幸い中の不幸な魔王
「さっ! 魔王様。そろそろ起床の時間にございますよ。いくら召喚されてから7時間しか経っておられぬとはいえ、もう起き上がられてはいかがでしょう?」
突然の甲高い聲。ああ、うるさい。俺は前の世界でも朝には弱い方なのだ。
ましてや動かしたことのないこの身体を起き上がらせようなんてこと、する気にもならない。
俺がずっと黙っているのを見てなのか、甲高い聲の持ち主は俺の身体をゆっさゆっさと揺らしはじめた。
「魔王様ぁ…もう起きましょうよぉ……………ほらっ!朝食もあるんですよぉ!」
朝食ごときで、俺を釣ろうなどとは。
俺も舐められたものだ。
………………誰が起きるか。
「おいっ! 新入り魔王の若造野郎っ!さっさと起き上がれっ! ぐうたらしてんじゃねぇっ!」
………作戦を変えたか。甲高い聲め。
それにしても、凄い言われようだ。
………………絶対にっ! 起きるかっ!
「さっさと起き上がれっ!この糞ぐうたら野郎っ! 俺の爪で引き裂かれたいのかっ! おーきろっ!こーのやろうっ!」
そう言うやいなや、その聲の持ち主は何をしたのか、少しうつ伏せよりで寝ていた俺の背中に何か鋭いものが刺さったような感覚が現れた。
「ぐわっ! たたたたたっ! んなっ?」
俺のこの世界での記念すべき第一声である。
「やっとおめざめになりましたかぁ。ぐっすりと眠れましたか?」
急に態度が変わった〈それ〉は、長い爪を持ち、おぞましい顔に二本の角を得て、お尻の先からーー長い尻尾のようなものをつけているーーそうだな…言うなれば、〈悪魔〉の言葉そのままを現したような生き物だった。
俺は全身全霊の力を振り絞ってーー起き上がった。全身が何故かヒリヒリする。
「あ……ぁぁー。おわぁぁお……」
喋れる。手も動かせる。
…………………此処、どこだっけ?
…………………あぁ、そうそう。俺は魔王となってこの世界に召喚かなんかせれたんだっけ。
………危ない危ない。忘れるとこだった。
「魔王様。ここにおります我こそが、魔王様の側仕えの〈闇に隠れし悪魔〉ルーランタンにございます。お見知り置きを」
側仕えぇ……こいつがぁ……?
……嫌だ。嫌だ!どうせならもっと可愛らしい、そう! 悪魔でもいいから可愛らしいメイドのような奴が良かった! なんだこいつはっ! ただの悪魔じゃねぇか!
「魔王様。我が見ている限りですと、なにかけしからんことをお考えに……?」
「ないっ! そんなことはっ!」
大きな声が出てしまった。そんな自分が悲しい……
。悪魔ルーランタンは優しくも言及はしなかった。
「では魔王様。そろそろお着替えなさって、朝食でも食べに行きましょう」
ルーランタンはそう言うと、自分の長い尻尾をくにゃくにゃしてこう唱えた。
「▶*⇩●◑◎★♢♡♥▷っ!」
ぼぼん。そんな音と共に部屋の中にとても強い風が吹いた。
慌てて目を閉じたが、閉じてからしばらくすると風も止んだ。
目を開けるとーー
そこには、先ほどまでいた部屋の何倍、いや何十倍もの大きさの部屋、広間が広がっていた。
「驚きました? 〈魔術〉に」
〈魔術〉。ルーランタンは今、確かにそう言った。
「い、今、何て言ったんだ?」
俺は問い掛ける。
「まぁ、その内お教えしますから、ご安心を」
くそっ。今知りたいんだ。俺は。
「あ、そうそう。服も正装に変えときましたよ」
ん?
俺は自分の身体を見る。
おお……おおお……。
なんか分からないが、かっこいい服ではある。
それにしても「正装」っぽくはない。
まぁ、今の俺は魔王だ。これでいいのだろう。
そう考えている間に、広間にはたくさんの者(少なくとも人とは言えない生き物もいる)が入ってきた。
ぞろぞろ、ぞろぞろ。
みんなが席についていく。
それを見計らったかのように、隣の悪魔が大きな聲を上げる。
「……さぁ、毎回恒例の〈対面式〉の始まりです!」
ルーランタンの大きな聲に合わせて、どこからともなく音楽が流れる。
その音楽はリズミカルで、愉快で良い音楽だったがーーー
俺は、その音楽で、気を失った。




