魔王叶偉とカナとルシファア
絶極城の魔王の部屋、そこには魔王、堕天使長、そして〈選出〉者が立っていた。
〈選出〉者の顔はやや険しく、魔王と堕天使長の顔は引きつっている、そのような微妙な空気を漂わせていた。
魔王の努力も空しく、堕天使長のつぶやきがこぼれた後の静寂を破ったのは、意外にも〈選出〉者だった。
「あの…私はこれからどうすれば……?」
『好きにしたらいいよ。正直、働きたくないのなら別に働かなくてもいいし………。まあ、一応君の部屋ってことでこの部屋を出て向かいの部屋が用意されている。君の師であるサネの部屋はその隣だ』
そこまでを一気に答えたのは、案の定堕天使長だった。
堕天使長の言葉に、魔王がわからないものもあったが、そこは我慢して黙っておく。
「私は…もちろん、命通り側使いを勤めるつもりですけど……何をすれば…?」
『ああ、側使いっていっても随分と曖昧でさ。基本的には、魔王の部屋の掃除、布団替え……あと、この魔王の場合、朝に起こしに来る…とか?』
「……おい」
非常に不愉快である。
『ま、詳しくは元側使いだったルーランタンに訊くといいよ。落ち着いてきたみたいだしね』
くすくす、と嗤いながら少年の姿の堕天使は喋ると、いきなり声色を変えて言った。
『そうそう、君は側使い以外の仕事がある。他でもない、〈選出〉者の仕事だ』
「……………………」
急に静かになる。
けれど、〈選出〉者の仕事は俺も聞かされていなかったので、気になる話である。
『一つ、〈選出〉者は基本的には魔王の補佐にまわること。
一つ、魔王の外出時には〈選出〉者が絶極城に残り指揮権と執ること。
一つ、人間達への知らせ、公布、話し合いは〈選出〉者が行うこと。
一つ、魔王への連絡は〈選出〉者を通して行うこと。
一つ、女神軍と戦争が起こった場合には〈選出〉者は魔王と共に指揮権を執り、もしどちらかが戦場に赴く場合、片方は絶極城の指揮を執ること。
一つ、魔王が死んだ場合、次期魔王が決定されるまで〈選出〉者が魔王の仕事一切を受け継ぐ。
一つ、〈選出〉者は仕える魔王が死ぬまで、以上の仕事をこなす。
………………こんなかんじ、かなぁ…』
長ったらしく宣うルシファアは、どこか楽しそうに、そしてなにかを懐かしむようだった。
「ふうん」
そう呟いた〈選出〉者は、まるで前から知っていた内容を今聞いたかのように冷静である。
『ま、何も難易度“とてもむずかしい”とかいうやつじゃあないから、しんどくはないと思うよ』
「うん」
頷く〈選出〉者。
さっきから目の前の少女と隣の少年の姿をした堕天使が二人話していて、俺が入る余地がない。
「あっ…あのさ……君の名前って……?あるの…?」
変な高さの声を出した俺の喉は、目の前の〈選出〉者に問いかけた。
さっきから〈選出〉者〈選出〉者って面倒くさいんだよな…。
「…………………」
『…………………』
沈黙が訪れる。
何で俺が話すと、こうも静かになるのだろうか。
…………あぁ、こういうのっていやだ…。
そんなことを考えている俺を完全に無視して、沈黙は続く。
「……」
『……』
あれ……?
もしかしたらタブーだったり…?
だとしたら困る。
「……カナ…ですけど…」
『ああ、樹、かぁ』
俺の問いかけから実に体感で十秒以上の時間が経ってから、沈黙が破れた。
なんだ…。名前、あるんじゃん…。
ほっとする俺を置いて、
「魔王様が喋った…」
『あんなに緊張してたのに…』
と二人は無礼な言葉を俺にかける。
「………え。………お前らなんか俺に対して酷くないか…?」
俺の小さな声も虚しく、カナと名乗った〈選出〉者と堕天使は会話を続ける。
「…父が付けてくれたんです」
『カナの樹か…。良い名前だと思うよ』
待って!
二人共、俺を置いて行かないでくれぇ…。
そんな悲しみの声が、俺の心を震わした。
そんなとき、カナと少年の姿をした堕天使の笑い声がどこか遠くで聞こえた気がした。




