大魔王叶偉とカナ
「………魔王様…?」
ここは壁が赤々と光る絶極城魔王の部屋。
先ほどまで一時間くらい、堕天使長ルシファアと〈選出〉者であるカナがお喋りに興じていたところである。
そして今は、少年の姿をした堕天使長が離脱して、俺とカナの二人だけである。
二人のお喋りに仲間外れにされていた俺は、このカナという少女に自分から話しかけるつもりなんてさらさらない。
ずっとだんまりを続けていた俺を、しばらく黙って見ていたカナだったが、何を思ったのか話しかけてきた。
「……?」
声を出さずに俺が反応すると、カナは話した。
「魔王、って違う世界から堕天使長の力によって召喚される、って聞いたことがあるんですが…」
本当に堕天使長の力なのかは知らないけれど、カナの言いたいことは分かった。
「…本当ですか?」
「ああ、本当だ」
口数少なく俺が答えると、カナはその瞳を輝かせた。
「…………異世界、ですか…?」
「ああ、そうだ」
「人間みんなが魔法を使ったり、ドラゴンが荒野で暴れたり、気合いでビームとか瞬間移動とかする異世界ですか…?」
やばい。やめてくれ。
カナのキラキラしている瞳を見ているだけで悲しくなる。
やっぱりどこの世界も、“異世界”に思うことは一緒なのだろうか。
いいよなぁ、そんな世界。
人間みんなが魔法を使って、ドラゴンが暴れて、ビームとか瞬間移動がある世界。
俺も憧れるに決まってるじゃないか。
「…………………………………」
「どうしたんですか?」
沈黙する俺の顔を伺うカナの瞳からは、何を察したのかキラキラが消え去っている。
「ないんだよ。そんな世界」
「え?」
「魔法?ドラゴン?ビーム?瞬間移動?ハーレム?………この世界にそんなものを期待していた俺が馬鹿だった。逆に訊かれちまったじゃねえか!」
「……」
つい熱くなってしまった。
「……」
気まずい。
「まほう…どらごん…びぃむ…しゅんかんいどう…」
「………」
カナが壊れた。俺のせいだ。
「まほー…どあごん…びむ…しゅんかーいどー…」
カナの目は虚ろになっていて、とても怖い。
俺が熱く語ると、こいつは一気に冷えた。
夏の肝試しに使える感じだ。
「ま…ぁ、まぁまぁ!カナ?おい、大丈夫かおい!いいじゃないか、少なくともこの世界には魔法があるんだから!……あ!そ、そういえば〈選出〉者は魔法が使える身体になるらしい……って!なあ!カナ?聞こえてるか?」
「まほー………!」
やばい。こいつ末期だ。
どうすれば良いのか分からず、ひたすらぐらぐらとカナの肩を揺らしていると、だんだんとカナの瞳孔に生気が戻り始めた。
そんなカナの姿を見て少し安心した俺は、カナに問いかける。
「もう、落ち着いたか?」
「失礼しました。魔王様。少し“異世界”となると、つい取り乱してしまうのです」
「わ、分かった。俺の“前の世界”の話はまたしてやるからさ、今日はやめとこうな?」
しばらく固まっていたカナであったが、俺の言葉を理解したようになると、
「わ、分かりました。また、おはなしして下さい」
と答えたので、
「ああ」
と約束しておいた。
その会話が終わると、部屋に沈黙が訪れたが、今回は俺の方からその沈黙を破ることになった。
「そうだ、カナ」
「なんでしょう?」
「その、…敬語を止めてくれないか。俺という人間はどうも…その話し方が…」
「はい。分かった」
うん。少し変だ。
無理やり変えさせるのはやっぱり駄目なのか、と考えたが、やっぱりこれでいいやと思ったので、敢えて触れないでおく。
「それと、『魔王様』っていうのも…」
「じゃあなんとよんだら…?」
「ううむ…」
少し考えて、これしかない、と思ったのを言う。
「叶偉………」
「かい……?」
不思議な発音でリピートしたカナだったが、何度か繰り返していると、
「大魔王かい…」
と呟いた。
「大魔王って…ちょっと…」
と抗議する俺の声を聞くことなくカナは頷くと、一人で納得したように
「大魔王かいって呼ぶね!」
と、とても嬉しそうな笑顔で宣言した。
その笑顔がなんともあれな感じがして、あれだったので、俺は
「そうか。分かった」
としか呟けないのであった。




