兄が辿った修羅の道
クオの雄叫び?咆哮?どちらも違うような気がするが、そのせいで忘れられているがラヴィが戻ってきていたような気がする。
扉の方を見ると、入って来た姿そのままで固まるラヴィ。
タイミングが良いのか悪いのか、クオの初勝利の瞬間に入って来たからな。あの大きな声でそうなるのも仕方ないのかもしれない。
「おーい。ラヴィー。大丈夫かー?」
瞬きすらしない目の前で手を振る。定番のやつだ。
「はっ。私は一体…ですわ。」
「ラヴィが入って来た瞬間にクオの叫びが入って驚いて固まったんじゃないのか?」
返答まで定番なので思わず苦笑いしてしまう。
ですわも最早定番といって差し支えないのではないだろうか。
「そ、それは悪いことをしてしまったんだよ。ごめんね、ラヴィ。」
「そのくらい別に気にしてませんわ!」
先程の喜びようから一転、今度は落ち込み出すクオ。
クオは本当に表情豊かだよな。
え?お前もだって?お前は言葉にせずに心の中で考えて表情だけ変えるからタチが悪いって?やだなぁ。そんなこと…あるかもしれない。
「あ、あれ?ですわ。どうして二人して落ち込んでますの?何故かはわかりませんが元気を出してくださいですわ。」
そ、そうだよな!表情豊かなのは良いことだよな!
それが言葉にせずに周りに伝わりにくくて、なにこいつ急にニヤけてんの?超キモいんですけど。とかなっても良いことだよな!はぁ。
クオが百面相する姿なんて可愛くて良いよな。
でも俺が百面相する姿なんて…一体誰得なんだって話だよな。
「また表情コロコロ変えて。ホント、コータは見ているだけで飽きないわよね。」
「リ、リル!」
思わず沈んでいた気持ちがリルのお陰で盛り返す。
そして思わず力強いハグ。
「え?え?また表情変えるのは良いけど、急にどうしたのよ?え?みんなの前で恥ずかしいんだけど。」
「いや、リル得だったんだなって。」
リル得とはなんなのか。言っている俺でもよく分からないが、これがコータ成分に似たものならば今なら少しは分かる気がする。
それにみんなの前で恥ずかしいなんて、最近クオとレティに染められてきているのに片腹痛いな。
とは言うものの、そう言われれば俺も少し恥ずかしくなってきたので離れることにする。
「もうっ!言ってからにしてよ!それにリル得ってなんなのよ。」
「言ってからだったら抱きついても良いのか?」
よし、許可いただきました!
「え?あ、いや、その。それは言葉のあやと言うか…」
モジモジするリル、超キュートです!
まあ、もう言質頂いてますんで何言われようと遅いんですけどね!
まあ、冗談はこれくら
「クオはいつでも良いからね!クオだってこんな風にいつでも抱きつくから!」
「ん。じゃあ私も。」
冗談はこれくらいにして!
と次に移るはずが、クオとレティが両サイドから抱きついてきた。
おい、クオ。さっきの落ち込みようはどこに言ったんだ。とか言いたくはあるが、これは大切な言質取り放題である。
この場を活かさずして何が男か!と言うことで少し脇道にそれることに。
「じゃあ、俺もいつでも抱きついて良いってことだよな。」
ふぅ。天国である。
「ふぅ。天国である。じゃないですわ!話が先に進まないから即刻離れて欲しいんですわ!」
「なんだよ、ラヴィ。ひとの幸せなひとときを邪魔して。」
「きっとラヴィは羨ましがってるだけ。気にしない。」
「そうだよ。今はこのひとときを楽しむことこそ優先するべきことだよ。」
いつの間にか輪の中に入ってきているリルとティアはともかくとして、ラヴィは何かジトッとした目を向けてきている。
ディアナはそんなラヴィを面白そうに眺めているが、それで良いのか?俺にラヴィを穢すなとか言っていたのに。
「あれですわ。この光景は何かに通じるものがあると思っていましたが、今やっと分かったんですわ。」
「なんだ?ラヴィのユートピアに通じるものがあったのか?」
なにをアホなことを言っているんだと自分でも思うが、仕方ないだろう。俺にとってここはユートピアなのだから。
だが、ティアよ。無言で静かに輪の中に入って来ているが、王女様はそれで良いのか?今ツッコミを入れるとこの空間が壊れるような気がするのでやめておくが。
だがその心配も無用だったようだ。次のラヴィの一言から始まる一連の流れでこの空間は崩れ去ったのだから。
「全然、全く以って違うんですわ!これはあの時の数日前に見た光景と似たものを感じるんですわ。コータ、それはきっと修羅の道ですわよ?」
あの兄様の修羅場を目撃した日の数日前にとても酷似していますわ。と続けるラヴィは少し震えている。
そういえば、さっきその話を聞いた時こんなことをいっていたな。
「今でこそ正妻が決まり落ち着いていますが、そこまでの道のりは本当に長く血塗られたものだったんですわ。」
その時、兄の怖すぎて半径十メートル以内に入れなかったと若干震えながら小声で言っていた。
ま、まさかっ!このメンバーがそんな凄惨な現実に突き進んで言っているというのか!
まあ、俺は貴族ではないから正妻とかあんまり関係ないと思うんだけどな。
強いて言うなら、みんな第一夫人である。
こんなプロポーズもまだな俺が言える立場じゃないんだけど。
「ま、まあ!俺とは立場も違うし、関係ないんじゃないか?」
怖くなんかないぞぉ。ちょっと声がうわずってなんかないからな!
「そんなのその中にセレスティア様がいる時点でがっつり関係しているんですわ。」
「ティアよ。そなたと過ごして来た時は大変楽しい時だった。ここで終わるのは大変心苦しい。心苦しいが決断せねばならないだろう。」
「私は別にそんなこと気にしませんよ?何なら、コータが救ってくれた暁には降嫁ではなく、身分を捨てても良いと思っていますよ?王女と名もない冒険者の恋、ロマンチックですよね。」
ダメだ。この妄想王女。手がつけられない。放っておこう。
「ハッハッハ!聞いた通りだ。俺にはその貴族のなんちゃらかんちゃらは関係ないようだな!」
「それがなくてもコータ君が見せた魔法で貴族くらいならすぐ陞爵されると思うんだけどね。」
なっ⁈貴族軽くないか⁈
それに今まで面白そうに黙っていたディアナが口を開いたことで、その言葉の重さが違うような気がする。
「へ、へぇ。でも、そんな話が来ても他の貴族が黙ってないんじゃないか?」
「それは、ほら。王様がティアの婚約者とか発表してしまえば一発だよ。どちらか片方を出せば反感を買うだろうけど、一度に両方出せば反感も起きにくいんじゃないかな?」
嫌な現実を突きつけられた。
でも、大丈夫なはずだ!俺が断れば何の問題もないはずだ!
「あ、それとあれだよ?特に理由もなく断ったりしたら不敬罪で打ち首もあり得るから考えて行動しないと、首から上がサヨナラする可能性も」
「あ、はい。分かりました。くっ。何でこう、俺の周りには後回しにしたくなるような問題ばかりが集まってくるんだ!」
レティの持つあの終焉を齎す書物もそうだが、これだって後回しにしていたらどうなることか分かったものじゃない。
俺は貴族なんて嫌だよ?たしかに、俺の黒歴史的に内政チート的なものの知識も少しはある。だけどこの世界は、知っての通りそんなものはやり尽くされた後の世界なのだ。
そんな中で腹黒そうな貴族の中に放り込まれたくない。
ということで、俺の急いでやらなければいけないことノートに新たに一つ加わった。
あ、今三つで一つ目が絶対の目的、強くなること。曖昧だが、最低ラインはクオだ。
そして二つ目、もう諦めつつあったが再び闘志が再燃したレティの持つ暗黒教典。あれは俺に終焉を齎す最悪の書物だ。もう既にただの紙束ではない。
それに今新たに加わった貴族問題。絶対に貴族なんかになってたまるか!という思いである。
今は目的もあり学園に留まっているが、解決すれば旅にだって出てみたい。折角の異世界を観光しない手はないだろう。
たがら、貴族とかいう面倒そうな、束縛されそうな立場にはつかないのが吉である。
「ラヴィニア様。皆さまお待ちですので、そろそろ。」
「そうでしたわ。皆さんを待たせてたんですの。急ぎますわよ!」
すっ、と現れたセバスさんの言葉により、当初の目的を思い出したらしいラヴィ。
ヤベェ。この執事ハンパネェ。まったくどう現れたのか分からなかった。
という事実に驚かされたのも束の間、ラヴィに急かされて屋敷の中を走らされる俺たちだった。
俺達の歓迎会なんだから、絶対話振られるよな。
少しだけでも考えておこう。
考えている間、今までより人と関わることに前向きになれている気がした。




