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清隆学園の夏休み  作者: 池田 和美
3/15

七月の出来事・③

 夏の短い夜は過ぎ、ふたたび朝がやってきた。

 図書委員会のメンバーで集合時間を決めると、まず三十分前に恵美子が集合場所に現われる。時間に余裕を見るのか、それともあだ名である『コジロー』由来の有名人の影響かもしれなかった。

 今朝も待ち合わせ場所に指定されたJRと私鉄との乗換駅の駅前ロータリーに、恵美子が一番乗りであった。

 今日のお洒落は、白い薄手のスカートに薄桃色のタンクトップ、同じ配色の大きめのバックを足下に置いていた。

 時間十分前には藤原由美子が現われる。まあこのぐらいが普通の態度であろう。

 他の場所で待ち合わせていたのか、今日のもう一方の主役である池上透と一緒だった。

「はよー、コジロー。こちらトール」

「はじめまして池上透といいます。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 木陰で待っていた恵美子に、差していた日傘を畳みながら紹介された少女は丁寧に頭を下げた。

 好奇心から恵美子は彼女をジロジロと見てしまった。

 初対面の彼女は、写真で見た姿より小柄で今にも消えそうな存在感であった。肌の色も青白く、どこか病んでいるような印象だ。憧れの彼との一日が始まるのならもうチョットはしゃいでいてもよいだろうに、物静かに日傘を持って立っていた。

 由美子の服装は黒デニム地のロングパンツに、上は同じ生地の長袖シャツを腕まくりという姿。ボタンなんか一つも留めていなくて、腰の位置で裾を縛っていた。シャツの下に着たプリントTシャツを、彼女の平均的な胸が押し上げていた。

 一方の透は、薄い黄色のノースリーブワンピースにツバの広い日除け用の白い帽子に、先程畳んだ日傘というファッションである。

 二人とも同じ手提げを持っていた。その新しさから、ここ最近二人で揃えて買ったようだ。

「はよう」

 時間ピッタリに正美が現われた。

 着慣れたジーンズに夏用の浅黄色の半袖シャツ、荷物は登校時にも使用しているエンジ色のディパックというなんの変哲もない格好だ。

「あれ? 他の二人は?」

 由美子が当然の質問をした。以前似たようなメンバーで集まった時は、二人とも集合時間に自宅で起床したという前科がある。もちろん今日そんなことをしたら血祭りじゃ、なんて乙女にあるまじき考えを由美子は巡らせていた。

「あそこ」

 正美の指が駅前のバスロータリーの中央に建立されている騎馬武者の銅像に向けられた。

「GO! 空楽! 新田義貞公とタンデムだ!」

 バキッズガッ



「おはよう。君が池上さんだね」

 無意味に爽やかな笑顔で弘志が透に挨拶した。後頭部に由美子にド突かれたタンコブがなければ絵になる素晴らしさだった。

 弘志は真新しいブルージーンズに青い薄手の長袖シャツであった。胸元を緩くしているが薄いといっても長袖である、暑くないのであろうか。

 空楽の方は、カーペンターパンツにカーキ色のTシャツという格好である。二人も正美と同じように学校で使っているそれぞれのディパックへ荷物をつめてきていた。

「お、おはようございます」

 青白い顔に筆で朱を刷いたように透の顔が赤くなった。やはり恋する相手を間近で見ることができないのか、まともに弘志と目を合わさずにうつむいてしまった。

「今日はよろしくね」

「…」

「ん?」

 うつむいたままボソボソと口の中で何かを言っていた。あまりに小さな声なので、誰もはっきりと聞き取れなかった。

「池上さん、下を向かずに顔を上げて喋りなさい」

 横から銅像に登りそこなった空楽が横から口を挟んだ。弘志とお揃いのタンコブが後頭部にあるのがチャーミングだった。

「二人して迫らない」

 由美子が二人の襟首を猫のように引っ張って間に入った。

「…」

「え?」

 由美子は聞き直してホッとして弘志に向いた。

「こちらこそよろしく、だって」

「ではさっそく出発」

 ニッコリとした笑顔で正美が駅の改札を指差した。

「どこの海に、どうやって行くのさ」

「まーかせて」

 由美子の問いに、正美は自分の荷物からブ厚い時刻表を取り出した。

「このままKO線で新宿方面、T駅で乗り換えて…」

「はいはい、わかったから。行くよ」

 長くなりそうだったので由美子は正美の言葉を強引に遮った。



 六人は正美の計画通りに幾本かの私鉄を乗り継いで、隣の県までやってきた。

 海沿いの駅で降りると、そこから私鉄バスに乗り換えた。もうとっくに通勤時間は過ぎていたので車内は空いていた。また途中のバス停での乗降もほとんど無かった。

 よってバスは、ほとんど由美子たち六人だけを乗せた状態で、海沿いの緩やかなカーブを潮風をきって快走していた。

「白い雲、青い水平線、白く砕ける波、どこまでも青い空。素晴らしい景色じゃないか。こういうモノを眺めていると、こう胸の奥から熱い物が…」

 おえええっ。

「バカメ。バスに酔ったな」

 弘志がビニール袋と仲良しになっている空楽を見下ろした。

「いや、いつもならこんなことはないんだが…」

 空楽はうらめしそうに網棚へ上げた自分の黒いディパックと、前の席の由美子の後頭部を見比べた。

 今日は彼女にきつく禁酒を言い渡されていた。どのくらいきつく申し渡されたかというと、彼の胃袋を鋼鉄の拳が押し上げて、今と同じように胃液が喉元に上がってくるぐらいだった。

 酒は百薬の長という言葉がある、空楽にとっては常備薬だ。それを止めさせるにはそのぐらいのパンチが必要なのだった。

 不破空楽。何度も言うが彼は読書と居眠り、そしてアルコールをこよなく愛していた。

「言い訳もさせずにボディブロー三発だもんな」

 ブツブツと口の中で言葉をこねている空楽は放っておいて、弘志は視線を自分の隣にチョンと座っている透に移した。

「池上さんは大丈夫?」

「…」

「大丈夫そうね」

 バスの車内は二人掛け座席が並んでいた。弘志と透が並んだ後ろには、空楽と恵美子が座っていた。座席の間から恵美子が透の代わりにこたえた。

 必然的に弘志の前には正美と由美子が並んで座っていた。

 この席順を決めるのに空楽と正美で壮絶な戦いが行われていた。なんと「アッチ向いてホイ」で二十四回も引き分けた末に空楽の勝利だったのだ。どちらも『学園のマドンナ』信奉者だったというよりも、折角のバカンスは少しでも由美子から離れていたいという理由であるようだ。

「で?」

 まだブツブツ言っている空楽の視線に気がついたのか由美子が振り返った。

「泳ぐの?」

 その単純な質問に男三人は代わる代わる顔を見合わせた。

「まあ夏だし、海まで来たらねぇ。そのつもりで水着も持ってきてるし」

 弘志が透の顔を覗きこむようにした。

「池上さんがよければ」

「私、泳げないんです」

 うつむき加減だった透は顔を上げた。

「カナヅチか」

 正美も振り返った。

「大丈夫。俺が手取り足取り腰取りで教えて…」

 由美子が投げ付けた缶ジュースが眉間に突き刺さり、空楽が沈黙した。

「まさか…」

 弘志が次の言葉を口にする前に、背もたれ越しに鉄拳が飛んだ。殴られたあたりを押さえながら弘志がトーンの上がった声を出した。

「オレはただ水着を持って来なかったのかと聞こうと…」

「本当でしょうね」

 疑っている目で由美子。

「他になにか? 他になにか理由になるような事があるのかなぁ」

 ちょっと意地悪い薄笑いを浮かべて、弘志が逆に由美子に迫った。

「ヴッ」

 (勝った!)

 弘志の薄笑いが顔全体に広がった。


 ボコッ!


「ひゃ、ひゃにするんびゃ」(な、なにするんだ!)

「気にいらなかったから」

「暴力反対」

「そーだそーだ」

「あに? オマエらも殴ってほしいわけ?」

「王子ったら照れちゃって」

「照れてなんかない」

「そーだー。ただ口より先に拳が出るだけだー」

「殴るわよ」

「殴ってからいわな〜い」

 ワイワイガヤガヤ、キキーッ



「ほらみろ。バスから降ろされちゃったじゃないか」

 由美子は男子三人を睨んだ。

 身長差から下から見上げる形となっているはずだが、男子三人は彼女に見おろされているような迫力を感じていた。一見シュンとしてうなだれている。しかし油断してはならない、一瞬後にはその「反省」もどこかに飛んで行くのだ。

「オレたちのせいだけじゃないと思う」

 透の荷物をまるで引き剥がすように取り上げて肩にかけた弘志が言い返した。すまなそうに顔を見上げる透にウインクしてみせた。

「罰として持ちなさいよ」

 それを見て由美子が正美に荷物を押しつけた。

「レディ。お荷物をこちらに」

 空楽の台詞に恵美子が吹き出しそうな顔になった。

 空楽はそのまま彼女の前で、まるで中世の騎士がするように優雅に胸へ手を当てて跪いてみせた。

「よろしくね」

「それはもう。至宝の如くお運びします」

 そんな二人の会話を遮って正美は額に手を当てて海の方を見ながら声をあげた。

「海水浴場まで、だいぶありそうだね」

 海沿いとは言っても六人が降ろされたのは山が海に迫っている断崖の上という場所だった。海水浴というより二時間ドラマのラストシーンの撮影をするような場所であった。

 バスが去った方向、小さな入江の向こうに小麦色に砂浜が夏の太陽を反射しているのが見えた。

 山側に寄れば木陰にかろうじて入ることができるが、あとは逃げ場のない陽差したっぷりの県道であった。対面通行のアスファルトからは陽炎が立ちのぼる錯覚すら憶えた。そんな人家も無いようなところでもさすがに道路の管理はされていて、すこし錆びたガードレールが海側に設けられていて、転落事故の予防をしていた。

「おんや」

 それを見つけたのはやっぱりというか弘志だった。彼の視線がガードレールに切れ目で止まっていた。そこの隙間から人一人分の幅をした砂利道が延びているように見えた。

「ここから下りて海ぞいを歩いた方が近そうじゃん」

「そうだな」

「ちょっと、やめなさいよ」

 その獣道のような藪にさっさと行こうとする二人、弘志と空楽を由美子が止めた。

「こっちの方が近そうだし、日陰が多そうだよ」

「でも坂がきつそうじゃない」

「べつに向こうで合流すればいいじゃん。オレこっちね」

 そう言った弘志と無言の空楽が脇道を下りはじめた。

 だまって日傘を揺らして透も後を追った。

「私もアスファルトで焼かれたくないかな」

 ちょっと遅れて恵美子も行ってしまった。

「どうする?」

 どうやら由美子にあわせるつもりの正美が聞いた。

「わかったわよ。行けばいいんでしょ」

 由美子は必要以上にズカズカと足をガニ股気味にして下りていった。



「ちょっと、なによこれ」

 由美子は怒りの声をあげた。

 県道でバスを強制降車された六人は、弘志が発見した近道(らしきもの)を下っていった。

 下りきると予想通り海ぞいに細い砂利道が続き、小さな入江を回りこむように目的地である海水浴場へ向かっていた。適当に茂った木が影を作っていて、あのままアスファルトを歩いているよりはマシであった。

 が、六人の前にけっして狭い幅でない川が行く手を阻んでいた。

 振り仰げば県道は遥か上の方で赤い橋脚を見せていた。

 いちおう渡れるように地元の人間が用意したのだろう、ゴツゴツした岩が点々と向こう岸まで続いていた。

「川ぞいに道へもどれるみたいだけれど」

 助け船のつもりか恵美子がそこから国道のほうへ登っている坂道を指差した。

「いやーよ、もう坂道はうんざり。虫も多いし、この道失敗だったんじゃない?」

 ちなみにマムシもいたが空楽が常備しているクナイで瞬殺して、女性軍に判らないよう処理していた。

「これ渡ればいいんでしょ、簡単じゃないか」

 正美は由美子と自分の二人分の荷物を抱えたまま、まず手近な岩に飛び乗った。そのまま何でもないようにヒョイヒョイと岩を渡り、一番先に向こう岸まで行ってしまった。

 それを見て空楽と弘志は顔を見合わせてウムとうなずいた。

「どうやら乗ったらフイに転がるというほどではないようだ」

 実験台にされたことを気がつかずに正美は向こう岸から「お〜い早くおいでよ」なんて呑気に声を上げていた。

「うむ。では行くか」

 空楽も正美と同じようにヒョイという感じで空中へ飛び上がった。しかし正美と違って、次の瞬間には川の中央の岩の上にいた。

 次のジャンプで向こう岸についてしまった。

 さすが石見直系第二〇代忍術使いを自称するだけはあった。身のこなしが常人離れしていた。

「じゃあ俺たちこの先どうなっているか見てくるから」

「ちょ、ちょっと!」

 由美子の声は彼らの耳に届かなかった。

 瞬く間に二人は先に進んで行ってしまった。

「ま、しょうがないでしょ」

 弘志は三人を振り返った。

 由美子のロングパンツという姿はともかく、恵美子と透はスカートだ。どう見ても岩を伝って川を渡るのに適した格好ではなかった。

「佐々木さんは手を貸せば渡れそうだね、はい」

 ジャブジャブと靴のまま川に入り、恵美子に手を差し出した。

「ありがとう」

 その手に捉まりながら恵美子は岩の上に乗った。

 もちろん彼女に手を貸している弘志は、川の中を膝下までジーンズを濡らすことになった。しかし全然気にしていないように、そのまま恵美子のエスコートをしながら渡りきった。

 恵美子に向こう岸で自分と透と二人分の荷物の見張りを頼んで、またジャブジャブと川に入って戻ってきた。

「じゃあ次は池上さんね」

 と言うと有無を言わさず横抱きに(俗に言うお姫さま抱っこというやつだ)抱き上げた。

「あ、や」

 突然の出来事に日傘を取り落とし、両手で弘志の首根っこにしがみついてしまう透だった。弘志は照れて赤くなった透にお構いなしに、また靴のままジャブジャブと川に入って行った。

「あ、足が濡れちゃいます」

 川の中ほどで、首にしがみついたまま透は弘志の瞳を見つめた。

「もうさっき濡らしちゃったし、不安定な岩の上で女の子を落っこどすなんてことよりマシさ。男の靴はこういう時に濡れるものなんじゃないの?」

 それに安物の布製バッシュだしと言おうとした弘志は次の台詞を飲み込んだ。

 まるで空楽がたまに冗談のように飛ばすキザな台詞だったと自己嫌悪したせいだ。

 見た目より遥かに軽かった透のおかげで、先程と同じように向こう岸へ到着できた。

「王子は自分で渡ってこれるんじゃないの」

 透を丁寧に降ろす弘志に恵美子はきいた。

「いや、姐さん足が悪いから無理でしょ」

 その乱暴な口と迫力のある行動(主に繰り出されるパンチ)で忘れられやすいが、由美子は足に障害を持っていた。

 常人のそれに比べてはっきりとした違いは無いが、少し疲労が蓄まっただけでビッコをひくようになる。今も獣道のような坂を下ってきて疲れたのであろう、身体を傾げて立っていた。

 無意識に右足へ重心をずらしているからだ。

 弘志はまた川の中を戻ると由美子の前で腰に手をあてた。

「姐さんはどうやって運ばれたい? オンブ? ダッコ? 池上さんみたいにお姫さまダッコ?」

「自分で渡れるわよ。オマエが手を出してくれれば」

 透が落とした日傘を拾っていた由美子は、その位置から眩しそうに弘志を見上げた。

「無理しない。姐さんさっきからビッコひいてるじゃない。おとなしく言うこときく」

 その薄笑いに抗議するような視線を返したが、思いなおしたのだろう不請不請といった態度で重く口を開いた。

「じゃあオンブで」

 それを聞いて嫌味のない笑顔で弘志はこたえ、背中を向けてしゃがみこんだ。

 ちょっとの間だけ躊躇して由美子はその背中に乗った。

 弘志は立ち上がりながら口を開いた。

「どっこいしょ」


 …。


「おーい」

 先行した男二人が帰ってきた。

「遅いから戻ってきたぞ」

 川を渡ったところで待っていた四人に空楽が声をかけた。

「誰かが落ちたとか、なにかあったか?」

「落ちたコはいなかったんだけど」

 笑いをこらえた様子の恵美子は弘志をしめした。

「どうした弘志。まるで『藤原さんにボコボコに殴られた』ような顔じゃないか」

「よく判ったな」


 教訓:女の子をオンブした時は「どっこいしょ」と言わないほうが良い。



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