溢涙魔法と鼠の子算用
「さっきルロイ先生の話聞いてて思ったんだけど、試練って銘打ってるのに教師とか先輩とかついてきたら意味なくないか?」
「ん。それだけで安心感がでる。」
だよな。試練の根本的な部分に関わるんじゃないだろうか?
この試練は将来自分がどう進むかの指針的な意味合いが強いと聞く。
伝え聞くだけでもその異様なまでの大きさには恐れを抱くものもいるだろう。そんな俺たちの年齢からしたらその大半が絶対的強者足り得る生物を前にどう対応できるのか。
伝統という以前にこういう試練なのだ。
死ぬことはない、怪我はあり得るかもしれないが重傷を負うことはない、これを分かっていても尚あの威風堂々とした強者は恐れを抱かせる。
そこに先輩はともかくとして、教師がいるというのはかなりの安心感を抱かせると思う。
別に先輩が弱いとか言っているわけではなく、やはり一部を除けば学生と教師との差は歴然なのだ。グリター先輩とかね。
「それはね、ついてはいかないし、よほどのことがない限り手は出さないから心配いらないかな。」
「わざわざ含みをもたせた言い方をするな。時間の無駄だろう。」
「フェリシア、グリター嬉しそうに話している。邪魔してやるな。」
「そ、そんなことないから。」
こりゃフェリシアお姉様の言葉よりヒューゴ先輩の言葉の方が効いてるな。
「ゴホン。話を戻すけど、ついていかないって言うのは魔法で学園から見守るって意味かな。空間魔法とかで俯瞰して見る感じかな。」
「そしてもしもの際に備えてあるものが支給される。私達がパーティに一人ずつついているのは緊急時に即時対応する為だ。」
「そんなことはほとんどないけどね。」
「過去には両腕骨折、左足に大きな裂傷、そこでやっと助けに入ったという実例もある。」
はー、簡単に回復できる世界だからこそだな。
余程のことって本当に余程のことなんだな。そんな実例があるならこのことに関しては心配無用だな。
別の心配ができた気もするが。
「なるほどですね。それはそうと、先輩方は何故ここにいるんですか?」
「何気に酷いよね、コータ君。一緒に昼食くらい許して欲しいな。」
今はグリター先輩の言う通り昼食をとっている。
あの後、平原、森の基本的な探索行動の取り方、休憩の時気をつけるべきことなど色々と教えられた。
そして今、学園内の食堂で昼食をとっているのだが、何故かまだ生徒会三人衆がご滞在中なのだ。ヒューゴ先輩は会長補佐という謎の立ち位置らしいが秘書的な役割だとか。
会長補佐は会長の独断と偏見で決めることができるんだと笑いながらグリターが話してくれた。うん、なるほどね。
「いやー、だってですね。言いたくないですけど、ここのメンツ見てくださいよ。」
俺たちのパーティにクオ、レティ、リル、ラヴィにディアナ、魔侯爵組に生徒会三人衆だ。
まず内容よりも先に人数が多すぎる!
それだけでも目立っているのにメンバーがさらに濃い。ラディックとキャロル、俺とクオ達三人を除いた七人は全員が学年トップ10に入る人材だ。
まあ、ここはクラスメイトである点を考慮してどうとでもなる。しかしだ、そんなところに生徒会長と副会長、謎職が加われば目立っていたのがさらにということになるに決まっている。いや、もうなっている!
「そうだね、変な時期に入学してきて驚きの結果を残した話題の新入生とそれを取り込もうとする生徒会、一年生でも上位に名を連ねる者がほとんどだ。」
「コ、コータ君、わ、私、場違いでしたか?」
因みに、こんな人数多過ぎ!的なことを言ったが女子連中は隣のテーブルでかしましく騒ぎ立てている。
このテーブルにいるのは俺とラディックにキャロル、クレイにパイロ、生徒会三人衆だ。
キャロルはあの中に入りづらかったみたいで俺の隣に座っている。まあ、あの中に入りづらいのは分かる。どれだけの美少女揃いでも慣れない人間があの姦しさの中でご飯を食べるのは至難の技だろう。
それにしてもグリターめ、女の子を悲しませるとは。許せぬ!
「そんなことないぞ。一緒にご飯食べるくらいで、誰がいるとかいないとか関係ないだろ?」
「あれ?さっき僕に言っていたことと違う気が。」
「うるさいですね、先輩。女の子を泣かせておいてその態度はなんですか!」
「え?私泣いてなんか…あれ?どうして?」
キャロルの目から溢れた純水は頬を伝い地を叩く。それはもうボロボロと。
「辛かったよな、悲しかったよな。自分だけ仲間外れのような言い方をされて。」
「おい、それを言うなら俺だって」
「まあまあ、ラディック君。先輩の話はちゃんと聞くべきだよ。君は何でもできる枠で入っていたじゃないか。」
「お前また!」
あ、因みにキャロルの頬を伝う水はただの水です、はい。
本日二度目の嘘泣き魔法だ。うーん、嘘泣き魔法ってなんかちょっと…
こんなのはどうだろうか。溢れる涙の魔法ってことで溢涙魔法。うん、決定だな。
「どうしたの、コータ。あー!キャロルが泣いてる!何したのコータ!」
「決めつけは良くないぞ、クオ。グリター先輩の心無い一言で涙を流しているんだ。」
クオが騒ぎを聞きつけてこちらにやってきた。
俺と決めつけてくるとは心外である。まあ、事実俺の魔法なわけですが。
「ご、ごめんね?そんなつもりはなかったんだよ。許してもらえないかな?」
「まったく、グリターはそういうところがあるからな。」
「で、ですから私泣いてなんか…何で止まらないの⁈」
混沌としてきたな。そろそろ止めてやるか。
ま、グリター先輩の一言で傷ついていたのは本当だから許してもらえるだろう。
「俺も悪かったな。俺の言葉が事の発端だ、ごめんな。」
「あ、や、やっと涙が止まった。」
「もー、キャロルもこっちにおいでよ。みんなでお話ししよ?」
「え、でも…」
「言ってきなよ。みんなキャロルが思っている以上にいい奴らだから。」
キャロルが人見知りでも自信がなくても、このメンツは合わせて話をしてくれるだろう。除け者にしたりは決してしない。
「ここに座るといいですわ。さ、どうぞですわ。」
「いやー、そこはキツイだろ。横からですわの嵐が襲いかかるぞ。」
「なっ⁈今度は私が泣きますわよ⁈」
「ふふっ、コータ君、私行ってきます。」
「ああ、いってらっしゃい。」
今も笑ってたし大丈夫だろう。
「光太、その魔法禁止。狡い。」
「狡いってなんだよ。一滴ならともかくボロボロ出すのは結構難しいんだぞ。」
それだけ言ってレティは戻っていった。
狡いというならレティの暗黒文書の方が狡いと思う。度々名前を変えるのは気分なので許してほしい。
「はあ、俺が狡いって言いたいんだけどな。」
「今の話詳しく聞かせてもらえないかな?」
「え?何のことですか?」
しまったー!レティのやつこうなること分かってて言い逃げしやがったな!
くぅ、いつもいつも人で遊びやがって!あとで頬ムニムニしてやるからな!
「あの涙はコータ君の魔法だったんだよね⁈僕結構落ち込んだんだけど⁈」
「えー、でもキャロル本当に悲しんでましたよ?俺の溢涙魔法はちょっと塩を足しただけじゃないですか。」
「そ、そう言われると何も返せないよ。」
「流石に俺でもグリターに同情するな。」
「コータ、お前…」
あー、クレイもパイロもそういうこと言っちゃうんだ。そうですか、そうですか。
「今度からきっとお前たち二人はウィテラに振り回されることになるだろうな。頑張れよ。」
「まさか!」
「それだけはやめてくれ!」
もう遅い!俺は決めました!絶対にこの魔法をウィテラに伝授してやる!そこからは鼠の子算用だ!
苦しめ、世のイケメンども!
あれ?今の俺かなり性格悪く見えるのだが気のせいだろうか?




