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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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九十四回目『語られた真実』

 どれくらいの時間が経ったのだろう。


 曇り空の、でも明るい空のおかげで目を覚ました。

 ぼんやりとする頭が覚醒していくにつれ、何が起こったのかを理解させた。


「――ミーシャ!」


 起き上がろうとした途端、違和感を感じた。


 あれ、身体が動く。痛くない。


 自分で言うのもあれだけど、見るも無惨な姿になっていたはずなのに、その面影すらない。文字通りの無傷だ。


 たぶん、『再生神アルミリア』様のおかげだろう。


「ありがとうございます」


 月並みだけど空を見上げ、ちゃんと感謝した。それを終えると、辺りを見渡してミーシャを探した。

 意外と簡単に見つけることができた。残骸からたぶん玉座があった場所だと思う。

 そこに横たわるミーシャがいた。外見的な目立った傷は無い。やっぱりアルミリア様が治療してくださったんだろう。


 すぐに駆け寄って抱き抱え、身体を揺すりながら名前を呼ぶ。


「ミーシャ、ミーシャ! 起きて、ミーシャ!」


 あ、いや、でも、こう言う場合は休ませるべきなんだろうか、と冷や汗を流した。そうだ、医務室に運んで休ませよう。

 うんと頷いて自分なりの答えを出した時には既に遅かったようだ。


「……んぅ……ふぇ……みかづき?」


 瞼をゆっくりと上げて僕の姿を確認するや否や、飛び付くように抱き締められた。


「ミカヅキ!」


「うん、そうだよ。本当に、無事で良かった……」


 目頭が熱くなり視界がぼやけたけど、瞬きを繰り返して何とか凌いだ。


 さすがに僕は泣けないよ。僕は守るべきものがある、男なんだから。


「ミーシャ、立てる?」


「う、うん」


 なぜそんなことを訊いたのかと最初は首を傾げたミーシャだったけど、僕の視線に合わせてそちらを向くと素直に頷いた。


 ふらつくミーシャに肩を貸して、一緒にそこに歩いていく。

 ゆっくりと、だけど確実に僕らは進んでいた。


「お待たせしました。ミーシャは、しっかりと……助けました」


「……っ」


 僕は伝えた。ちゃんと言葉にして伝えた。

 ミーシャと一緒に傍にたどり着き、その場に膝をついた。同じ目線の高さになる、壁に(もた)れかかる僕らの大切な人。


 改めて近くで目にして、ミーシャが息を呑んだのが僕でもわかった。


「ミルダ……?」


 ゆっくりと噛み締めるようにその名を呼ぶ。

 名前を呼ばれて嬉しそうに微笑む。――僕は限界だった。今度こそ世界は歪み、瞬きをしても誤魔化せない。

 それは量を増し、溢れてしまった。


「そんな顔を……しないでください。仕方のないことなんです。人は誰しも……いつか必ず、死を迎えます。それが少し早いだけですから」


 ミーシャがミルダさんの手をぎゅっと掴んで一字一句を聞き逃さないように何も言わなかった。


 ――ぽたり。ぽたり。ぽたり。


 ごく小さな音が、僕の耳にははっきりと届いた。――ミーシャは泣いていた。


 ミルダさんはもう……助からないんだ。


 そんな言葉が頭の中を過る。絶対に助かるって、首を振って否定している。これからも叱ったり褒めたりしてくれて、僕たちを“ずっと”見守ってくれるんだって、信じている。


 なのに――止まらない。視界は歪んだままだ。拭っても拭っても、次から次へと止めどなく溢れてくる。


 何で、何でなんだよ。


 こんな思いをしないために……ミーシャにこんな思いをさせないために僕は戦ってきたはずだ。


 どれだけ御託を並べても、どんなに拳を握りしめても、たった一人助けられないなんて、守れないなんて。

 違う、そうじゃない。僕よりミーシャの方が遥かに辛いはずだ。小さい頃からずっと一緒にいた母親みたいな人なんだぞ。


 誓ったんだ。誓ったはずなんだ。この世界で目を覚まして、この世界で最初に会ったこの子を守るって。

 やっとわかった。一人を守るってことは、その人の周りにいるみんなも守らなくちゃいけないんだ。


 この世界には魔法なんて神秘的な、奇跡的な力があるのに、目の前の大切な人一人助けることができないなんて、意味が無いじゃないか!


 レイディアの魔法なんて奇跡でも何でもないって言ってた理由が今なら痛いほど理解できるよ。


 たとえ真実がそうであろうと、僕は諦めない。

 考えろ。考えるんだ。


 ――いかなる状況であろうと冷静であれ。


 ――確認できる全てのものを一瞬で判断、処理しろ。


 ――そして、最善と思う方法で早急に終わらせろ。


 そうだ。深呼吸をして、心を落ち着かせて頭を一度真っ白にする。



 ――タイミングを狙ったのか、ミルダさんが僕を呼んだ。こっちに来てほしい、と。


 すぐに駆け寄り、ミーシャと同じように膝をつき、空いていた手を握りしめる。


「お二人が、私のため、に……涙を流すことは、無いんです。私に……そんな資格は、ありません。なぜなら私は……前国王、アルフェンベルト・ユーレ・ファーレント様を――手にかけたのですから」


 床の真紅の部分を広げ続けるミルダさんは、予想だにしていなかったことを口にした。


 そして、傷も痛むはずなのに真実を話始めた。




 ーーーーーーー




 医者の判断では何者かによる毒だと判断されたが、真相は予想を越えるものだった。


 特有魔法(ランク)と珍しい特異体質により、常人よりも強靭な身体をしていた前国王――アルフェンベルトがどうして“毒なんか”で死んだのかと疑問に思われていた。


 確かに毒を飲んだのは間違いない。だが、今までの暗殺の際に何度もあったように、毒はアルフェンベルトの身体を然程(さほど)蝕むことは無かった。そう毒自体は――ほぼ無意味だった。


 毒はワイン含まれていたのだが、決定的なのはそのワイン、いや、液体と言うべきか。


 アルフェンベルトの体内に入った途端、身体の外部では見えないが、内部ではなぜか液体が独りでに動いて攻撃していた。

 内臓を液体によって斬られ、引き千切られればさすがのアルフェンベルトも吐血した。


 液体は血管に入り込み全身に行き渡っていく。そう、毒でもある液体がだ。それはやがて脳にも到達し、毒としての役割を持ち始める。

 内臓がボロボロの状態で、加えて脳にまでダメージを食らい、再生が追い付かずに息絶えた。


 ――これが真実。アルフェンベルトの死の原因。


 そして一番驚くべきところは、アルフェンベルト自身がとある人物に自分を殺すように頼んでいた。いや、命令していたと言うべきか。


 その人物は、触れたものを自由に操る特有魔法を持つ者。


 それは、ミーシャとミカヅキの二人がこの世界で一番知っている特有魔法だ。


 世界は何故こんなにも残酷なのだろうか。




 ーーーーーーー




 真実を聞いた僕は陸に上げられた魚のように、口をパクパクさせることしかできなかった。けどミーシャは違った。

 ミーシャが行ったのは、攻めるわけでも、諭すことでもない。むしろその逆。


「――さすがは私のミルダね。確かに事実は変わらない。でもね、私は知ってるよ。ミルダがどれだけ苦しんだのか、どれだけ悲しんだのか、私には理解できないくらい辛かったんだって。だから、世界中のみんなが責めてたとしても、私はミルダを――赦すよ」


 父の仇であるミルダを――褒めて、赦したのだ。


 初めてだった。

 あのミルダさんが涙を流した。

 声を抑えずに、感情の赴くままに泣いた。


 ずっと外に出すことを許されなかった思いが、ミーシャの言葉によって赦されたことにより、やっと解放されたんだ。


 世界は残酷なのかもしれない。だけど、残酷なだけで成り立っているわけでもないんだ。だってそうじゃないか。

 二人が本当の意味で分かり合えたのが、何よりの証拠だ。


 確かに大きなことだったんだ。でもそれを越えられるかけがえのない絆が、二人の間にはあったんだ。


 僕のやるべきことは決まった。

 両手の拳を握りしめて、決意する。


 ――必ず守って見せる。


 強く心の中で宣言したその時、背後で瓦礫が少しだけ崩れるようなそんな物音がした。


 咄嗟に後ろを振り返る。

 ミルダさんのことで頭がいっぱいになって、すっかり存在すら忘れてしまっていた人物。


 誰かは知れない(・・・・)人。


 振り返ったタイミングでその人は僕らに……いや、正確にはミルダさんに向けて手を翳して何かを口ずさんだ。すると、ミルダさんの身体が淡く白い光に包まれた。


「少しだけ戻した(・・・)。決着がつくまでは()つはすだ。俺だって、その人には死んでほしくない。けどな、それとは別に譲れないものってのがあるんだよ」


「あなたはいったい何者なんですか?」


 警戒しつつ二人の壁になるように移動し、睨み付けるようにして訊いてみる。

 こんな状況を引き起こした張本人ともおぼしき人に無駄かもしれないけど、一応やってる価値はある。


「俺が何者か……ね」


 理由はわからないけど、なぜか笑われてしまった。けど、すぐに答えを言ってくれる。僕が再び言葉を失うような答えを。


「俺は――お前だよ、ミカヅキ・ハヤミ」


「なっ……どういう」


「今はミツキと名乗っている。だからお前もそう呼べばいい。“さん”はいらないから。あと、ついでに教えてやるよ」


 ミツキは真実の奥に隠されたものを語り始めた。まるで、ミルダさんを庇うように。



 ――前国王アルフェンベルトは自分が何者かに操られかけていると察知し、反発しようとするもミーシャの顔が頭を過る。

 苦汁を噛み締めるような思いで、国と娘とを天秤にかけ、両方を得られる第三の選択肢をした。

 それはある意味、最悪の選択とも言えるのだ。


 三大神の血を引いていないアルフェンベルトは、血の代わりに強靭な肉体と精神で操られることを拒んだが、ミルダにあとを任せ、自ら命を差し出した。

 そして、ミルダは命令通り、アルフェンベルトを――殺めたのである。


 アルフェンベルトが死んだとき、手を握りしめ、血が滲むほど握りしめ、自分の感情を押し殺した。涙することすら許されずに。


 アルフェンベルトは危害が及ばぬように真実は告げず、ただ暗殺命令を『王の影(ファントム)』に下したのだった。

「すまない……」と、悲しそうな微笑みを浮かべながら、ミルダに命令したのだ。


「俺も結局、世界の小さな歯車に過ぎなかったのだろうな。だが、王として、人として……いや、そうじゃないな。ただの父親として、諦めるつもりはない」


 アルフェンベルトの最後の言葉がこれだった。その場にいた誰もが耳にしたそれは理解することが叶わずとも、彼の願いが、想いが込められているのだろう。



 ――話し終えたのか、盛大に息を吐き出してその分だけ吸い込んだ。


 信じ難いことだけど話の辻褄は合う。

 みんなを守るために何も語らずに死を選んだのも頷ける。

 だとすると、一つの疑問が生まれる。なぜそれをこの人は知っているのか、だ。


「訊きたいことはわかる。答えは言ったはずだ、俺はお前だと。いや、こう言った方が分かりやすいのか。俺はお前の可能性(・・・)だ」


「僕の……可能性?」


「そうだ。お前が俺になるかもしれないってことだよ。ここまで言えばわかるだろう?」


 思わず唾を飲み込む。

 確かにあり得ないことじゃない。さっきのミルダさんの怪我への処置を“治し”たじゃなくて“戻した”って言った理由は……。


 ――未来から来た可能性。


 結論に至ったのを見計らって、ミツキは「さて」と切り出した。


「始めようか。世界に同じ人物は二人もいらない。ならやることは一つだろ」


「戦うしか、無いのか……」


「そんなことないよ、ミカヅキ」


 僕とミツキの間に割って入って来たのはなんとミーシャだった。

 いつの間に、と驚く僕に背中を向ける。


「あなたはミカヅキの可能性なのかもしれないけど、私の知るミカヅキはあなたのようにはならないわ」


 ミツキの表情が曇る。


「それはどうかな。断言はできないはずだ」


「でき――」


「いいや、できないね。ミーシャ、教えてあげるよ。俺がこうなったのは、とある人物を殺されたからだ。他の全てを代償にしても、守りたいと誓った大切な人を……失ったからだ。それを聞いた上で、大切な人(ミーシャ)は同じ事を言えるのか?」


 ミツキは見下すようにして、ミーシャにはっきりと突きつけた。

 その人物が誰を差すのか僕はすぐに察しがついた。たぶん、ミーシャもだ。


 だからだろう。ミーシャは言葉を詰まらせた。何かを言おうとしてはやめてを繰り返す。


「人は誰しも変わってしまう。俺が良い例だろ。俺は守れなかったんだ。だから復讐した。全てに、感情のままに。……でもそんなことをしたって、死んだ人が生き返る訳じゃない。ただ手を汚しただけだ。だから諦めろ。そいつは俺を殺せない。綺麗事を抜かすような奴にはな」


「……だったら、だったら私もミカヅキと一緒にやってみせる。その綺麗事を、一人ではダメでも、二人ならできるかもしれないもん」


 初めてミツキが驚いた表情を僕たちに見せた。本当に予想していなかったと言うように。でもどことなく悲しくも感じたのは僕の気のせいか。それこそ望んでいたと思ってしまうような……。


 そんなことを考えている内に、いつの間にかミツキは俯いていた。


「そうか、君は……それもそのはずだよね。だって本当に違うんだもの」


 小さな呟きは聞こえなかったけど、代わりに不思議とミツキの感情が少しだけ流れ込んできた。


 自分が“愛したミーシャ”は、今の“ミーシャじゃない”と、もう二度と会うことは叶わないと理解する。

 最終的にミツキは、やり直しなんてできないんだ、と悟っていた。


 辛くて、悲しくて、寂しくて……でも、清々しかった。

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