希望
目的が決まったとはいえ、少し休憩だ。
食べてすぐ動く気にはなれない。
「でも今日が休みでよかったよな。昨日とかだったら目も当てられなかった。」
今日から学校だー!って意気込んでいたのに休みだった時の気持ちを考えて欲しい。
まあ、そんな意気込みなんて持ち合わせていなかったんだが。
色々と頑張ろうとは思っていましたけどね、えぇ。
「そうかなぁ。あんまり変わらないような気がするけどな。」
「光太の駄々が長引いていた可能性がある。」
「そうかもね。休みを挟むと行きたくなくなる人がいるって聞いたことがあるわ。」
駄々とか言うのやめてください。真剣に、頑張って、寝ていただけです。
「うん、やっぱり変わらないな。どちらにしろ夜も眠れないくらい楽しみだっただろうからな。いや、休みが挟まったら眠れない日が続いて遅刻したりしたかもな。あはははは」
「昨日の朝のあれは何だったのかな?楽しみだった人の行動じゃないよ。」
はっ、そうだよ!今日じゃなかったらきっと遅刻ぐらいはしていただろうな!
だって仕方ないじゃん?
向こうでも不登校ではなかったとはいえ、逃げ場でしかなかったわけだし。友達が多くいたわけでもないから、特に高校に至ってはゼロでしたから!行く理由もそれ一つしかなかったわけで。
で今の現状ですが、逃げる必要なんて全然ですよ。ここが居場所でさえあるんだ。
どちらかと言うと行きたくなかった学校、探せば他にもあったかもしれないが俺にとって唯一だった逃げ場の学校。
学校には希望なんてなかった。それが自分が一歩踏み出せないでいるのが原因と分かっていても、それを認められないのだ。
それが崩れた今、そして行くとなった直前に襲ってきた倦怠感、意欲の喪失、不安、恐れ、それらを抱く自分への自己嫌悪。
希望なんてなかった学校なんかに行くよりも、今の俺には希望が三人もいる。
もう今が人生で最大なんじゃ無いかと思えるくらいの幸福が俺を満たしている。
ティアを助ける為だけなら他の方法はいくらでもある。
だから…
だけど俺は知っていたんだ。
一度閉じてしまった蓋は時間が経つにつれ加速度的に重さを増していく。
それを開けるためにはきっかけという曖昧かつなかなか現れないものを待つ他なくなると。
あと一日でも、いや。一回休んでしまっていたら次開けることができたのはいつか分からない。
閉じる前だったから、俺の希望が一緒にいてくれるのなら、一歩くらい踏み出してみようと思えた。
正直、レティがした話はそう思っていたのを誤魔化すために利用したぐらいでしかなかった。
たとえ、昔と同じように学校に求めたものがなくてもクオ、レティ、リルが一緒にいてくれるのなら同じようにはならないと確信できたからな。
「ここですわよね、セレスティア様。すみませ、あれ?ですわ。ディアナ、セレスティア様がどこに行かれましたの?」
「ティアならラヴィより少し先に駆けて入って行ったよ?窓からコータ君が見えたとか見えないとか。あ、あそこにいるよ。」
ちょっと回想にふけっていると大きな声に呼び戻された。
ん?こっちを指差しているのはディアナじゃないか?隣でキョロキョロしているのはラヴィ。
あ、目が合った。
「丁度いいところにいましたわ!コータは今日暇ですわよね?昨日、コータが帰った後にみんなで」
「ラヴィ、落ち着いて落ち着いて。ほら、ティアもここにいた。」
捲し立てるように言われては話についていけない。
ディアナが間に入ってくれて助かった。
きっと今の流れるような動きは、普段からラヴィのストッパーとして活躍している証だろう。
ディアナの声に後ろを振り返ると、いつの間にかティアがいた。
なんだ、その羨ましそうな顔は。
「私も希望なんて言われたいです!白馬の王子様に助けられるのも良いですが、私が王子様になるのも良いのでは、と思えてきました。」
何言っているんだ、この妄想王女様は。
「コータ、最初から最後まで口から出ていたんだよ。」
「ん。開き直ったところから全部。」
「私だけじゃなくてコータも同じように思っていたなんて思わなかったわ。私の希望もコータなんだから。」
は?へ?
「な、何言ってるんだよ。俺の口はアダマンタイトよりも固く結ばれていたのに。三人揃って冗談が上手いなー。あはは。」
アダマンタイトとはディファードで一番硬い鉱石らしい。
それにしてもその冗談は乾いた笑いしか生みませんよ。
「冗談なんかじゃないよ。一歩踏み出した世界が広いのはクオが保証するんだよ。その広い世界を、クオはコータと一緒に見て回りたいんだよ。」
「私を連れ出したのはコータなんだから。次一人で馬鹿なことやろうとしたら許さないわよ?」
「何かをやってみることは大切。そのキッカケになれたのなら良かった。」
「そ、そうか。ありがとう、みんな。本当に口から出ていたことが分かったよ。でも、感謝しているのは本当だからな!」
昨日、行ってみてその感情を実際に抱いた。
一歩踏み出した世界での失敗の連続。本当に押し潰されそうだった。
でも、踏み出した一歩は二歩、三歩とクオ、レティ、リルがそばに居てくれたおかげで踏み出していけた。
そのおかげで失敗しながらも楽しいと思えることができた。
「俺もその広い世界をみんなと見たいと思わせてくれたんだ。もうあんな風にならないと誓うよ。それにもう無いけど、仮にまた蓋を閉じようとしてもずっとキッカケが側にいるようなものだからな。」
レティがクオをからかって、クオが乗せられて馬鹿やって、リルもクオに倣ってしまう。それに巻き込まれたりしながら送る、そんな面白おかしい毎日は大切だ。
だけど、せっかくならもっと広い世界を見てみたい、そこだけで完結させるのは余りにも勿体無いことだと気付かせてくれた。
「今なら失敗さえも楽しめそうだよ。」
「それなら良かったよ。でも、学ばない失敗はダメだからね?コータは態とやったりするから気が抜けないんだよ。」
「そうね。そういう時は大体悪い顔をしているわ。」
「最近だと、この前の賢者の時。その前だと武具屋の熊とか?この宿でも最初エマ相手にやってた。」
そ、それは少し違うんじゃ無いのか?
「善処します、はい。」
「コータは楽しいかもしれないけど、見てるこっちはヒヤヒヤするんだからね!」
「善処なんて言葉を使う時は再犯の可能性が非常に高い。」
「たしかにそういう時のコータはとても楽しそうよね。」
再犯ってなんだよ!犯罪では無いからな!
それにしてもあの雰囲気からどうしてこうなった!
まあ、あのままよりもこうなってくれた方が有難いけどな。
「私も初対面で抱き着かれましたよ。その後、間違ったの一言で済まされてしまいました。」
おい!いきなり特大の爆弾ぶっ込んでくるんじゃない!
王女様がそんなこと言ったら…ほら!
少しは事情を知っている三人ならともかく、ティアとディアナはうわぁ、みたいな目を向けてきてるじゃないか!
「それは急いでいたりとか色々理由があったからで。それに目深にフード被っていたティアにも問題があるんじゃないのか⁈」
なんて不毛な争いなんだ。
どうしてこんなことになっているんだ!的な事はともかく、今この瞬間がとても楽しい。
この時間は一歩踏み出して手に入れた時間なのだと思う。
この時間をくれた三人には本当に感謝だな。




