悪夢
携帯の着信音が鳴り響く。
「はい?もしもし‥。」超ガラガラ声の冬馬が目を閉じたまま携帯を取った。
「あれ寝てた?」
「なんだよ暑志か。もう夜中の一時だぜ。そりゃ寝てるさ。」
「まだ一時、だろ?なぁ せっかくの夏休みなんだしちょっと遠出しないか?」
「遠出って?」
「いつも行かない所までドライブして、適当な所で遊んで、んでホテルかどっかに泊まる。」
「二人で?」
「いや4人。」
「4人?」
「俺らと、桜と奈月。」
「桜と、奈月!?」
冬馬は一気に目が覚め跳ね起きた。
「いつ行くんだ?」
「明日。」
「明日!?」
「いやならいいんだけど‥。」
「いや、行く!行きます!行かせてください!」
「しょうがねぇなぁ。じゃあ明日8時に迎えに行くから。」
「8時?了解。」
「んじゃまた明日。」
「おう。」
電話を切ってタバコに火をつける。
「旅行かぁ‥。」
冬馬、暑志、桜、奈月の4人は同じ大学に通い、よく一緒に遊ぶ仲だ。4人で出掛ける事はたまにあるが、泊まりは初めてである。
「8時だっけ。7時には起きないとな。」
冬馬はそう言って目覚まし時計をセットした。
(明日はダブルデート!みたいなもんだ。寝過ごさないようにしなきゃ‥。)
そして冬馬はまた深い眠りに落ちていった‥。
「きゃーー!!!」
女性の悲鳴に冬馬は跳ね起きた。
冬馬はホテルの一室にいた。電気を付けようとしたが‥付かない。辺りは真っ暗だった。
恐る恐るドアに近づく。ドアノブをゆっくりと回したが、開かない。
「くそっ!どうなってるんだ?」
外に出ることを諦め、ベッドに戻ろうとしたその時!
「きゃーー!!あああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛‥!!」
恐ろしく苦しそうな悲鳴が響き渡ったのだ。
冬馬の全身に寒気が走った。
「今の声は‥桜?桜なのか?」
恐怖で震える腕を抑えながら再びドアの前に向かう冬馬。携帯で助けを呼ぼうかとも考えたが、圏外だ。
「うあああああ!!」
恐怖をかき消すかのように声を上げて、ドアを思い切り蹴飛ばした!もう一回!さらにもう一回!すると木でできていたドアをなんとか破壊する事ができた。
廊下も当然のごとく真っ暗だ。携帯の明かりを頼りに歩き出す。
「桜の部屋は‥たしか‥ここだ。」
やがてたどり着いたその部屋の前で、冬馬は恐怖で動けなかった。なぜなら桜の部屋のドアが開いていたからだ。
「桜‥‥桜ー!」
その声に反応は無い。辺りは全くの無音で、まるで冬馬以外の人間が全て消えてしまったかのようだった。
はぁ、はぁ、と息があがる。額には嫌な汗がにじみ出ていた。
冬馬は意を決して部屋に 足を踏み入れた。
「桜、いるのか?入るぞ。」
やはり真っ暗な部屋を携帯で照らす。ベッド、トイレ、クローゼット‥いない。どこにも桜の姿はなかった。
なぜかホッとした気持ちで部屋を出る。
長い廊下をさらに進んでみると、灯りの付いている部屋を見つけた。そして扉も少し開いていた。
「だ、誰かいますか?」
震える声で訊いてみるが、これもやはり返事はない。
灯りが付いている為安心したのか、今度はすぐに部屋へと入る事ができた。しかしそれが間違いだった。
部屋に入ってすぐに冬馬は目があった。見知らぬ男性でその目は大きく見開いていた。部屋に備え付けのテレビの上。その男性は首から上しかなかった。
「うわああああ!! 」
真夜中の真っ暗なホテルに、冬馬の悲鳴はどこまでも響き渡ったのだった‥。
ジリリリリリと目覚ましが鳴り響く。それを止めて時計を見ると、朝の6時だ。
「う〜ん、夢かぁ。なんかヤな夢見たなぁ。」
夢はどうあれ準備をせねば。なんたって今日は楽しい旅行の日なのだ。コーヒーを入れて一服し、シャワーを浴びてなんだかんだと準備をしていると、あっという間に約束の時間になった。
窓から外を見下ろしていると、時間通りに彼らはやって来た。
「おーい!起きてるかぁ!」
「おう!待ちくたびれたよ!」
そして冬馬はアパートの階段を降りていく。
「冬馬おっはよー!」
と元気な明るい声は桜だ。背が小さくて、誰が見ても可愛いと思うだろう。
「おやついっぱい買ってきたんだよ!チョコでしょ、キャラメルでしょ、クッキーでしょ、あとプリン!」
そして甘いものが大好きなヤツだ。こんなもの車で食ってたらすぐに酔ってしまう。冬馬はそれをわかったうえで、
「ありがとう。後で貰うよ。」
と笑っていた。
「まぁ乗れよ。」
運転手は暑志、冬馬の親友だ。短髪で、いかにもスポーツマンって感じの素敵な体つきをしている。
冬馬は助手席に乗り込んだ。
「冬馬、おはよ。」
その斜め後ろに座っているのが奈月だ。
「おう。おはよー。」
奈月はこのメンバーでは一番頭が良くしっかり者である。見た目通り優しい人で、すぐ情に流されて泣いてたりする。
いつしか冬馬は、そんな彼女を
「守ってやりたい!」なんて思うようになっていた。
「んで、どこ行くよ?」
「とりあえず、南下しますか。」
「宛のない旅行ってのもなんかいいね。」
「ワクワクだね。」
「んじゃあ行きますか!」
暑志は車を走らせた。思ったより順調に車は進んでいく。
途中でコンビニに寄り、それぞれ飲み物を一つずつ買った。暑志はコーラ、桜はメロンソーダ、奈月はオレンジジュース、冬馬はコーヒー。まるで性格がそのまま表れているかのようだった。
出発してから一時間ほどして、冬馬は急に眠気に襲われた。昨日一度起こされて寝不足になったせいだろう。冬馬は軽く睡眠をとろうと思い目をつぶった。
目を開けると明かりのついた部屋にいた。
(俺は気絶していたのか?じゃあアレは‥夢?)
ゆっくりと立ち上がり辺りを見渡す。
「いや、夢なんかじゃなかった。」
テレビの上には、やはり男の生首が置いてある。その両目はしっかり閉じられていた。
(あれ?確か目は開いていたような‥。)
そう思ったが生首をまじまじと観察する気にはなれず、冬馬はその部屋を出た。
三階立ての横に長いホテル。階段まできて冬馬は上に上がろうとした。暑志と奈月の部屋が三階だからである。
「だいたい4人とも部屋が違うにしろあまりにもバラバラすぎると思ったんだよ。ちくしょう!どうなってんだこのホテルは!」
冬馬が階段を二段三段と上がり始めた時だった。
「あああぁぁ‥。」
何やら下から声が聞こえてきたのである。一瞬冬馬はためらった。ついさっきあんな死体を見たばかりでは仕方がない。早く仲間に会いたかった。だがこの声が桜で、まだ生きていて、そして死にかけているとしたら‥。冬馬は向きを逆にし、急いで階段を駆け下りた!
一階に降りても真っ暗な闇の世界だった。
「桜ー。‥桜ー!」
勇気を振り絞って声を出すが、やはり何も返ってはこない。
そしてまた扉の開いている部屋を見つけた。鼓動が速くなるのを感じながらゆっくりとドアに近づいた。ドクン、ドクン、という音が誰かに聞かれているような気がした。あの男を殺したのは誰だろう?ホテルのオーナーか、はたまた殺人犯がホテルにやってきたのか。とにかくその誰かに見つかってはヤバい。冬馬は静かにドアを開けた。
ベッドの上に誰かが寝ている。あの服装は‥桜だ!冬馬の中の重い空気が一気に晴れ、桜の元へと駆け寄った。
だがそこで冬馬が見たものは、世にも恐ろしい光景だった。
ベッドで横になっている人‥その人の肌は灰色で髪は真っ白、そしてガラガラのミイラのようになっていたのだ!
冬馬はまるで時を止められたかのように動けなくなっていた。するとどう見ても死んでいるそのミイラの顔が‥カタッと冬馬の方を向いて、そしてニッと笑ったのだった。
「うわあああああー!!」
冬馬の二度目の悲鳴が暗闇に吸い込まれ、そして消えていった‥。
「わあああ!」
冬馬の叫び声に車内は静まり返った。
「冬馬?どうしたの?」奈月はキョトンとしている。
「もー、ビックリしたよぉ。」
桜は笑っている。
「おい、大丈夫か?」
暑志は心配してくれた。
「ああ、夢か‥。うーん、なんか悪夢を見てたみたい。ごめんよ。」
「どんな夢みてたの?」
「‥いや、忘れちまったよ。」
本当は覚えていた。が、とてもその内容を話す気にはなれなかった。
「俺どれくらい寝てた?」
「ちょうど二時間位かな。」
腕時計をみると昼の一時だ。この時計は父親の片見で、冬馬はいつも身に付けとても大事にしていた。
「お腹すいたよぉ。」
桜の腹がグーっと鳴った。
「そろそろご飯にしない?」
奈月が言うからには冬馬も賛成するしかない。
「暑志、メシにしようぜ!」
「んだね。ちょうどなんかいいトコあったし。」
暑志の視線の先には、カラオケ、ボーリング、ゲーセン、映画館、食堂、さらにショッピングモールが立ち並ぶなんとも楽しそうな空間が待ち受けていた。
適当にレストランに入り、それぞれが食いたいものを食った。
腹一杯食べた後に、桜はパフェを頼んでいた。チョコやフルーツがふんだんに盛りつけられている大盛のパフェだ。
「別腹別腹!」
と桜は食べているが、
「食い過ぎだろ。」というのが冬馬の本音である。
「本当、おいしそうに食べるよなぁ。」
暑志は桜を見て言った。
「んふふ。暑志かわいい?」
「ああ、かわいいよ。」
暑志と桜はいつもそんな会話をしている。二人は
「まだ付き合ってないよ。」とは言うものの、周りから見れば完全にカップルだ。
冬馬がタバコを取り出すと、暑志は自分のジッポをシャキン!とカッコ良く取り出し火をつけてくれた。
一服が終わり、桜もパフェを食べ終えたのでみんなでボーリングでもしよう、という事になった。暑志はパワーボール。冬馬はびみょ〜にカーブがかかる。奈月はキレイなフォームで丁寧に投げている。そして桜のメチャクチャ投げ。なぜかこれでもストライクが取れた。
「やったやったー!暑志すごい?」
「すごいすごい。」
「かわいい?」
「超かわいいよ。」
とにかくラブラブな二人だ。
途中桜はトイレに立った。戻ってきた桜の手提げバックの中に、ヘアスプレーのような物が見えた。きっと乱れた髪を整えてきたのだろう。やっぱ暑志に見せたいから?
「両想いなら付き合えばいいのに。」と冬馬はよく言うのだが、
「まだ早いよ。」と暑志は答える。何がまだ早いのだろうか‥冬馬にはわからなかった。
ボーリングも終わり、
「映画見よう!」と誰かが言ったので4人は映画館に向かう。
「あっ!コレがいいなぁ〜。」
桜は話題のサスペンスアクション映画が見たいようだ。
「んじゃあ俺もコレ見るよ。冬馬は?」
「俺は‥‥奈月は何が見たい?」
「私は‥コレかな。」
奈月が指差したのはあまり有名ではない恋愛映画であった。
「俺もコレ見るよ。」
「んじゃあ2人ずつに別れようぜ!」
暑志は当然桜と。冬馬はまさかの展開で奈月と2人きりになる事ができた。
真っ暗な映画館の椅子に座り、隣には奈月。心臓が高く早く音を刻む。それはまだ静かなその空間に響き渡っていた‥冬馬にはそう感じたのであった。
そして映画が始まる‥。「‥ホントにこの映画が見たかったの?」
「‥つまんないでしょ。」
「いや、そんな事ないんだけど‥。」
「‥無理しなくていいよ。私もつまんないもん。」
「‥じゃあなんでこの映画を?」
「‥‥冬馬と2人きりになれると思って‥。」
「‥俺と?」
「‥‥。」
「‥‥。」
いまいち盛り上がらない映画も、終盤のキスシーンを迎えた。冬馬は、自分でも驚くほど自然に奈月の手を握っていた。
「‥俺と付き合ってくれるか?奈月。」
奈月は黙って頷いのだった。
暑志達の映画はまだ終わらない。その間冬馬と奈月はゲーセンで遊んで待つ事にした。
UFOキャッチャーで盛り上がる2人。2人きり‥。まるで恋人同士のようだ。いや、本当にもうつき合ってるんだ。冬馬にはまるで夢のようだった。
「なんか喉乾いたね。私なんかジュース買ってくるよ。冬馬は何が飲みたい?」
「俺は‥なんでもいいよ。奈月がおいしそうだと思ったヤツ買ってきて。」
奈月は自動販売機を探しに行った。冬馬は椅子に腰掛け待っていた‥。
今日はどうもおかしい。すぐに眠くなるのだ。冬馬は奈月が戻ってくるまでの間だけ、少し休む事にした‥。
「冬馬‥冬馬!」
目を開けると暑志と奈月が心配そうにのぞき込んでいた。
「大丈夫?」
奈月の優しい声が冬馬を目覚めさせていく‥。
(ああ、そうだ。桜が‥。)
ゆっくりとベッドの方に振り返る‥誰もいない‥。
「なんかあったのか?」
「ああ、さっきベッドに‥。」
そこまで言って、そのベッドの上の毛布が異常に膨れている事に気付いた。まるで人が一人隠れているような‥。
「ベッドに誰かいたの?」
「なんか誰かいるみたいだな。」
暑志がベッドへと近づく‥。
「ダメだ!」
冬馬は声を上げて暑志を止めた。
(さっき見たのが本当に、本当に桜なら‥あんな姿暑志はもちろん奈月にだって見せるワケにはいかない。でも本当に桜だったか?あんなミイラみたいなのが‥いや、違う!桜はもっと明るくて可愛くて‥あれは桜なんかじゃない!あんなのが、桜なワケないじゃないか!でも、でももしそうなら‥。)
「やっぱなんかあったんだな!」
暑志はまたベッドへと向かいだした。
止めるべきか?しかし確認しなければ。
「待った!俺が行くから二人はここで待っていてくれないか?」
「‥ああ、いいけどよ。」
暑志はしぶしぶ立ち止まった。奈月は近付こうともしない。冬馬は行くしかなかった。
一歩、また一歩、少しずつベッドへと近づく。ハァハァと息が上がる。呼吸がなんだか苦しい。足はついに震えだしていた。
そしてついにその場所に着いてしまった。暑志も奈月も固唾をのんで見守っていた。
冬馬の手が毛布に向かう。そして、ゆっくり、ゆっくりとそれをめくりあげた!
「あ、ああ、さ、桜‥。桜だ。嘘だろ?そんな‥。」
冬馬の目の前には見るも無惨な桜の亡骸が横たわっていた。
「冬馬どうした!?」
「桜がいるの?」
二人は駆け寄ってくる。
「来るな!来るなー!!来ないでくれ‥。」
二人は止まらなかった。先に着いた暑志が冬馬を振り払ってベッドの横に立った。
「さく‥ら‥‥。」
呆然と立ちすくむ暑志に、桜が気が付いた。どう見たって死んでるハズの桜が、暑志の方を向いて口を開いたのだ!
「ああ、あつ、し‥。わた、し‥かわ、いい?」
「うううぅぅぁぁぁあああああああああ!!」
暑志はあまりの出来事に絶叫し、走り去ってしまった。
桜は小さな小さな雀並の涙を流し、そして今度は本当に死んだ‥。
「桜‥桜ー!いやー!!」
奈月はその場に泣き崩れてしまった。
冬馬はただ黙って見ている事しかできなかった。その最悪な場に、どす黒い影が近付いてきていた。人の形をしたその影は、ゆっくりと確実に二人の方へ近付いてくる。冬馬が気付いた時にはもう遅かった!影は何かを振りかざし、それによって冬馬は気を失ったのだった!
「お待たせー。」
奈月がアイスを買って戻ってきた。
「チョコとバニラ、どっちがいい?」
「‥バニラで。」
「なんか具合悪そうだよ?大丈夫?」
「うん。また悪い夢を見てさぁ。」
「悪い夢か‥。でも結局夢なんだからあんま気にする事ないよ!」
「‥そうか。そうだな!夢は所詮夢だもんな!」
奈月に励まされ元気を取り戻した冬馬。しかし‥しかし冬馬はどうしてもある考えが浮かんで頭から離れなかった。
(本当にただの夢なんだろうか‥。
もし、もしもこれが正夢だったら?これから先起こる事を予知してるとしたら?‥いや、ありえない。生首の目が閉じたりミイラ化した桜が話しかけてきたり‥ありえない事だ!でも、なんか気になる‥。いや、夢は夢だ!所詮夢なんだ!ただの悪い夢、そうだ!でも現実になったら‥。そんな恐ろしい事が起きてたまるか!でも‥。)
「まぁたぁ!考え込んでるし!」
「ああ、ゴメンゴメン。」
「ねっ、UHOキャッチャーやろうよ!捕ってほしい人形があるんだけど難しくてさぁ‥。」
奈月は普通に冬馬の手を握っていた。
(今までありえなかったこういう事が、いつしか当たり前の事になっていくんだろうか。そしてその当たり前の事の続く日常が、幸せってヤツなのかもしれないな‥。あんな夢の事なんて忘れよう。目の前には幸せが手を引いて待ってんだ。)
冬馬はヤなことは忘れて今を思いっきり楽しむことにした。たとえこの先何があっても、この思い出が消える事はないだろう‥。
やがて映画が終わって出てきた暑志、桜と合流し、4人はブラブラとデパートの中を歩いた。途中女性2人がトイレに行ったスキに、暑志は冬馬に問いだしてきた。
「なぁんかさっきからニヤニヤしてるけど‥もしかして?」
「‥ああ。」
「やったな冬馬!これでようやく気ぃ使わないでダブルデート楽しめるな!」
「‥なんだ。気付いてたのか。」
「あったりめーだろ!俺ら何年の付き合いだと思ってるんだよ。冬馬がいつも俺と桜に気を使って一歩引いてる事はわかってたよ。だからまだ桜とは付き合わないでお前らが付き合うの待ってたんだ。先に俺らが付き合ってたら、冬馬今日の断ってただろ。」
「ははっ、さすがだな。ちょっとジーンときたよ。」
冗談っぽくは言ったが、冬馬は本当に暑志に感謝していた。
その後、また4人は歩き出した。今度は奈月が1人でどこかへ消えた。冬馬がこっそり付いていくと、なにやらネックレスを買っている。
「自分のかな‥でもあの十字架のネックレスは男物っぽいような‥って事は、俺に?」
何も気づかないフリをしているが、冬馬のテンションは最高潮に上がっていた。
4人を乗せた車が走り出す。さっきまでと違うのは、桜が助手席で冬馬が後ろに座っていること。
走り出して間もなく、冬馬は崖の上にある一本の木を見つけた。
(まだ夏なのに、もう冬が来たみたいに枯れてるな。‥なんの木だろ?)
不思議と気になった。淋しそうに冬馬を見つめている、そんな気がしたのである‥。
「はっ!」
と気が付いた冬馬は、真っ暗な暗闇の中にいた。
「冬馬‥か?」
すぐ隣から聞こえてきたのは間違いなく暑志の声であった。
「暑志?暑志か?大丈夫か?」
「ああ‥でも、なんか‥うご、はぁ、動けない、んだ。」
「縛られてんのか?ちょっと待ってろよ。今明かりをつけるから。」
冬馬は壁づたいに歩き、手探りであちこちと電気のスイッチを探し回った。
「あった。あったぞ!今明かりつけるからな!」
冬馬はなんの迷いもなくそのスイッチを入れた。だが迷うべきだった。桜があんなことになった後なのだ。少しは迷い悩むべきだった。そうすればそこまでショックを受けることはなかったであろう‥。
カチッという音と共に周りが一気に色を取り戻した。一瞬眩しさで目が開かなかったがすぐに慣れた。暑志が仰向けの状態で横になっている。いつもの暑志の顔だ。普通に胴体がある。おかしいのはそこから伸びているはずの、右手右足、左手左足、それらがすべて‥無かった!まるでダルマのような暑志の姿‥冬馬はすぐにその状況を理解する事はできなかった。
「冬馬‥はぁはぁ、なぁ、俺どうなってんだ?手足が、全くう、動かないんだよ。感覚が、無いんだ。はぁ、冬馬、どう、なってんだ?」
「あぁ、うあ、あっ、あつ‥し‥。」
何がどうなってるのか‥暑志に何があった?どうしてこの状態で生きている?どうすれば助けられる?誰がなぜこんなことを??‥何もわからなかった。そして、暑志に伝えるべき言葉を見つける事なんてできる訳がなかった。
「何を悩んでる?見たまんま教えてやればいいではないか。」
いきなり現れた男の声に冬馬が振り返ろうとした時!チクッとした痛みが首に走った!
「うっ‥。」
そして冬馬は床に倒れ込んでしまった。大柄な男は右手に注射器を持っている。また左手は大きな鏡を抱えていた。
「心配するな。お前に打ったのはただの睡眠薬だ。」
男はそう言って注射器を投げ捨てると、抱えていた大きなきな鏡を両手で持ち直し、そして暑志の方へ‥。
「やめろ‥‥やめろー!!」
「ほら見ろ。自分がどうなってるか、知りたかったんだろ?」
そう言って男は鏡を暑志の真上に広げた‥。
「暑志!見るな!見ちゃダメだ!鏡を下ろせ!!やめろ!!見るな!見るなー!!」
冬馬はだんだんと意識が遠のいていくのを感じた。それでも暑志の悲しい悲鳴が確実に耳に染み渡っていったのであった‥。
ガタガタと車は激しく揺れた。目を開けると、冬馬の肩を枕にして奈月が寝ている。まさに地獄から一気に天国まで登ったような気分だった。
(周りはまだ明るいが‥何時だろう?)
腕時計で確認すると、夕方の5時半だ。にしてもやたらと揺れる。窓の外を見れば、木 、木、木‥木ばっかりだ。
「暑志ー。ここ、どこだ?」
「ん?起きたな。さっきコンビニに寄って近くにホテルがないか訊いたんだけどさ。この山道を登った所に古いけどデッカいホテルがあるらしいんだよ。ただたった一人ですべてやってるらしくて1日1組限定なんだとさ。だから行ってみなきゃ泊まれるかはわからん。」
「古くて‥デッカいホテル‥。」
冬馬の頭にまた、あの悪夢が蘇った。
(まさか本当に‥いや、偶然だ!たまたまだ!そんなワケない。そんなワケ‥。)
「‥なぁ暑志。違うとこにしないか?ホテル。」
「えー!?ここまで来て?戻るの?ヤだよ。それにそのホテルなかなかいいらしいぞ。源泉垂れ流しの温泉!鮮度抜群の食材を使ったうまいメシ!しかも安い!さらに1組だけだから騒ぎ放題!!どうよ?」
「んー‥うん。わかったよ。そこに泊まろう。」「私チョー楽しみ!いちおトランプ買っておいたからねぇ。」
暑志と桜はもうノリノリだ。これはもう、行くしかない空気になってしまっている‥。
(‥まっいいか。所詮夢は夢だ。気にしない気にしないっと。)
だが世の中いつ何が起こるかわからない。冬馬はとにかく今を大事にする事を決めたのだ。
窓を開けると冷たい風が入ってきた。冬馬は急いで窓を閉める。
いつの間にか、外の暑さが消えてしまっていた‥。車はやっとそのホテルにたどり着いた。
「奈月、起きろ。起きろー!」
肩を揺さぶって奈月を起こす。
「うーん‥‥ここは‥どこ?」
「今日泊まる予定のホテルだよ。」
4人の目の前には予想を上回るほどのデッカいホテルがそびえ立っていた。とは言っても高さはない。三階立てのようだ。だが横にも縦にも異常に長いのだ。
「先客、いなきゃいいねぇ。」
「ホント。この道戻るだけでもダリィよ。」
「とりあえず行ってみようぜ。」
「なんかワクワクしてきた。」
そして、いざホテルの中へ!
重い扉を開けるとカウンターが見えた。天井が高く、広々としている。ただなんとなく暗い雰囲気があった。
カウンターに着くと桜が持ち前の明るい声を響かせた。
「すいませーん!」
するとすぐに人が出てきた。大柄な男であった。
「このホテル1組しか泊まれないって聞いたんですけど‥今日泊まれますか?」
「‥4人かね?」
「はい。」
「‥本当は今日はもう泊まる人がいるんだが‥1人だけだし、君らも4人だけなら、よし!いいだろう!」
男はニコッと笑って頷いてくれた。
このでかいホテルをたった1人で運営しているのだ。そりゃあ1組で限界だろう。
それにしてもホントに広い。ホテルというよりはどっかの屋敷‥いや、病院か学校のようだった。
とても大きな男性だが優しそうな人だった。食堂や大浴場もある、普通にいい感じのホテルだ。ただ変わっている事が一つだけ。全員部屋が別々なのはいいとしても、4人とも場所がバラバラなのだ。しかも桜と冬馬は二階、暑志と奈月は三階でさらに部屋が遠い。
なぜそうなのかはわからないが、格安の為誰も文句は言わなかった。むしろ
「1人で切り盛りしてるんだからそういう事もあるさ」と、勝手に納得してしまっていた。
午後7時、みんなは食堂へ集まった。これまた広い食堂だ。
4人の他に先客と思われる男性の客もいた。
(ん?‥どっかで見たような‥。)
その客と一瞬目が合った冬馬は思った。
そんな事を気にする間もなく料理が運ばれてくる。
よくわからないが鮮やかな前菜‥。
「‥うーん、うまい!」
なんだか高級そうなステーキ‥。
「‥こりゃあうめー!俺こんなうまい肉初めて食ったかも。」
そしてなんとなく気品漂うデザート‥。
「‥んー、おいしぃいい!幸せ。」
とにかく大満足な4人。
「食材もいいし料理も最高!これ全部あの男の人が作ったんだよね。すごいなぁ。」
(暑志と桜が言うのはアテになんないけど、奈月が言うなら本当にいい料理だったんだな。)
冬馬は変な所で納得していた。
食事が終わると今度は入浴タイム。もちろん男女分かれている。
「うわー、すげー広いな!ホントに1人で運営してんのかよ!ちゃんと洗ってんだろうな!?」
「おいおい、失礼な事言うなよ。聞こえてるかもよ。」
「だってよこの広さ!露天風呂もあるぜ!」
(確かにこれだけの広いホテルで、しかも食事も風呂もいい感じなのに従業員も雇わないのはおかしい‥。)
また考えたが、暑志とサウナで勝負しているうちに忘れたのだった。
「はぁ‥いい湯だったねぇ。」
「お肌スベスベだよ。」
「奈月はいいなぁ、肌きれいで。」
「そうでもないよ。桜みたいに胸ないし。」
「胸大きくたって良くないよ。肩凝るし。」
女性陣の長い風呂も終わり、今度は冬馬の部屋でトランプをしようという事になった。集合時間は10時。それまで少し時間があるので、冬馬は自分の部屋のベットに横になって休んでいた。
「今日は最高の日だな‥。」
しかし何かを忘れているような気がした。とても、とても重要な何かを‥。
冬馬は知らず知らず眠りの世界へと落ちていったのだった‥。
目を開けた冬馬は、また別の部屋にいた。そして今度は隣に奈月がいる。それを見た冬馬は飛び起きた!
「奈月‥奈月!おい、大丈夫か?」
奈月は床に横たわっている。寝ているだけなのか、それとも死んでいるのか。見た目には外傷はないようだが‥。
「う‥ん‥。」
奈月が反応した。生きているんだ!
「奈月!起きろ!さぁ早く!」
「‥冬馬?あれ?‥‥そうだ!桜は?」
「‥桜は死んだよ。暑志も‥死んだ。」
「そんな‥!」
「‥泣いてるヒマはない。逃げるぞ!あいつが来る前に逃げなきゃ!」
奈月は涙を拭って頷いた。
その時!ドン、ドン、ドン、と誰かの足音が聞こえてきたのだ。
誰の?あいつしかいない!
奈月は全身を震わせて脅えている。冬馬も恐怖を感じたが、今は奈月がいる。俺が守ってやんなきゃ‥。
「よし、隠れよう。‥俺がベットの下に入って音を出して引きつけるから、奈月は扉の後ろにいてそのスキに逃げるんだ!いいな!」
「でも冬馬は?」
「俺は男だ。なんとかなるさ。ほら、時間がない。急いで!」
冬馬はベットの下に潜り込んだ。奈月は盲点をついて扉の横へ。
ドン、ドン、と音は近づいてくる。冬馬も奈月も心臓が破裂しそうな思いで待っていた。できるならこのまま通り過ぎてくれればいい。しかしその願いは叶いそうもない。せめてこの作戦は成功させなければ‥。
ドン、ドン、ドン、ドン‥その足音は扉の前で止まった。ガチャ、っとドアノブが回る。
ギギィー、っとイヤな音を出して扉が開く。
奈月は叫び出しそうな口を押さえて震えていた。冬馬もベッドの下で震えながら、しかし慎重にタイミングを見計らっていた。
扉が開いて奈月がその裏に隠れる。現れた大柄な男は二人がいない事に気付いたようだ。手には斧を持っていた‥。
だが怯んでいるヒマはなかった。行くしかない!
ガン!とワザとベッドの下を叩く。男はズンズンとベッドに近づいてきた。今だ!
奈月は最高のタイミングで飛び出した!男が振り向いた瞬間に、今度は冬馬が飛び出した!
「うおおおおお!」
冬馬は立ち上がると共に男の腹をぶん殴った!
「う゛っ‥。」
よろけた男は斧を落とした。
チャンスだ!冬馬は一気に勝負に出た。
冬馬の渾身の力を込めたパンチ!しかしそれは簡単に止められてしまった。
「いい気になるなよ。小僧。」
ようやく口を開いた男の声は暗く、寒気がするほどの不気味さがあった。
もう一度殴りかかろうとしたが、その手を掴まれ、首を掴まれ、身動きができない。そしてグッと首を絞められた。
「うぐっ‥あ゛っ‥‥。」
苦しい、苦しい、苦しい!!だが、男は急に力を緩め、冬馬を床に投げ出したのだった。
「ゲホッ、ガハァ、ハァハァ‥。なぜだ‥。なぜ殺した。どうして俺のダチを殺したんだ!」
「実験だよ。」
「実験!?」
「私はねぇ、昔科学者だった。いろんな薬を作りだしては世に広め、周りは私を天才と言った。だが私にはどうしても作れない薬があった。不老不死の薬だ。そればかりはいかに天才でも作れないと周りは言っていた。それでも私は諦めなかった。私に付いてきた人も一人二人と離れ、やがて誰も私に協力してくれる人はいなくなってしまった。それどころか研究所まで追い出された私は、仕方なく新しい研究所を作る事にした。それがこのホテルだ。そしてお前たちのような旅行者を泊めては、実験を行った。予約もなく来る客、つまり他の誰もここに泊まっている事を知らないという事。いなくなっても私が犯人だとは気付くまい。」
「‥そんな、そんなくだらない事の為に殺したのか!桜も、暑志も!!」
「くだらない事ではない。不老不死、それは人類が最も望むものだ。私はすべての人間の希望の薬を作っている!それには多少の犠牲はしょうがない。」
「なにがしょうがないだ。暑志を、桜を、あんな風にしやがって!あんな残酷な、あんな惨いな死に方はないぞ!あいつらに何をしやがったんだ!」
「今開発中の薬を飲ませた。女は全身の血を抜いた。男は手足を切り落としてみた。それでもまだ生きていたが‥残念ながらまだ薬は未完成だったようだ。だが後一息で‥。」
「うるせーよ!そんな薬いらねーよ!生きていればいつか死ぬんだ!だから今が大事なんだ!いつか泣く時があるから楽しい時もあるんだ!人は弱いから仲間がいるんだ!それが幸せに繋がるんだ!お前が作っている薬なんか誰も必要ない!人類の希望になんかならない!」
威勢良く反抗した冬馬だったが、男の次の言葉で一気に青ざめた。
「‥さっきの女にもその薬を飲ませたが‥そのまま何もしなかったヤツは今までいない。どうなるか見ものだな。」
「奈月‥。」
冬馬は走った!男は邪魔もせず通してやった。
「ハァ、ハァ、ハァ‥奈月ー!!」
冬馬は叫んだ!
「冬馬ー!?」
冬馬が全速力で走ると、奈月にはすぐ追いつく事ができた。
「ハァ、ハァ、なんともないか?」
「うん。大丈夫だよ。」
「そうか!良かった‥。本当に良かった。」
二人は抱きしめあってお互いの無事を確認したのだった。
「よし、逃げよう!」
「うん。」
冬馬は奈月の手を引いて走った!
フロントまで来ると大きな扉が見えた。出口だ!しかし開いているワケが‥‥そんな予想とは裏腹に、扉はあっけないほど簡単に開いたのだった。だがそんな事に疑問を抱いているヒマはなかった。二人はそのまま外へと走りだした。しかし‥。
「奈月‥?」
「え?‥‥あれ?鼻血が出てる。いつの間にかぶつけたかな?」
「だといいけど‥。」
「ゲホッゲホッ!」
「大丈夫か?」
「うん。ただの咳‥‥じゃないみたい‥。」
口を抑えた奈月の手には、真っ赤な血が溢れていたのだ!さらに今度は耳からも血が流れ出した。倒れそうになる奈月を冬馬は急いで抱き留めた。
「奈月‥!」
顔を覗くと、なんと目からも血が流れ落ちたのだった!
「冬馬‥。私‥死ぬのかな?」
「バカな事言うんじゃない!絶対助かる!俺が助けてやる!いいか、ちょっと待ってろよ!アイツから解毒剤かなんか奪ってくるからよ!ちょっとだけ待ってろ!」
冬馬は奈月を地面に寝かせ、再びホテルに戻ろうとした。
「待って‥行かないで‥そばにいて。」
奈月の弱々しい声が冬馬の胸に刺さる‥。
「ほら、これは俺の大事な腕時計だ。いつも肌身はなさず持っているヤツだ。これを預けるから‥必ず取りに戻ってくるから!だからそれまでしっかり生きていろよ!!わかったな!」
冬馬はこらえきれず涙ながらに言った。そして奈月の返事も聞かないまま走り出した!
三度開いた大きな扉。その瞬間!ドン!!と腹部に衝撃が走った!
「ちっ‥くしょ‥!」
倒れながら睨みつけたその先には、薄ら笑いを浮かべるあの男の姿があった‥。
ベッドの上で目を覚ました。月明かりが眩しいほどに冬馬を照らしていた。
(今何時だろう?)
冬馬はいつものように腕時計で確認しようとした‥が‥。
「無い!無い!?どうして!?いつ外した?」
不思議な位高まる不安に焦りながら、それでも冷静に冷静にパニクらないように必死に自分を落ち着かせようと努め、そして考えた。
「そうだ!奈月に貸したんだ!」
(いや待てよ、それは夢の中の事だった。夢の中の出来事が現実に?‥有り得ない。俺にはそんな予知夢を見るような力なんかない。逆ならよくあるが‥‥。)
フッと、急に部屋が暗くなった。さっきまであんなに綺麗に見えていた月が雲に隠れてしまったのである。
「月が‥消えた‥。」
(そして奈月も、消えた?‥‥‥‥。そうか‥。)
冬馬はある事に気付いた。ある重要な事に‥。
「冬馬ー!来ったよぉ!」
「ん。起きてるな。」
「入るよ。」
友人の3人が仲良く揃ってやってきた。
「何やる?」
「ババ抜き!」
「ババ抜き!?」
「文句あるの!!?」
「‥ありません。」
「負けたらどうする?」「服を一枚ずつ脱いでくとか。」
「何!!?」
「‥なんでもありません。」
「ねぇ、冬馬も話に参加してよ。」
楽しそうな3人をよそに、冬馬は1人窓辺に立って空を見ていた。真っ暗な空を‥。
「‥ごめん。もうトランプなんてできないんだ。」
「どうした?具合でも悪いのか?」
「‥もうお前たちとは‥一緒に遊べない。」
「どうして?」
「‥朝七時に目覚ましをセットしたのに鳴ったのは6時だった。奈月にジュースを頼んだのに買ってきたのはアイスだった。」
「それがどうし‥。」
「おかしいのはその事に何も違和感を感じなかった事だ!他にもつじつまの合わない事はいくつかあった。」
「つまり?」
「俺は夢を見ていると思っていた。恐ろしい悪夢を‥。でも違った。それは現実の世界だった!夢はこっちの方だったんだ!!‥‥現実の世界では、お前達は‥お前達はみんな‥。」
それ以上は言葉に出来なかった。自然と涙が流れ落ち、それは冬馬の言えなかった事を代わりに伝えたのだった。
「‥‥なぁ、冬馬は生きてるんだろ?なら絶対生き延びろよ!俺らの分まで、絶対に!!」
「ああ‥ああ絶対に生き延びてやるよ!」
「約束だぞ!破んなよ!」
「約束だ!」
2人はそう言って拳を合わせた。
「そろそろ‥行かなきゃ‥。」
「冬馬!!」
「奈月‥。」
「愛してるよ!!」
「‥俺も、俺も愛してる!忘れないからな!奈月のこと。暑志、桜、お前達のことも。お前達と過ごした楽しかった時も。一生‥一生忘れないから!!」
涙でいっぱいの目を拭い、冬馬は目覚めた。
「夢でも見ていたか?」
どす黒い声が聞こえた。もちろんあの男だ。
冬馬はまた別の部屋の真ん中にいて、男はドアの前に立っている。また部屋の奥、窓の下には三体の遺体が転がっていた。ミイラのように干からびた桜。ダルマのように手足を無くした暑志。そして全身が真っ赤な血で覆われた遺体が一つ。顔もわからないが、誰の面影もないが‥だがその手は、血まみれの細いその手は、冬馬の預けた大事な腕時計をしっかりと握りしめていたのだ!
‥本当はわかっていた。
もうダメだって事くらい、うすうす気付いていた。それでももしかしたら、とか。奇跡が起きるかも、とか。ほんの少しは心のどこかで期待してたんだ。でもダメだ。こんなの見てしまったら、こんな残酷な姿見てしまったら、もう諦めるしかない。二人の輝く未来も、楽しい時間も何もかも、もう無いんだと‥。
「奈月ーーー!!!うわあああああぁぁぁ‥。奈月ー‥‥!」
涙は湧き出る泉のごとく、どこからともなく限りもなく、ただただ溢れては流れ落ちていくのだった‥。
「なぜお前だけ殺さないで生かしておいたと思う?お前が一番賢そうだからだ。さすがに一人では大変な事もある。助手が欲しいんだよ。」
冬馬は三人の遺体の前に座り黙り込んでいた。
「お前ならわかるだろ。その死体のようにはなりたくないだろ?私に協力しろ。協力するなら実験台になんかしない。さぁ‥。」
「‥確かに、こんな死に方はしたくない。」
冬馬は男に背を向けたまま答えた。
「そうだろう。なら私と‥。」
「だがてめーに協力するなら、死んだ方がマシだ!」
「‥残念だよ。本当に。」
男は手に持っていたチェーンソーを始動させた!
「素手で私に適うとでも思ってるのか?」
男は一歩二歩と近付いてきた!そしてチェーンソーを振り上げたその時!冬馬は振り返り、左手でスプレーを吹き出し、右手でジッポの火をつけそれに当てた!
スプレーは火炎放射になり炎が男を襲う。
「ぐあっ!あああああ!」
顔が火だるまになった男は叫んだ!チェーンソーを投げ出し両手で顔を押さえる。
「これはいつも桜と暑志が持ち歩いていた物だ!そしてこれは‥!」
冬馬は何かで男の首を刺した!
「‥これは、奈月が俺にくれた物だ!!」
それは十字架のネックレスだった。
「うぐああぁあ!がはっ!!はぁぐあぁぁぁ!!」
男は倒れ込み、苦しみ悶えている。
「死にたくなかったら自分で作った薬でも飲むんだな。」
冬馬は男を睨みつけ、そして部屋を出て行った。
「そうだ!薬‥これがあれば‥!」
男は胸のポケットから薬を取り出した。
「二粒、三粒‥いや、10粒だ!これだけ飲めば効くハズ!」
男はまるで食べるように薬を飲み込んだ!
「‥‥‥ハァ、ハァ‥‥痛くない。‥‥苦しくもない。‥効いた。効いたぞ!ワッハッハ!そうか、足りなかったのは薬の量だった!!ついに完成したぞ、夢の薬が!‥とりあえずヤツは殺しておくか。」
男はスッと立ち上がり、チェーンソーを手にとり入り口へ向けて走り出した!
冬馬が歩いていると、ドン!ドン!ドン!!ドン!!と、もの凄い勢いで男が走り寄ってきたのだった!
「ハハハハハ!残念だったなぁ。10粒飲んだ!薬は効かないと思っていたろ!」
振り返った冬馬に男が再びチェーンソーを振りかざした、その時!
「‥‥?見えない。真っ暗だ。‥どうなってる?どうしたのだ!何も見えない!」
男は急に動きを止めたのだった。
「‥奈月が一粒飲んでああなったんだ。10粒も飲んだらどうなるか、なんとなくは想像できるだろ!」
睨みつける冬馬の視線の先には、目玉が垂れ下がった無残な男の姿があった!
さらには手や足、そして体中がまるで溶けるようにグチャグチャになっていったのである!
「痛い‥痛い!体中が焼けるようだ!‥苦しい!はああぁあぁああぁああぁあぁ!!‥‥助けてくれ!頼む!助けてくれー!!」
「‥悪いけど俺、その直し方、知らないんだよね。」
冬馬は振り返って歩き出す‥。
「頼む!!助けて‥助けてくれー!!助けてくれー!!ああああああああぁぁぁ!!!うがあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥‥‥‥!!!!」
その悲鳴は一日中途絶える事なく響き渡り、やがて消えていったのであった‥。
「トランプしようよ!私ババ抜きがいいなぁ。」
「ババ抜きねぇ‥ま、いっか!」
「ねぇ、冬馬もこっち来て。一緒にやろ!」
「あ‥‥ああ‥。あれ?みんな、どうして‥。」
「たまには遊びに来ても、いいっしょ。」
「約束、守ってくれたみたいだな!」
「いつも見守っているからね。冬馬!」
‥‥目を開けると、自分の部屋の見慣れた天井があった。
「‥夢‥か‥。」
まだ真っ暗な夜だ。にしても異常なくらい暑い。冬馬は部屋の窓を開けた。二階の窓から下を見下ろす。
するとそこには、季節はずれの桜が一本だけ、満開に咲いていたのだった。
「こんな時期に桜なんて‥また夢じゃないだろうな?」
冬馬は顔を二回、パンパンと叩いてみた。
「いってー‥。」
たまに現実か夢かわからなくなる時がある。だがこれは現実のようだ。
「‥みんな揃って、遊びに来てくれたのか?」
空を見れば最高に綺麗な満月だ。
今日もいい夢が見れそうである。