品は取り揃えてある。
後は僕たちの魔法が高位精霊相手に届くかどうかだね。
「行こう!」
まずは僕たち前衛が持ち堪えない事には今回の作戦は成り立たないからね。
絶対に後ろには通さない!
「止まって。よし、君たちは魔法の準備を、準備が出来次第交互に隙間なく、だ。いいね?」
「「「はい!」」」
小さく、けれど強い意志のこもったいい声だ。
「僕たち前衛はその間、絶対に彼らを死守するよ!」
あいつはまず間違いなく僕らがいることに、僕らが攻撃しようとしていることに気がついている。
それなのに向こうからは攻撃してこようとしない。
どういうことかな?僕らなんて取るに足らないということかな?
「「…サンダーストーム』!!!」」
「「…アイシクルレイン』!!!」」
「…ペネトレイトレイ』!!!」
ドゴーン!!!ドガガガガガ
まず後衛第一陣、そして間を空けずに
「「…ファイアストーム』!!!」」
「「…グランドストーム』!!!」」
ドゴーン!!!ドガーン!!!
そしてまた、
「「…サンダーストーム』!!!」」
「「…アイシクルレイン』!!!」」
「…ペネトレイトレイ』!!!」
おかしい、これだけ攻撃を重ねても何の反応もないなんて。
もし、万に一つの可能性として今の魔法だけで倒しきっていたとしても悲鳴一つないなんてのはおかしすぎる。
「一旦攻撃中止!何かがおかしい!」
「どうかしましたか、クリフさん。」
ドゴーン!!!
用意されていた魔法は放たれ辺りにはより一層土煙が立ち込める。
ブォォォン!
「うわっ、なんだこの風っ⁈」
すると突然、突風とともに土煙が晴れていく。
そこにあったのは、五メートル、いや六メートルはあった巨人をゆうに隠してしまう程に巨大でとても堅牢そうな土壁一枚のみであった。
「おい!誰か知らないけど朝早くから攻撃してくるなんて何考えてるんだよ!人が寝てるところにボコスカボコスカと、親の顔が見てみたいわっ!」
「なっ⁈高位精霊とは予想していましたが本当に話していますよ⁈」
「そうだね、これは本当にヤバイ状況だ。」
なんてったって僕たちの全身全霊の攻撃はあの土壁が受け止めていたはずだ。
なのに傷ひとつ付いていないのだから。
「そいつらはきっと冒険者なんだぞ。知り合いじゃないのか?」
「いきなり上位属性魔法かましてくるような非常識な知り合いなんていないな。それに俺まだ新人冒険者だし、色々あって知り合い少ないし!ああ、泣けるな。」
一体どういうことかな?二人いる?
「クリフさん、巨人の他に誰かいるように思えるのですが。」
「僕も同じことを考えてたところだよ。またおかしな展開になってきたね。」
ああ、なんでこんなに次から次に色々と起こるんだろうね。
「まあ、いいや。人が気持ちよく寝ているところに爆音アラームかましてくるやつにはちょっとキツイお仕置きが必要だよな!主に俺のイライラ解消のために!」
「何かくる!各自攻撃に備えて!」
僕たちの攻撃を全て防いでくるような防御力を、今度は攻撃に回されたらどんな威力になるのか想像できない。
覚悟を決めないといけないようだね。
「仕方ない!『しゅ」
「遅い!複合魔法『嫌がらせ10連発』!」
僕がスキルを発動させるよりも先に突然現れた何者かの魔法が発動した。
詠唱していた様子も魔法陣も見当たらないし、まさかこれは無詠唱⁈
だとしたらどこまで…
僕が密かに冷や汗を流していることなんて知る由も無いのだろう。
僕らの足元がその魔法によってまるで底なし沼のようなもがけばもがくほど嵌っていく泥土へと変わる。
僕らの動きを奪いにきているようだけど甘いね。
動けば逆に嵌っていくことくらい理解でき
「アハハハハハッ!やめて、やめてくれ!イヒッ、う、埋まるから!」
「イタッ、何よこれ⁈イタタッ、もう!あ、足が、イタイッ」
「なんだ虫か⁈うるさい!お前みたいなのに構ってる暇はないんだよ!あっちいけ!うおわっ」
ドンッ
そういうことか。
この不完全な足止めの魔法はそういうことなのか。
操作性の高い水を鞭のようにして相手をくすぐったり、細かな棘でちょっとした痛みを与えて身を捩らせたり、まるで羽虫が耳元を飛び回るような音を出すことで身体を動かさせたり。
多種多様な嫌がらせで、本来なら高レベル冒険者なら苦にもならないような魔法を、地味な魔法を合わせることで巧みに嵌めていっている。
完全に遊ばれてるね。
「思い知ったか!これが寝ているところを無理やり起こされた光太様の恨みの魔法だ!これに懲りたら今後俺を怒らせるのは止めることだな!」
「おいはコウタがすごく小さく見えるんだぞ。」
「うるさい!アルゴスが大きいだけだろ!」
「そういうこと言ってるんじゃないんだぞ。」
ん?コータと聞こえたけど気のせいかな?
それにアルゴスが大きいということは巨人の方がアルゴスということなのでは?
だとしたら未だ姿のわからない乱入者の名前がコータということになる。
そういえば声も似ているような…
「さあさあ、俺に嫌がらせしてくれた連中の顔を拝むといたしますか!次また俺に何かしたら今回の二倍じゃ済まな…お前クリフだよな?なんでこんなところにいるんだ?」
「き、君はコ、コータ!なぜ君がこんなところに!」
壁の脇からひょこっと現れたのは、僕がここにいる根本的な原因でもある新人冒険者、その人物に他ならなかった。
魔力ポーションはその名の通り、飲めば魔力を一定回復するポーション。
この世界に来た最初の頃、光太が魔力切れのときにクオがこれを渡さなかったのは単に自分が殆ど使わないので忘れていたから。
最強であるが故の盲点!
因みに光太は雑貨屋で見たことがあったりするのですでに知っています。




