カナとプリン 5
ルーランタンの聲が、カナの耳に入っては出ていく。
「………と、いうことで、今晩はルハルナ養鶏場で泊まることになりました」
今はもう陽が落ちて、灯が灯されてきた頃。カナは早起きな分、夜は早いのだ。
くわーあ、と大きなあくびがカナの口から漏れ出す。横にいるサネが睨んで、カナを注意する。
「カナ、ルーランタンの話聴いてた?」
「うん。聞いてた聞いてた。ここで一晩過ごすんでしょ」
「なんでここで過ごすのかは?」
「……………?」
「こら!」
眠たいんだから仕方ないじゃん、とカナは唇を尖らせるが、サネは睨む顔を止めない。
「じゃあ、一人一部屋割り振ったから、よくきいてー」
修学旅行のようなトーンで、ルーランタンはみんなに言った。
「二階に上がって、右から私、サネ、カナの順番」
じゃあまた明日!とテンション高めでルーランタンは二階へ向かう階段にダッシュした。
『それにしてもルーランタン、テンション高いよねぇ。あれかな?泊まりはテンション高くなる系男子』
カナが無視するのをルシファアは見届けて、
『おやすみ』
と言って消え去った。
普段ルシファアが消えているときは、いったいどこにいるんだろうと、カナも思ったことはあるが、今考えるのは止めておく。
サネもおやすみと言って部屋に行くのだろうと思っていたら、サネはこんなことを言い出した。
「カナ、ちょっと話があるんだけど…」
「えー」
もう寝てしまいたい、とカナはサネに抗議する。その抗議のおかげか、
「分かった。明日するから早く起きてね」
とサネはすぐ折れた。
「うん。早く起きる」
そう言ってカナは、もう限界だと言わんばかりの足取りで階段に向かう。
「おやすみ」
サネはカナの背中にそう呟いて、置いてあったアームチェアーに座る。
サネにしばらくそこで考え事をしていたが、やがて
「ルシファア、そこにいるなら聞いてくれ」
とルシファアを喚んだ。
『やあやあ。サネ。君が私を喚ぶのはいつぶりかな』
そのルシファアの聲は、サネには聞こえないのだけれど、サネはその聲を聞いたかのように続ける。
「久し振りにルシファアとは話すね。もっとも、僕には君の聲がもう聞こえないのだけれど」
寂しそうに呟くサネにルシファアは応える。
『私には君の声が聞こえるよ』
サネは悲しそうな顔をしたまま、続ける。
「ルシファアに聞こえてさえいたらいいんだ」
ルシファアは笑顔で頷き、「話があるんだろう?」とサネに聞いた。
もちろんサネは、その問いに答えなかったけれど、話し始めた。
「話があるんだ。ルシファア。君も察しているかもしれないけれど、…ルーランタンと、その恋人だった人の話だ」
『……………』
「……………」
沈黙が訪れる。
「ルシファアが、昔僕に話したお話を僕はまだ覚えていたんだ」
『リフリアと、ルーランタン…』
「ありえるはずのない、恋の話」
ルシファアとサネは、現在二人しか知らない話を、恋の話を、今一度思い出した。
『君の、一つ前の〈選出〉者、リフリア』
「僕の、一つ前の〈選出〉者、リフリア」
ルシファアとサネがそう言ったのは、ほとんど同時だった。
「でも、僕は14代目」
『そう。君は、14代目」
ルシファアは、うつむくサネの背中をさする。
「この話を、カナにしてもいいのでしょうか?」
ルシファアは、サネの背中をさすったまま、答える。
『君一人で抱えるのは、ややきついかもしれない。けれど、このことは誰にも話すなと私は前にも言ったよね?』
サネにはその応答は聞こえていない。
ルシファアにできるのは、願うことだけ。
サネは一晩中、そのアームチェアーに座って考えていた。
次の日の朝のことである。
カナはいつものように朝早く起きて、顔を洗った。特に今日はサネから呼ばれている。はやく一階に降りなきゃ、と急いでルーランタンが用意してくれたパジャマを脱いで、着替えた。
部屋を出て、階段を下りる。
その先には、サネが木製のアームチェアーに座っていて、カナの姿を見ると「おはよう」と声をかけた。
サネの座る椅子の、反対側に置いてある椅子にカナは座って、サネが話し始めるのを待った。
少し経ってから、サネは口を開いた。
「これは、ある悪魔と人間の、ありえるはずのない恋の話………」




