カナと図書室 1
一億を超える書物を抱える、絶極城の図書室は、実に寂れている。
書物が好きな悪魔がいない、というのがその主たる理由の一つだが、その所蔵数を聞いてからというもの、カナは悪魔が書物を憎んですらいると思ってしまう。
そんなことない、と言った悪魔もいたが、カナと一緒に図書室に入って案内をしようという悪魔は出て来なかった。とある少年の姿をした堕天使の長に頼めば図書室の案内ぐらいしてくれたとは思うが、カナは自分の時間の邪魔をしたその堕天使に何かを頼む気にはなれなかった。その上、最後にカナのバスルームで話したきり、その堕天使長の姿も聲も聞こえてこなかった。
仕方なく独りでカナは図書室の扉の硬いドアノブを下げて、力いっぱい押す。
音がするか、と思った予想に反して、全くの無音で開いた扉は、途中からひとりでに動いていた。中から少し冷たい風が流れてくる。その風は、かつてカナが通っていた学問所のホコリっぽいにおいを運んでいた。
その扉の向こう側に恐る恐る足をのばすと、灯りが無いにもかかわらずその図書室の全容が見えてきた。
数多くの本棚が、こちらに横を見せて規則正しく並んでいる。その列は数えて五列あった。その本棚はカナの背丈の三倍ほどもする天井にまで届いており、その一番上まで隙間無く本で埋められていた。
一番上の本の題名を見ようと、本棚の正面に立って少しずつ離れて見ていったものの、本の題名は見えず、やっとのことで本の色が見えた程度だった。
本棚の上はあきらめ、今度は部屋の端っこ、最後の本棚を見ようと入ってきた扉に近づき、まず右を見やる。奥の方は闇に覆われ、だんだんと見えなくなっていた。灯りでも灯そうかと、少し前にサネから習った炎の創造魔術を唱えようかと迷ったが、書物が多いこの場で、制御が難しい炎の魔術を使うのは止めようと思いとどまった。
そして改めてカナは感じた。
「この図書室の本、多すぎない……?」
その呟きを聞く者はいない。けれど、そう呟いてみないではいられないほどの広さだった。
このままこの図書室に感嘆していても意味がないので、さっそくカナは「絶極城全貌地図」探しを始めることにした。
「……図書室で本探しをするなら、まず絶極城全貌地図をさがしあてねば、ならんのよなぁ」
と、カナが案内を頼んだ悪魔全員が教えてくれた(もちろん言い方はそれぞれ違ったが)。どうやらその教えは大正解らしく、カナは何もなしでこの広い図書室から堕天使長が言っていた本を探し出すことが不可能に思えた。
「絶極城全貌地図は、入り口に一番近い列の、一番近い本棚にある。金ぴかに輝いているからすぐ見つけられるさぁ」
その悪魔からの言葉だけを頼りに、カナはそう思える本棚の前に立った。悪魔みんなが口を揃えて「すぐ見つけられる」と言っていたので、カナは苦労せずに見つけられると思っていた。
けれど。
けれどけれどけれど。
カナはしばらく立ち止まって探していたのだけれど一向にその「金ぴかの地図」は見つからない。何度か一番上にあるのではないかと思って、頑張って一番上の列の本の色を確かめようとしたのだが、金ぴかに輝く本らしきものは見えなかった。
そもそも、「すぐ見つけられる」とまで言うのだから、一番上なんかにあるはずがないのだ。
もう無いんじゃないか、と思ったカナだったが、こんなところで諦めたら何かに負ける気がして、諦めずに本棚を見上げ続けた。
さらにもうしばらくたった頃。
「あーーー!ないでしょこれ。ないに決まってるのよ……」
誰かに聞かせるわけでもなく、逆に誰にも聞こえないからといってカナは叫んだ。
もう誰かが「地図」をどこかにやったしか考えられない、とカナはそのまま地べたに座り込む。そのときだった。
カナにとあるひらめきが生まれる。そしてこれまでそれに気付かなかったカナは阿呆なのだ。カナは落胆を混じらせて叫ぶ。
「この本棚って、裏もあるんじゃないのー!!」
音を鳴らして、カナはその本棚の裏に回る。そこには。
「あ、あ、ある……」
黄金色に輝く、金でできたような立派な分厚い本が、本棚のど真ん中と言って良いほどの中心に位置していた。
その本の背に、大きな文字で「絶極城全貌地図」とある。
ふざけないでぇ、とどこかの悪者のような言葉を小さく漏らしたカナなのであった。




